ラッキーアイテム
「今日のラッキーアイテムは黄色のピアスです」
スマホのラジオアプリから抑揚のない女の人の声が流れてきた。
高岡澄子は、今日もいつも聞く大好きなラジオ番組をスマホアプリで聞いていた。
しかし、今日はなぜかパーソナリティがいつものように元気な声で「バイバ~イ!」とラジオを終えたのに、再生は終了されず少し経つと、女の人の声でそんな音声が流れてきた。
違うラジオの収録が混ざったのかな?
そんなことがあるのだろうか?
澄子は疑問に思いながらも、いつも聞いているラジオ番組はリアルタイムのものではないので、そういうこともあるのかもしれないと思った。
通勤ラッシュの電車内は今日も混雑していたが、ラジオはその喧騒を掻き消すかのように集中させてくれるので有り難い。
しかし、その大好きな番組の再生も終わってしまった。他に聞きたい番組もないため、あとは音楽を聞きながら職場の最寄り駅に着くまでこの混雑を乗り切るしかない。
電車の吊り革に掴まりながら、周りを見渡すも人の頭だらけ。
今日もこの人の多さにに辟易していた。
なんとか吊り革に掴まって自重を支える。
今から朝の始まりなのに、こんな沈んだ気持ちで今日も仕事をやり切れるだろうか?
そう思っていたときに、車窓に反射した自分の姿を見ると、耳には黄色のピアス。
そういえば、今日はピアスを付け忘れそうになって、咄嗟に手に取ったもをつけたっけ。
「今日のラッキーアイテムは黄色のピアスです」
先ほどラジオアプリから流れた言葉が頭の中で反芻される。
間違って流れた内容かもしれないが、それでもこの偶然はなぜか嬉しく感じる。
もしかしたら、いいことあるかも!?
澄子は、先ほどとは違って瞳を輝かせて自身の耳元を窓ガラス越しに見つめた。
実際にいいことはあった。
今日は会社の上司に褒められたし、営業もいつもよりスムーズにいった。なんなら、今まで企画して通らなかった議案が今日になったらあっさり決裁がおりたのだ。
「賢治!今日はスゴイことがあったのよ!」
澄子は部屋のベッドで寛ぎながら嬉しそうに電話の相手と話す。
相手は数年前から付き合っている賢治だ。
大学のサークルが一緒で自然とくっついた仲だ。
「え?今日も仕事ヤダー!とか言ってたのに、そんな驚くことでもあったのかよ?」
ニヤニヤ笑ってる姿が想像できそうな声で賢治が問い返してきた。
「そうなの!今日も私、大好きなラジオ番組をアプリで聞いてたんだけど、そこで言ってたラッキーアイテムを今日着けてたら仕事がトントン拍子に進んだのよ!」
「へぇ〜!って、澄子が聞いてたラジオ番組って占いあったっけ?」
賢治は率直に質問をしてくる。
以前、澄子が賢治に大好きなラジオ番組を聞かせたことがあったので、一連のラジオの流れを覚えていたのだろう。
「普段はないわよ。だけど、今回は収録ミスなのかなんなのかよくわからないけど、最後の方でラッキーアイテムについて流れたのよ!」
「え?そんなことある?」
賢治の驚いた声が電話越しに聞こえる。
「ほんとほんと!賢治も後でアプリで早送りしていいから聞いてみて!パーソナリティがバイバーイって言ったあとちょっとすると流れるから!」
「へぇー、まぁ、でも、澄子にそれでいいことあったならよかったな!」
「うん!また次の収録のでも入ってたらいいんだけどねー」
「それはなかなかないでしょ?そんなにラジオ局も失敗しないだろうしさ」
「そうだよねー、なかなかそんな間違いしないよね」
澄子は少し残念そうな声で答える。
いつもと違うことがあると新鮮だし、それが苦痛の通勤ラッシュのときならとても嬉しかったが、早々今回みたいなことは起こらないだろう。
「まぁね、でも今日だけでも良いことあったんだからいいじゃん!」
「そうね!まぁ、明日もラジオ聞いて頑張って仕事行くわ!」
その後は賢治の話を聞いて、次のデートで出掛けるところの話をして終わった。
今日もお気に入りのラジオ番組を聞きながら通勤する。
今日は昨夜放送されていた番組だ。深夜帯に放送される番組なので、次の日朝から仕事の澄子にとっては、どうしてもリアルタイムに聞くのは難しい。
いつものパーソナリティが明るい声で世間の話題を楽しそうに話している。そして、いつものように元気な声で「バイバ~イ!」と言ってラジオを締めくくった。
今回も面白い内容だったな、と思いながらアプリを閉じようとすると、まだ再生が続いていることに気付いた。
「今日のラッキーアイテムはピンクのブラウスです」
すると、また昨日と同じように抑揚のない女の人の声で、今日のラッキーアイテムが何なのか告げられた。
え?また間違い?
澄子は驚きながらスマホを見つめるが、その音声が流れたあと、ラジオはいつものように終了した。
そのまま彼女が視線を車窓に移すと、ピンクのブラウスを着た自分の姿が写っていた。
今日も私はラッキーアイテムを身に着けてる!
内心驚きながらも、昨日ラッキーアイテムを身に着けていたことで、いいことがあったことを思い出すととても嬉しくなった。
憂鬱だった出勤が、今日も少し期待がもてるようになった。
「でね、今日もそのラッキーアイテム身に着けてるのよ!」
澄子は楽しそうな声を上げ、今朝の出来事を電話で話す。
今は昼休み中で、澄子はキッチンカーで買ったサンドイッチを近くの公園のベンチで広げていた。
食べてる途中だったが、いてもたってもいられなくて賢治に電話を掛けていた。
「え?またそのラッキーアイテムかよ?」
「またって2回目よ?それに今日も午前の営業がトントン拍子なんだから!」
午前中は外回りの営業で、1人で営業に出掛けていたが1つの契約を無事にゲットできた。
なかなか契約できない相手だっただけに、ラッキーアイテムの威力を実感する。
「でもさ俺、澄子に言われてからあのラジオ聞いてみたけど、普通にいつもどおり番組終わったぜ?」
「え?うそ?8月15日分の収録よ?」
「うん、あのケーキ屋の話題の回だろ?」
確かにあのときの番組の主な内容は、今流行りの映えるケーキ屋特集だった。
「え?バイバ~イ!って言ったあと、女性の声でラッキーアイテム言わなかった?」
「普通に番組終わって、また冒頭に戻っちゃったよ?」
「…。」
どういうことだろ?
確かに、昨日澄子が聴いた番組は8月15日収録分で間違いないはずだ。
「じゃあ時間あったら、16日分のも聞いてみて!それは今朝私が聞いてたので間違いないから。私もまたあとで、15日の分聞き直してみる」
「分かった!おっと、俺そろそろ事務所戻らなきゃ!!休憩時間終わりだ!明日のデートは予定通りで!またLINEで連絡する!じゃあね!」
賢治の慌てながらも楽しそうな声が電話越しに聞こえる。
昼休みギリギリまで引き止めてしまって申し訳なかったなと思いながら、澄子は電話を切った。
しかし、賢治が聞いてくれた15日収録分のラジオの話が頭から離れない。
澄子は食べかけのサンドイッチを口に運びながら考える。
確かに昨日聞いていたラジオは15日収録分だった。
たまたま賢治が、そのラッキーアイテムの部分を聞く前にラジオを止めてしまったのかもしれない。
でも、冒頭に戻ったとも言ってたから、最後まで聞いてくれたと思われる。
答えが出ないまま、澄子はサンドイッチを食べ終わった。ゴミをまとめて近くのゴミ箱へ捨て、そのまま会社へと歩みを向ける。
しかし、やはり賢治の話が気になり、足を止めスマホを触り、15日分のラジオを再生し再び歩き出した。
内容はやはり、ケーキ屋の話題だった。
一度聞いた内容なので新鮮味はなかったが、会社まで距離もあるし、早送りせずはじめから流すことにした。
澄子が歩みを進め駅に近付くにつれ、人の数も自然と増えていった。
もうすぐ駅というところで、パーソナリティの元気な「バイバ~イ!」という声が流れた。
その数秒後…
「今日のラッキーアイテムはグレーの服を着た男性です」
「…!?」
いつもと同じように抑揚のない女の人の声が流れる。
だが、なぜか昨日とは違う内容でラッキーアイテムが流れる。
澄子は驚きのあまり足を止めた。
「キャーーー!!」
すると、いきなり女の人の叫び声が聞こえた。
慌てて我に返り叫び声に視線を向けると、急に近くを歩いていた男性が倒れた。ピクリとも動かない。
男性の周りにはジワジワと赤いものが広がっていく。
大きな血溜まりだ。近くには血のついたナイフが転がっていた。
通り魔は人の波を掻き分けて遠ざかっていった。
刺された男性はグレーの服を着ていた。
まさか偶然よね?
自宅に戻った澄子は、沈痛な面持ちで自分に問いかける。
あのあとは、ただ流れに身を任せるように電車に乗って会社に戻った。だが、その通り魔の事件のせいでまったく仕事に手がつかなかった。
同僚たちも心配してくれて「澄子じゃなくてよかったよ!」と言ってくれたが、気持ちはまったく晴れなかった。
家に帰っても何も手に付かず、なんとか賢治にLINEを返し、明日の賢治とのデートのために早く休むことにした。
賢治とのデートの日なのに、気分は晴れない。
やはり、昨日の出来事が気になってしまう。
澄子は迷いながらも、机に置いたスマホを見つめる。
やはり、もう一度確かめずにはいられない。
澄子は気持ちを奮い立たせて、ラジオのアプリを起動させた。
15日の収録分を早送りする。変わらずパーソナリティの元気な「バイバ~イ!」という声が流れた。
その数秒後…
「今日のラッキーアイテムはスズキケンジです」
澄子は一瞬にして青ざめ、素早くラジオのアプリを閉じた。
鈴木賢治は今からデートする彼氏の本名だ。
まさかこんなことがあるのだろうか?
同じ収録で同じ抑揚のない女の人の声で流ているのに、またラッキーアイテムが変わっている。
しかも、今度流れたのは自分の彼氏の名前だ。
同姓同名はいるかもしれないが、昨日の今日で恐怖しかない。
澄子は鞄にスマホを突っ込み、慌てて家を出た。
とりあえず、賢治に会って今の状況を話そう。
待ち合わせの駅に、賢治は時間通り笑顔で到着した。
「あれ?澄子予定より早くない?男の俺が彼女より後に到着ってなんか申し訳なくなるんですけど!」
賢治は笑いながら澄子に声を掛ける。
だが、澄子は賢治の周りをキョロキョロしながら不安気な顔をしている。
「どうしたんだよ?彼氏とのデートなのに元気ない顔しちゃって…」
「だって、昨日あんなことあったから…」
「大丈夫だって!偶々出くわしただけだよ。それに通り魔がいたって俺が側にいるから大丈夫だよ!」
賢治はニッと男らしく笑った。
賢治は昨日、ニュースで通り魔の事件を知った。それが、澄子が使っていた駅付近の事件だったので、心配して昨日LINEをしていた。
案の定、澄子は事件を目撃していた。
だから、今日も駅付近が怖いのだろうと思っていた。
「とりあえず、うまいもんでも食ってさ気晴らしすれば元気になれるって!」
「…うん」
澄子は気遣ってくれる賢治を見つめて答えた。
そのまま2人で駅近くのレストランに入る。
窓からは通りが見えて、いろんな車が往来しているのが見える。
レストランは割と空いていて、窓側のソファー席に誘導された。
「なににする!?」
賢治は楽しそうにメニューを広げ、料理を吟味している。
ちょうどランチタイムで、美味しそうな料理のセットの写真が並んでいる。
「俺はハンバーグセットかなぁ!澄子は?」
「うーん、私は…そうだなぁ、オムライスにしようかな?」
「オッケー!」
賢治はお冷を持ってきた店員に、テキパキと注文メニューを伝える。メニューを繰り返す店員の滑舌のいい声が響いた。
メニュー表が下げられ、澄子は手元にあったお手拭きで手を拭きながら話しはじめた。
「あのさ、賢治、ラジオアプリのラッキーアイテムのことなんだけどさ…」
「あー、こないだ言ってたのだよね?結局、あれから俺16日分の聞いてみたけど、ラッキーアイテムなんてやっぱり言わなかったよ?」
「え…?」
澄子はお手拭きで手を拭くのを止めた。
どうなっているのだろうか?澄子はラッキーアイテムが聞けないどころか、同じ収録でも日によって変わっているというのに。
「どうしたんだ?暗い顔して?」
賢治は心配そうな顔をして澄子を見つめる。
「あのさ、それがね、昨日そのラッキーアイテムで、グレーの服…」
そこまで澄子が言い掛けると、急にガシャン!!と大きな音がした。
無意識に瞑った目を開けると、一瞬にしてレストランの光景が変わっていた。
土煙が立ち込め、通りを見渡せていたガラスは粉々に砕けていた。
目の前の机は跡形もなくなくなり、賢治の姿も見えない。
澄子がレストランの奥にそのまま視線を向けると、白い乗用車が頭を突っ込んでいた。
乗用車がアクセルとブレーキを踏み間違えたらしい。
病院で警察にそう言われた。
賢治は車と店の壁に挟まれ即死だった。
対する澄子は、間一髪で免れ無傷だった。
それでも念の為と、救急車で病院に搬送されていた。
診察を終えた澄子は、茫然自失といった様子で病院のソファーに座り込んでいた。
デートという楽しい1日が一夜にして暗転してしまった。一体何がいけなかったのか?何が原因なのか?それすら考えられないほど、澄子は今の状況を飲み込めていなかった。
「今日は家に戻ってきなさい」
診察を終えた澄子の隣に、駆け付けた澄子の母雅代は静かに腰掛けた。
だが、澄子はスリッパを脱いで、そのまま体育座りの格好をし顔を埋めた。
母の気持ちは嬉しかったが、今は1人でいたかった。
「…ううん。整理したいことあるし…」
静かにそう答える澄子を何も言わずに、雅代は見つめていた。
あれからどれくらいソファーに座っていたのだろうか。
いつの間にか雅代は澄子を気遣ってかいなくなっていた。
澄子は腫れた目でスマホの電源ボタンを押し、時間を確認する。
そろそろ帰らなくてはいけない。
いつまでも病院にいるわけにもいかない。
きっと明日は賢治のことでいろいろあると思うから。
澄子は病院でタクシーに乗り、そのまま自分のアパートに戻ってきた。
今日は本当にいろいろなことがありすぎた。
アパートの階段を登りながら澄子は思った。
「今日のラッキーアイテムはスズキケンジです」
朝聞いたラジオが頭の中で反芻される。
きっと賢治は、澄子のラッキーアイテムとして今日の事故の身代わりになってしまったのではないだろうか。
昨日の通り魔の件を考えると、今日の事故も関連しているとしか思えない。
自分のせいだ。
澄子は泣き声が廊下に響かないように口を抑えた。
あのラジオアプリは消そう。
これ以上何かあってからでは遅い。
もう賢治を失うだけで十分だ。
澄子はスマホを取り出し、涙で滲む画面を見つめた。
そして、ラジオアプリを長押しし完全にアンインストールをした。
これで大丈夫だ。
もう私の身代わりになる人はいない。
安心して澄子は玄関の扉に鍵を指す。
だが回して気付いた。
鍵を施錠するときと逆方向に回った。
なんで?私閉め忘れたっけ??
澄子は、慌てて再度解錠方向に鍵を回した。
そしてそのまま扉を開けた。
すると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「では、次のニュースです。昨夜大森市のアパートで強盗殺人事件が発生しました。このアパートに住む高岡澄子さんが亡くなっているのを訪れた親族が発見しました。室内が荒らされており、警察は強盗殺人事件として捜査しています。中継です」
女性アナウンサーがそういうと画面が切り替わり、現場で神妙な面持ちをした男性アナウンサーが映し出された。
「こちらが事件現場のアパートになります。現在警察により規制線が張られ、現場検証が続いています。高岡さんは帰宅後すぐに襲われたようで、玄関付近で血を流して倒れていました。犯行に使われたと思われるナイフは現場に残されていますが、犯人は未だ特定できず逃走中です。警察は捜査を進めるとともに、犯人の行方を追っています。住民の方に話を聞きました」
現場の男性アナウンサーから、今度は住民と思われる女性のインタビューに切り替わった。
「隣の部屋だったのでビックリしました。たまたま外に出ていて、スマホのラジオを聞いていたら、自分のアパートが事件現場になってることを知って慌てて帰ってきました」
首から下が映し出された女性は、声からして30代くらいの女性だろう。
少し息遣いが荒く、驚きを隠せない様子だ。
「こんな田舎で凄惨な事件が起きるなんて怖いです。早く犯人には捕まってもらいたいです」
女性は切実な声を出しインタビューに答えていた。
同時にカメラは女性の手元を映していた。
女性が聞いていたスマホのラジオだ。
そして、スマホは中継中もラジオを流し続けていた。
「今日のラッキーアイテムはタカオカスミコです」
抑揚のない女の人の声が流れていた。




