依存と執着 1
「依存と執着」は3部で終わる予定です。
「彼を返して!」
なんと言いましょうか、リビングへの扉を開けた途端、目の前に立ちふさがる様に現れたゴージャス金髪碧眼の美女に思い切り怒鳴られた本日、人生何度でも何が起こるかわかりません。
「えーと、家を間違えておりませんか?」
というか不法侵入ですよね、これ?
真紅のドレスを身にまとった美女は、凄んだ怒り顔さえ美しい・・・と、冷静に思いました。日本のごく普通の一軒家には思い切り不釣り合いではありますが。
「間違えていないわよ。なんでこんなボケっとした冴えないニンゲンの傍に彼がいるわけ」
冷たい視線で人が殺せそうな勢いです。が、何だか以前これと似たようなシチュエーションがあったような…。全く働かない思考回路で、ようやくああ、と心当たりに行き当たりました。
「悪魔さんのお知り合いですか? 悪魔さんなら今日一日留守にすると話していらっしゃいましたよ」
ここまで綺麗な女性はきっと悪魔さんのお知り合いに違いない。私がなぜ怒鳴られているのかはさっぱりですが。
「悪魔・・・? 何よそれは。もしかして彼の事を悪魔って呼んでいるわけ?」
「あ、はい。もうクセになってしまいまして・・・お名前長すぎですし。とりあえずお茶でもどうぞ」
そう話しながらへらっと私が笑いかけると、美女の綺麗な顔が呆れたように歪めました。
* * *
「あら、紅茶は美味しいわね」
上品な仕草でダージリンティーを口に運ぶ、この綺麗な女性はシーラさんとおっしゃるそうです。色々まとめて一気に話されたのですが、要約すると『悪魔さんが大好きなので連れて帰る』という事。
「お口に合って良かったです」
シーラさんに笑いかけると、やはり呆れたように私を見てきます。なんとなくですが、雰囲気が悪魔さんと似ています。
「貴女ね、なんで怒らないわけ。理由を聞いてこないわけ? こちらが拍子抜けしてしまうわ」
「シーラさん、怒る理由が私にはないです。それに悪魔さんは優しいから帰らない」
出てきた言葉に、私自身も呆れてしまいました。
父と母が亡くなってから、ただ寂しくて悲しくて、一人殻に閉じ籠っていたのに、突然やってきた悪魔さんがバリっとそんな殻を壊してくれて、今では一緒にいてくれる。それはとても嬉しい事ですけれども、何故?といつも思う。そしてその疑問を私は悪魔さんに聞けないでいる。悪魔さんの素性も聞いてはいないですし、悪魔さんから話す事もありません。理由なんていらないんです。
私の殻を破ってくれた最初の人・・・そうきっと誰でも良かった。
私を助け出してくれた人に、ワタシは依存している。
悪魔さんには大変失礼な事をしていると思います。けれど私は、悪魔さんと一緒に居たい。きっかけは誰でも良かったけれど、今は、悪魔さんでなければ駄目だったのだとそう思う。悪魔さんはとてもやさしいから、私はいつまでも甘えてしまっている。
「貴女のほほんとしているクセに言うわね」
私の顔を見つめていたシーラさんがふぅと息を吐き出、手をひらひらと振り綺麗な笑みを浮かべました。私はシーラさんの瞳から視線は逸らさずにこの曖昧な気持ちを話すのが精いっぱい。
「・・・一人でも頑張れるようになりますから・・・手を離せるようになりますから・・。今はまだ悪魔さんを帰すことができません。だからそれまではごめんなさいシーラさん」
「真っ直ぐで純粋・・彼がエーテルを取らない理由が少しだけ理解できるわ。毒気が抜かれちゃった」
じっと綺麗な澄んだ青の瞳が見つめてくる。
「えーてる?」
「貴女の魂の輝きよ。不思議ね、小さな光なのに見ていたくなる」
美女に見つめられて私はドキドキです。シーラさんは、口調程にキツイ性格の女性ではないようです。そう思った矢先に彼女は爆弾発言を落として行かれました。
「ねえ、貴女は彼の事が好き? 私は好きよ。もちろん友人や家族としてではなく、一人の男としてね。だからどんな関係であろうと、どんなに短期間であろうと、彼の隣に女がいるのが許せない」
隣にいるのは私でなければ嫌よ。とシーラさんは情熱的に語った。
「また今度は彼がいるときに戻るよう話すわ」
大輪の薔薇が咲くように鮮やかに微笑むと、シーラさんはすっと消えた。
私は、シーラさんに返す言葉がありませんでした。
シーラさんの隣に立つ悪魔さんを想像して、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
これは依存ですか。恋ですか。
私には、分からない。