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8(悪魔視点)

一部軽い残酷描写を含みます。

 部下に「貴方がいると進む話がこれっぽっちも進まないんでちょっと何処かに行ってて下さい本当にお願いします!!」と言われたので何年か姿を眩ませた結果、今にも崩れんばかりの書類の山に囲まれる日々。この書類は一体どれだけあるのだ。

 「この部屋以外にもまだまだ確認していただく書類や案件がありますからね!!」と満面の笑顔を浮かべた、一番の原因の台詞を吐き出した部下を思い出しイライラとする。

「全部あれが悪い」

 だが音信不通にしてやった間は良い休暇になったとは思う。今はとにかく最悪だが、あの期間は未だかつてなく気持ち良く何も考えずに惰眠を貪った気がする。まどろみながら赤子一人の成長を眺めるだけの毎日。

 あれから大分時間が経ったような、全く経っていないような曖昧な時間間隔。あのちょこまかと動く危なっかしい小娘も、少しは成長しているだろうか。


 掌の上に少し力を送れば、白い球体が掌から浮かび上がり、あの人間達家族の姿を映し出す。

 清廉な光を放つ魂が3つ。

 家族3人、寄り添うように静かに穏やかに暮らしている。夫婦の魂の輝きが淡い月の輝きだとすれば、この二人の間に生まれた子供は、まったく真逆の陽の光のように眩い魂だ。最初に夫婦2人の輝きを見つけた時は、よく今まで餌にもならず存在していたと驚愕したものだ。

 球体に映し出された子供を眺める。俺が去ってからまだ少ししか経っていないと思っていたが、最後に見た姿よりも大分身長が伸びている。赤い箱のような入れ物を背負い、ふんふんと鼻歌を歌いながら家の玄関先で靴を履いている。赤い箱の片側には白い名札が付いており、そこに[5年2組]と数字が見えた。ある程度人間の知識がある俺には、それですぐに年齢を把握した。

11歳か…早いものだ。

 肩まで伸びた癖のある濃茶に近い黒髪がふわふわと揺れる。靴を履き終った子供は顔を上げると『いってきまーす!!』と大きな声を出し、たっと外へと駆け出した。

 歩き出した子供は最初こそシャキシャキと歩いていたが、突然空を見上げながら歩きだす。なにやら楽しそうだ。しかし案の定、数分後に道端に立っている柱に正面衝突。泣きはしないものの、痛みに顔を顰めて鼻と額を抑えつつ歩き出す。

「馬鹿者め」

 相変わらずの姿に呆れつつ球体を消す。


 そうして、時々思い出したかのように人間の家族の日常を映し出す生活。見るたびにどんどんと成長していく子供。傍にいた時のような温かさは感じずとも、その魂の輝きは仕事に追われ苛ついた気持ちを落ち着かせてくれた。この家族はそろって紅茶が大好物で、家族が揃う夕食後にはテーブルを囲んで和やかなティータイムが日常だ。そこで家族は他愛もない今日会った出来事を報告する。その時間帯を眺めるのが俺は嫌いではない。


 気が付けば子供はもう子供とは言い難く、少女と表現するには微妙な年頃になっていた。魂は陽の光のように眩いのに、両親に似たのほほんとした穏やかな雰囲気を纏う。相変わらず考え事に集中するので、転んだりぶつかったりして怪我もする。その行動や小柄な身長の為、実際の年齢よりは幼く見える。


 この小娘が成長したら契約をしてこの魂のエーテルを喰う。そう考えていた筈ではあるが、どうにもそんな気が起きない。この家族を見つけてそろそろ20年近くが経ち、目的が大分薄れてしまった。そもそもきっかけすら暇つぶしであり、もうこのままこの家族を時々眺めるだけでも良いかもしれない。十分に楽しませてもらったとも思う。

 強者と弱者しかいない、そんな環境で生きてきた自分自身の変化に驚く。力の強さで言ったら人間は弱いだろう。だけれどもこの20年、この家族を眺めてきたからこそ別の気持ちも芽生えた。彼らは弱くはないと。



************************************************************



 何故、気づかなかったのか。今でも思い出しては悔やむ。


 夕方、人気のない山の一本道に炎上し転がる車。その車から少し離れた道の中央に散らばる衣類、そしておびただしい血や肉片。轟々と燃える車の炎で照らす景色は全て朱と黒で塗りつぶされる。


 家族3人、寄り添うように静かに穏やかに暮らしていた。美しい輝きを持つ魂達だと、よく今まで餌にもならず存在していたと驚いたものだ。その夫婦の輝きは今はなく、そこに転がるのは打ち捨てられた器という残骸だけ。その器さえ、通常の者であれば気を失うか、目を背けたくなるか、その匂いに吐き気を催すかという有様だった。

 道路に倒れ、体中打ち身と擦り傷と砂埃に塗れ動けない娘はただ茫然と、それを大きな薄茶の瞳を見開いて見つめていた。頬は涙の乾いた跡。


「見るな」

 膝をついて側で声をかけた俺の声には全く反応しない。

「見ては駄目だ」

 上着を脱いでそっと娘の顔と体にかけ、その周囲に結界を張る。そしてゆらりと立ち上がる。怒りとはこのように静かに湧き上がってくる事もあるのだな、と、妙に冷静な己自身の心が囁いた。


「アア美味シイオイシイネ!! 順番ニ食ベテアゲルカラネ!!」

 目の前でムシャムシャという擬音がぴたりと当てはまる音を立てながら、夫婦だった片割れ…恐らく妻の体を汚く貪るのは、目と鼻のない顔に巨大な口を付けたヌルヌルとした醜い生き物。低級の達の悪いゲテモノ食い。今自分の目の前に何がいるかすらも気が付かない。


「消滅を与えてやる事すら許しがたい」

 うっすらと己の口元に笑みが浮かぶ。

「永遠にお前自身が喰われ続ければよい」

 すうっとそれの周りに光の線が円を描き端と端が合わさる。そして出現した黒い穴に一瞬でそれは落ちて消えた。残ったのは食べかけの残骸。

「燃えろ」

 その一言で散らばっていた夫婦の欠片は全て炎に包まれる。

(こんな風景、別に見慣れているだろう?)

 そう思うが、話したこともないけれど20年以上この家族を眺めてきた。命の輝きは尊いとそう俺に思わせてくれた初めての夫婦。


「俺は、お前たち家族が大切だったよ」


 夫婦の死は事故として処理された。不審な点は全て暗示をかけて気に留まらないようにしておいた。葬儀も粛々と夫婦達の親族によって行われた。その席に、陽の光のように眩い魂を持った娘は出席しなかった。


************************************************************



 テーブルの上には3客のティーカップ。しかしその場にいるのは1人の娘。紅茶の準備をするその姿を、俺はただ見守る事しかできなかった。俺が現れたところでこの娘に何が出来るというのか。結局はあのゲテモノ食いと俺は同じだ。過程は違えど辿り着く先は同じ…エーテルを吸収しようとしていたのだから。

 娘は両親の死をただの事故死だと思っている。両親が喰われていた現場など思い出さなくて良いと俺も思う。けれど。


 娘の怪我は打撲や擦り傷、軽い火傷ですぐに癒えた。日常生活も送り、昼間は短時間ではあるが働いてもいる。けれど夜、家族がティータイムを楽しんでいた時間になると、淡々と3人分の紅茶を用意し、寂しそうに一人紅茶を飲むのだ。それが辛い。


「あー!もー!!貴方らしくもなく間怠っこいですね!!」

 背後から声高い部下の声。

「俺らしくない、か」

 背後の気配を感じつつも、視線は映し出している娘を見つめる。

「理由なんて何でも良いじゃないですか、ドーンとあの子の所へ行けばいいんですよドーンと! 貴方が変な空気を出しているから、周りも変な空気で仕事が全く捗りません!」

「お前は全く…」

 苦笑。けれどその心遣いに感謝したい気持ちだ。

 最初の目的はその光り輝く魂が欲しくて契約できるまで待った。けれどいつしかそんな気は失せてしまった。あの家族が大切なものだと気が付いてしまった。今はもう1人なってしまったけれど、その気持ちに変わりはなく。今は弱弱しく消えそうなこの一つの魂…いいや娘の為に何かしてやりたい。


「暫く留守にする」

「どうぞ行ってらっしゃいませ我が主」


 まずはそうだな、そのたった一人のティータイムに俺は乗り込んで、そのしみったれた表情を違う表情に変えてやる。契約などいらない。一人にもしてやらない。けれどまずは俺らしく。

 転移した先、一人で紅茶を飲むテーブルの上に俺は姿を現した。振動で3客のティーカップが揺れる。

 俺は俺らしく好きなように動こう。それをお前が望んではいなくても。

 大きな目を見開き驚いた表情でこちらを見上げる娘へ、にっと笑って俺は言葉を紡いだ。


「願い事はなんだ小娘」



次回から主人公視点に戻ります。

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