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7(悪魔視点)

 俺は良い暇つぶしを見つけている。


 部下に「貴方がいると進む話がこれっぽっちも進まないんでちょっと何処かに行ってて下さい本当にお願いします!!」と言われたなので、当分は戻る気がなく思う存分フラフラしてやる。暫くは戻ってなどやらん。


 目の前の揺りかごに寝かされている赤子に目を向ける。暇つぶしとはこれだ。

 俺が目を付けた男女の子供は、この世に生を受け、今目の前に存在している。淡い月の輝きの様な光を放つ両親とは真逆に、それは陽の光のように眩い魂を持つ赤子だった。

 生まれた時は自分で何一つできず、しわくちゃでお世辞にも可愛いとは言えない小さな生物。放っておけばすぐにその命は尽きるだろう。

 俺が揺りかごから落としただけでもその生命活動を停止するに違いない。

そんな生き物の癖にしっかりとその存在を主張する。


 生まれたての赤子を初めて見た俺は、どうせ人間には俺の姿が見えないのを良い事に赤子の小さな手のひらに指を伸ばす。

 ぎゅっと、その指先を赤子の手が握りしめる。それに少々驚く。

 無垢ゆえに、俺の存在を認識できるのか。小さな手が懸命に俺の指先を柔らかく握る。そしてムニャムニャと口を動かす。

 大きな瞳はただ純粋に俺を視界に入れている。


 今まで、敵意や恐怖、敬意や従属しか向けられなかった自身に、純粋な視線を寄こす小さな存在になんとも言えない、こそばゆい気持ちになった。赤子という存在はこんなにも純粋なのか。

 いや、おそらく普通の赤子であったら、本能的に畏怖を感じ取り、泣き叫んでいるかと思う。肉体を授かる前にこの赤子の魂に俺は触れている、おそらく刷り込みで受け入れられているのだ。


「お前は俺をただの『俺』として受け入れるのだな」


 成長したこの魂のエーテルは、さぞかし美味いに違いない。

 この人間の子供の成長をのんびりと眺める事にする。

 喧騒とは遠ざかった初めての穏やかな時に、「なかなか有意義な暇つぶしだ」と俺は思わず呟き頬が緩んだ。



**************************************************



 人間の子供の成長は驚くほど遅く、けれど時は今まで感じた中で一番早く過ぎて行った。うたた寝している間の夢のように、その子供はゆっくりと大きくなっていく。

 予想通り魂は穢れることなく、両親に愛され光り輝いていく。

 実際、俺はその魂を太陽変わりにし眠っていたのかもしれない。

 その子供の前に姿を現すわけでもなく、何かするわけでもなくゆっくりと時は過ぎる。

 

 一つの事に集中するとそれにしか目が行かず、気を取られて石につまずいて転ぶようなのんびりとした、少々危なっかしい女児に成長していく。


 一度だけ、旅先で親とはぐれたその子供が泣きじゃくっていた時に姿を見せたことがある。誰もいない道路脇の木の下で、しゃがみ込んで顔を伏せわんわんと大声で泣きじゃくる子供。気持ちよく微睡んでいた俺を起こすのは、大抵この小娘の笑い声か泣き声か。

 そろそろ6、7歳になるであろうに、相変わらず人間の子供は弱そうな生物だ。


「泣くな」

 姿を現し手を伸ばす。跳ねるとなかなか直らない真っ直ぐで硬い黒髪を、頭を掴むように大きく撫でる。泣き止ませる方法など俺にはよく分からないが、この小娘の両親がよくする態度を取ってみる。頭を撫でると何故かこの子供は機嫌良くなることを俺は知っている。


「ふぇっ、だあれ?」

 突然頭を撫でられた女児は、驚くでもなく、危機感を抱くでもなく、涙に濡れた大きな薄茶の瞳で不思議そうに俺を見上げてくる。

 瞬きするたびに大粒の涙がボロボロと頬に伝っていく。

 女児の質問は軽く無視し、もう一度「泣くな」と呟いて頭を撫でる。一瞬気持ちよさそうに瞳を閉じるも、すぐにまたボロボロと泣き出した。

「っおとうさんとおかあさんが、い、いないよぅ…」

 正確にはお前がはぐれただけだ。微睡みの中見ていた泣くまでの経緯を思い出す。ふらふらぼんやり道端の蟻になぞ目をやるな。この馬鹿者め。苛々とした気持ちとはまた違う、妙な焦燥に駆られてまた頭を撫でた。

「泣くな。お前に泣かれると調子が狂う」


 しばらく頭を撫で続け、泣き止んだ子供に分かるように道の先を指さす。

「このまま真っ直ぐ歩け。そこにお前の親がいる」

 空間を弄り、親元へ辿り着けるよう道を繋ぐ。

 手を繋いできた女児の手を離し、「行け」と軽く背中を道へ押し出す。

 まじまじと俺の顔を見つめ、女児は満面の笑顔になった。

「ありがとう!!」

 手を離した途端にたっと走り出す。

 その気配が消えるまで道を見つめていた。あれはすぐ転ぶからな。

 そしてはあと大きなため息が出る。

「見つかったか」


「みーつーけーまーしーたーよー!!!!!」

 次の瞬間にはいい加減見飽きた…小柄な口うるさい部下が目の前に居た。

「あああああ!!! もうようやく見つけましたよ!! 何年も姿を隠し過ぎですっ! 探しても探しても気配すら消してるし!」

「結界を張っていたからな」

 先ほどは何も考えず子供の前に出て力を使っていたので、一瞬とはいえこいつは気が付くと思った。

「仕事溜まりまくってますからね!」

「何処かに行けと言ったのはお前だろうが」

 憮然として呟けば「何年も姿を眩ませろとは言っておりません!!」と男にしては甲高い声で言い返される。

「相変わらずお前は口やかましいな」

 眉間に皺がより、手で眉間の皺をほぐす。

「さあちゃっちゃと帰りますよ!!」


 俺の暇つぶしは、残念ながら一時中断のようだ。

 道の向こう見えなくなった先に視線をやり「またな」と呟いた。

主人公の前では短気ですが、実は割と気が長い悪魔さん。

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