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悪魔とティータイム  作者: 花と雨
本編後
16/17

依存と執着 3

3/11 行間等訂正しました

「用事が早く片付いた」

「おかえりなさい、です」

 シーラさんと話したその日の夕方に、悪魔さんが久しぶりのフロックコート姿で帰ってきました。やはり悪魔さんはこの姿が一番しっくりしていると思います。いつもであればその姿をついつい眺めてしまう私ですが、今はそんな気分にはなれなくて、視線をすぐに床へ下げてしまいました。

 悪魔さんに依存している自分自身をはっきりと自覚してしまい、悪魔さんへの申し訳なさと自己嫌悪がぐるぐると混ざって思考を埋め尽くす勢いです。ワタシはこの人を縛り付けている。けれど離れられない。離れたくないのです。


「・・・・・・ぃ、おい!」

「っえっ!?」

 両肩に触れる掌の感触にはっとなる。

 顔を上げれば、お互いの鼻が触れそうなほど近くで眉間に皺を寄せた悪魔さんに見下ろされて、慌てて距離を置こうと体を後ろに引くもがっしりと掴まれた肩のせいで全く動けません。

 

「お前はいつも思考に囚われ過ぎだ。一人で考えても堂々巡りをするだけだと思うが」

 ずばっと指摘されてうっとつまる。ええ、はい、ご指摘のとおり堂々巡りしております。悪魔さんは全てお見通しと言わんばかりに真紅の瞳で射抜くように私を見つめます。

「先に言っておく。隠し事は絶対にするな。今日ここでシーラと会ったな。何を言われた」

「な、んで・・・知って・・・」

「あの茨にこの場所の残滓、合点がいった」

 苛つきながら悪魔さんが話す。

「茨とは何でしょうか・・・??」

 説明するつもりはないようで、私を強引にソファーへと連行し、隣に悪魔さんも座ります。

 ち、近っ!


「今日は俺が紅茶を入れてやる。ありがたく思え」

 ぴっと手をテーブルに翳すと一瞬で現れる2客のティーカップ。その中には熱々の湯気が立ち上り綺麗な赤茶色の紅茶が入っていました。す、すごいです!!

 「本当はお前が手順を踏んで入れた紅茶が良いが今回は仕方ない」と嬉しい小言を言っています。紅茶を口に運びながら「話せ、早く話せ」という言葉が伝わってくるかのような無言の圧力。がくりと悪魔さんのプレッシャーに負け口を開きました。

「確かにシーラさんと名乗る方が本日いらっしゃいました」

「で?」

 ふん、と眉間に皺を寄せて悪魔さんが先を促します。なんといっていいのか・・・私のこのドロドロとした気持ちを悪魔さんには知られたくなくて、とりあえず簡潔にお返事をすることにします。

「悪魔さんを返せと言われまして、まだお返しできませんとお答えしました」

「俺は物扱いかっ!」

 気持ちの良いツッコミっぷりです。さすが悪魔さんです。このノリのまま直球で私は尋ねました。

「シーラさんは、悪魔さんの恋人さんなのですか」

 知りたくて、でも知りたくない。けれど聞きたい。

 ぶほぉっと悪魔さんが紅茶を吹き出しそうになり、ゴホゴホとむせました。ものすごいリアクションです。これはあれですか、恋人さんで大正解という事でしょうか。そうですよね、あんなに悪魔さんのことを熱烈に語る方です。恋人に決まっていますよね。あ、なんだか気持ちが沈みそうです・・・・。

「まて! なんだその悟った顔は! 本当にお前は勝手におかしな答えを導き出しすぎだ!!」

「いえいえお気遣いなく。理解しました」

「この愚か者めが! シーラは「熱烈に愛し合う恋人よ」っシーラ!!」


 突然ソファーの真後ろに現れたシーラさんが悪魔さんを背後からぎゅっと抱きしめ言葉を遮りました。悪魔さんがシーラさんを振りほどくように左右に体を揺らします。二人は、

「うふふ、また来ちゃったわ」

 驚いて固まった私にシーラさんは視線を寄越し、にこりと妖艶に微笑みかけてきます。悪魔さんとシーラさん、並ぶと美男美女でお似合いです。

 私の表情を読み取ったのか、「お前が余計な事を言うから面倒な事になったぞ!!」と、無理やりシーラさんを体から剥がした悪魔さんがイライラと怒鳴りつけます。そして慌てて私に向かって、「これは恋人などではないからな!!!!」と叫びました。

 

「あら、否定するなんて酷い男ね。私は大好きな貴方に戻ってきて欲しいだけよ。貴方がいないとつまらないのだもの。人間界に留まっているのは何故? この娘に執着しているのは何故?」

「・・・契約だ。傍にいると約束した」

 ふんと悪魔さんがシーラさんを睨み付け、簡潔に理由を話す。うふふとシーラさんが人差し指を頬に当て首を傾げる。

「あらあら? 正式な契約もしていない、拘束力もないのに約束を聞き届けるなんて貴方らしくないわね?」

「え?」

「黙れ。コイツが動揺している。ようやく安定したばかりだと言うのに」

 ぎゅっと悪魔さんに指先を握られました。・・・私を安心させるみたいに。また、胸の奥が苦しくなりました。そんな私の心境も知らず、二人は激しく言い合います。

「人間の一人や二人壊れたって別に良いじゃない。ほんのわずかな時間しか存在出来ない数だけは多い生物。貴方や私が目をかける必要すらない」

「叩き出されたいのか。俺がここにいるのはコイツと俺の契約ねがいだ」

「貴方、これは人間よ。ちょっと魂が綺麗なだけの。分かっているの? すぐに消えてしまうのよ?」


 ---違和感。

 少ししかシーラさんと私はお話していませんが、彼女はこんな風に冷たく突き放すように話す方ではなかったと感じていました。はっきり自分の意思を表示出来る真っ直ぐで綺麗な人。それが私のシーラさんに対する印象です。今はまるで、何かを確認するような・・・。


 シーラさんの態度に疑問を感じていた私の思考に、悪魔さんの次の言葉がぼんやりと耳に届きます。

「決めたのだ、シーラ。俺がこの世界に存在する最後の一瞬まで、共にあると決めた」

 一言一言、噛締めるように話していたのが印象に残っています。悪魔さんが何を指してそう言ったのか、考えに囚われていた私にはいまいち分からなかったのですが、ぷっとシーラさんが相好を崩して笑い出しました。

「相変わらず素直じゃないわねぇ。最近何かコソコソしているかと思えば宝物を見つけているし、気になって仕方なかったわ。私は貴方がこれでも大切だと思っているから覚悟の程を確認してあげたのよ?」

「お前こそ相変わらず余計なお世話だ」

 苦々しい顔で、けれど少し柔らかい声音。

 悪魔さんは、私と一緒にいることに何か答えを出しているようでした。私だけ、今もシーラさんが現れたことによって目を向けてしまった自分自身の気持ちにドロドロと絡め取られたまま動けない。


 私の殻を破ってくれた最初の人・・・そうきっと誰でも良かった。

 私を助け出してくれた人に、ワタシは依存している。


「まあ貴方が決めたなら別に良いけれど、当の本人は全く理解していないわね」

「20年見てきた。こいつのペースでじっくり待つのも悪くはない」



* * *



「おい、・・・お前は本当に考え出すと現実が上の空になるな」

 ぺちぺちと軽く頬を叩かれて、いつの間にかシーラさんがいないことに気がつきました。

「あ、わたし・・・すみません」

「一人で考えても堂々巡りをするだけだと俺は言ったはずだ。さっさと話せ」

 尊大な言葉とは裏腹に、悪魔さんは笑いながら私の頭を撫でます。悪魔さんは私の頭を撫でるのがクセなのでしょうか。

 私は、ぐるぐる考えていたこのドロドロとした感情を諦めて素直に話してみることにしました。


「シーラさんとお話をさせていただいて、悪魔さんに依存しすぎている事に気が付きました。しかもその理由はとても自分勝手で、ただ一人ぼっちになりたくない時に悪魔さんが側にいてくれたただそれだけの理由です。誰でも良かったんです。たまたま悪魔さんだっただけで依存して甘えて、そんな自分が私は大嫌いで・・・悪魔さんの帰りを待っている方がいるなんてこれっぽっちも考えなかった駄目な人間です。そしてシーラさんの問いに私は頷けなかった」

 普段口数の多くない私が早口でまくしたて、感情が爆発してぼろぼろと涙が溢れます。こんな醜い感情知らなかった。たった一人に依存するなんて今までの自分では有り得ない事象でした。返せない。この人は私の傍にいてくれなくては駄目だ。そう、悪魔さんを物のように考えるワタシが一番嫌いだ。嫌だ。嫌だ。イヤ!


「・・・・一人はもういやです・・・悪魔さんまでいなくならないで・・・・嫌だ、こんな私は嫌! ごめんなさい。ごめんなさいっ」

 ふんと悪魔さんが鼻を鳴らし、私の頭をくしゃっと撫で付けながら抱きしめてくれました。フロックコートに涙が染みこみ、でも私はぐっと悪魔さんの胸に顔を押し付けて、ぎゅっとフロックコートを掴みました。離れたくなくて。


「お前は些細なことで悩むのだな。きっかけが依存であれなんであれ良いではないか。今どう思っているか、それが一番大切なことではないのか。急いで結論を出す必要などない。俺は気長だからな、ゆっくりお前の結論を待ってやる」

「今どう思っているか・・・」

 最初は誰でもよかった。けれど今は、今は。

 悪魔さんの手が私のあごをくいっと上に持ち上げて、顔を上げれば綺麗な切れ長の真紅の瞳と見つめあう。口元をわずかにあげてにやり、と悪魔さんが微笑む。

「お前の答えを待ってはやるが、俺自身はもう結論が出ている。だから伝えておいてやる」

「教えてください」


「どんな答えだとしてもだ、俺はお前を手放す気はない。だからさっさと諦めて俺のものになれ。好きだ」

 額に優しく触れる暖かくて柔らかな感触。恥ずかしくて、くすぐったくて、思わず瞳を閉じてしまう。次いで訪れた頬を掠める同じ暖かな感触。


 この人だったから。悪魔さんだったから。

 私の答えはもう出ているのかもしれないと、暖かな気持ちで思いました。

 ぐるぐると考えても結局は、結局、私は----。


 依存でも執着でも、結局のところ、私はこの悪魔さんが大切で大好きで。けれどまだ、この答えは隠しておこうと私は思いました。大事に、大切に、育てていきますから。もう少しだけ待っていてくださいね。






依存と執着はとりあえずこれで完結です!

ここまでお読みくださりありがとうございました。

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