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あれです。なんて言えば良いのでしょう。ねえ?
いつの間にか我が家の空き部屋の一つを私室に変えてしまった悪魔さんは、気が付けば私の同居人と化しておりました。ええなにこの問答無用っぷり。
変わったことと言えば、彼がフロックコートを脱いで日本の一般男性の服装に変わったこと、夜だけではなく1日姿を現すようになったこと、ご近所づきあいを始めたこと、私の遠縁の親戚で居候というポジションになっていること、自宅で歯科技工士の仕事をしていると認識されていることetc...とにかく日本という社会の枠組みにそつなく収まっていること!! 悪魔の能力を絶賛実感しております。
本日悪魔さんは無地の白いフランネルシャツに黒いチノパンというシンプルな出で立ちにも関わらず、精悍な男性らしさと品の良さを漂わせた色気がダダ漏れております。そんな悪魔さんは現在シャツの袖をめくり上げ、サンドイッチを作っております。なんと偉そうな雰囲気なのに簡単な朝食なら作ってくれるのですよ!!
何故こんな悪魔さんが私と契約しようと押しかけてきたのか未だに謎ですが、私は肉親が事故で亡くなり天涯孤独の身になっていたので、この悪魔さんの存在にはとても救われています。寂しかった広い一軒家も、今ではあまり寂しく感じません。
時々切なくなりますが、それは仕方がない事だと思います。悪魔さんが突然やってこなければ、『ワタシ』はもっと長い間孤独という殻に閉じこもっていたと思うのです。
「悪魔さん悪魔さんおはようございます! 朝ごはん作るのお手伝いします!」
「ああ、おはよう」
返してくれた挨拶は普通だったのですが、悪魔さんはすぐに眉間に皺を寄せました。そして私を睨み付けてため息。何かやらかしてしまいましたか私?
「そろそろ俺の名前を聞こうとは思わないのか」
名前!! はっとなりました。
そういえば私、悪魔さんの名前をお尋ねしておりませんでした!!!!
「悪魔さんはお名前がきちんとあったのですね!!」
もうすっかり悪魔さんで定着しておりました。
「あるわこの馬鹿者め! お前は悪魔悪魔とご近所さんにも連呼するつもりだったのか!」
「それは確かにマズイですね!!」
「遅い! 今更手を叩くな納得するな!」
悪魔さんの指が私の額に容赦のないデコピンをかましてきました。い、痛いです…。
「あ、そういえば私も名乗っていないです、よね?」
額を抑えながら悪魔さんを見上げれば、眉間に皺を寄せた笑顔。
「それも今更だな」
お、怒ってますこれは怒ってますよ・・・!
「じゃ、じゃあまずは私の名前から・・・・んぐ」
その先を遮るように悪魔さんの人差し指がワタシの唇の上に置かれ、悪魔さんはにっと笑い「最初から知っている」と感慨深く呟かれるました。知っていたのですか。
びっくりしている私の顔をマジマジと悪魔さんは見つめ、腰をかがめて私の耳元に寄せられた悪魔さんの顔。そして囁かれる声。
「 」
鼓膜から体中へ染み渡る声が私の名前を紡ぎ、跳ねた私の肩をぽんと撫でる。名前を呼ばれただけなのに、かっと頬に集まる熱。なんですかなんですかこれは!?
「あ、悪魔さんのお名前を教えて、下さい・・・」
無性に恥ずかしくなって、小声で訪ねてしまいました。
悪魔さんはその真紅の瞳が熱で蕩けるのではないかと思うような笑顔を見せてくれた。
そ、その笑顔は反則ですっ・・・・!
ちなみに、教えていただいた名前は凄く長くて、一度では覚えられませんでした。
なんて言えば良いのでしょう。ねえ?
まだ言葉に表現できないこの気持ち、私は心の奥底にそっと抱きしめて彼に笑いかけ、
「とりあえず、ご飯を食べてからお茶にしませんか?」
今日も、明日も明後日も、ずっとあなたとティータイムを出来る幸せを、私は噛みしめた。
了
ラストです。
お付き合いありがとうございました。
また時間が出来ましたらこの二人が今後どうやって恋愛に発展していくのか書きたいと思います。