本編5.5(悪魔視点)
本編5の悪魔さんが体調不良だった理由です。
本編読了後にお読みください。
「エーテル」を摂取しないだけで、ここまで己が弱体化するとは思わなかった。ソファーに身体を預けながら、今ならあの口うるさい部下に寝首を掻かれても不思議ではないと思った。
人間が生命活動を維持するために食物を摂取して生きているように、『俺達』はエーテルを摂取する。
俺のように力の強い個体はそこに自身が存在している事と同じように、エーテルを自然とその身に取り込んではいるが、あの娘に会いに行こうと決めた時に自身は「エーテル」を吸収する事を意識的に遮断した。
理由はあまりにも単純だ。娘の両親を食い殺した狂った生物と同じ目的で近づくと思われたくなかったからだ。なんと自分勝手で傲慢な思考だと百も承知している。
けれど結局のところ俺はあの生物と全く同じだ。そもそも最初の目的が暇つぶしに契約をして人間のエーテルでも喰うかという理由であったのだから。それでも、「エーテル」を身の内に取り入れることを拒んだ。
そしてこの有様だ。
あまりの情けなさに苦笑が漏れる。
己が身体を横たえているソファー横、カーペットに座り込んでソファー下部に身体を預けて無防備に眠る娘へ目を向ける。先ほど泣いたせいか、目の下が若干赤く腫れている。
『っう・・・ごめん、なさいっ! 止まらなっ・・・』
『早く元気に・・・居なくならないでっ・・・!!』
失うという事に極度の怯えを見せる娘の悲痛な言葉だった。伸ばされた手、己に触れた手は細かく震えひんやりとしていた。その指先から自然と己に流れてきた淡く繊細でかすかな力。
娘のクセのない長い黒髪に手を伸ばし、指に絡めたり離したりしてその質感を楽しむ。『居なくならないで』と言われ、時が止まったかと思うほど驚いた。何かしてやりたいと思った娘の願いは、なんとささやかでけれど己には嬉しい言葉だったか!
エーテルを拒否するのは今日で止めだ。この力がなければ娘を完全には守れないだろう。それにそう、そういう生物なのだから今更取り繕っても仕方がなかったのだ。ありのまま接するしかない。
最初から見てきた娘の成長を俺は最後まで見守ろう。この娘は俺の前で夫婦が居た頃の様にきっと笑ってくれるようになるだろう。いつかは良い伴侶を得て、幸せな家族を築くに違いない。こんなにも人間に優しい気の付く悪魔は俺以外にはきっといないぞと心の中で己自身に呆れてしまった。
そこまで考えて、少し苛ついた。俺の目に叶う奴でなければ絶対にこれの伴侶になることは許さない。何しろ最初から見守ってきた大切な娘なのだから。
まだまだ保護者意識が強いですね。
5話の体調不良の理由を本編に入れられなくて、どうしても補足しておきたかったお話です。