第一章 明けぬ夜 2
「六合兵団長、敵もこちら同様少数の先遣群を先行させた。艦隊が接近し次第、グラディアート戦に雪崩れ込むだろう」
綺麗に切り揃えられた白い髭が特徴のAIサポート参謀担当官・元子爵家隠居のフォルマン・バイヤールがホロウィンドウに映し出され敵が動き出したことを告げ、応じる零は傾斜の浅いほぼ立っている状態に近いシートから身を起こす。
「合わせてきたか。流石にすぐさま決戦は挑んでこないらしい。ま、こちらが勝ちそうになれば大軍が動いてしまうかも知れないが」
「そうなれば、なし崩し的に総力戦となる可能性がありますな。案外ミラトは、決戦の戦端を見付けかねているのかもしれんし」
ふむと顎に手をやりフォルマンは頷き、零は不敵な笑みを麗貌に刻む。
「敵がそこまで間抜けじゃないことを祈ろう。流石に前哨戦気分で決戦には参戦したくない。部下には言えないがな」
「ははは。ま、そこまで敵も考えなしではないでしょう。定石通り、先ずは相手の出方を見る様子見。決戦に雪崩れ込むのは、小競り合いを経てからでしょうな」
「そうなってくれるように祈るよ」
夜空を思わせる双眸を、零はギラリとさせた。
◇◇◇
「六合兵団、グラディアート出撃命令。総員、グラディアート機乗。三十秒後、、高速射出機構により射出」
艦内放送と汎用コミュニケーター・オルタナデバイスがAIからの通達を伝え、零は肉声とオルタナデバイスで兵団に呼びかける。
「兵団各位、聞こえたな。グラディアート機乗。情報感覚共有リンクシステム起動」
半数近くのグラディアートから降りていた兵団員達が、急ぎ各々のゲレイドへと急ぐ。
出撃待機を命じられてからずっと零はゲレイドの中にあったが、直卒小隊の者は身体が固まることを嫌ってか外に出ていた。
ヴァレリーを始めとした五人が弾かれたようにぱっとその場を離れ、己のグラディアートへ乗り込んでいった。
格納庫内に緊急出撃の警報が鳴り響く。
「出撃」
短くAIの声が響くとすぐさま、零のゲレイドは自立式整備ハンガーごと移動し超電磁誘導チューブを瞬く間もなく通過しハニカム状に船腹に並ぶ出撃口から高速射出機構によって機関銃の弾丸が如くローレライ二より射出された。
直卒小隊のゲレイドもほぼ同時に船外へ。
あっという間に五百強の六合兵団の全グラディアートは、宇宙空間に撃ち出された。
零率いる六合兵団が用いるゲレイドは、エバーグリーン色をした機体の要所要所がスポーツ選手を彷彿とさせるプロテクター状のアーマーで覆われたミディアムクラスの骨格を使用した機体だ。
前兵団主力グラディアート。最新鋭機のパルパティアに次々と入れ換えられ、順次退役している。
辺境域では今なお現役だが、最新鋭機とはかなり水をあけられてしまった。
アイセンサが四つある頭部は上部が二段重ねとなった構造で、機械的な威圧感を与えてくる。
メインウェポンのアダマンタイン製光粒子エッジ式ブレードを、同じくアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ラウンドシールドにラックしている。
兵団副団長のサブリナ駆るゲレイドを中心として、六合兵団は陣形を早急に組み上げた。
そのまま所定の場所へと、六合兵団全グラディアートが宇宙空間を疾駆する。
六合兵団は今回、リザーランド・リュトヴィッツ・ナイトリー三兵団の後方に位置しサポートを行う。
ライラック色の要所をやや大ぶりな装甲で覆った、ミディアム骨格を採用した頑強なイメージを与えるファブールがリザーランド兵団の先頭にあった。
アイセンサが六つあるヘッドギアを填め込んだようなフェイスマスクは、人とは異質な機械的な静物の印象を与える。
第一・第二エクエスを覗けば、ボルニア帝国ではハイエンドに位置する機体だ。
生産数は少なく、一部の兵団精鋭に配備される。
メインウェポンは、アダマンタイン製光粒子エッジ式バスターソード。
それをアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型カイトシールド裏にラックしている。
三つ並ぶ兵団の右翼に位置するリュトヴィッツ兵団の先頭に陣取るのは、ウィスタリア色をした要所を守るアーマーが丸みを帯びており少なめで、ミディアムクラスの骨格を採用した内部構造を覗き見せる軽快なイメージを与えるランスールだ。
頭部アーマーと一体となった、三角形をしたフェイスマスクが特徴的な機体。
とある有名なクリエイトルが学生時代研究の一環として制作したグラディアートで、とある経緯でブレイズの手に渡った。
大国で使用される最高戦力たる第一エクエスが用いるグラディアートを凌駕する名機。
メインウェポンはアダマンタイン製光粒子エッジ式バスターソード。
それをアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ラウンドシール裏にラックしている。
三兵団の左翼に位置するナイトリー兵団の陣頭にあるのは、オーキッドピンク色をしたミディアムクラスの骨格を採用した細身で繊細な細工を思わせるアーマーが全身を覆ったナイチンゲールだ。
後方へ突起が伸びた流線形をした色白のフェイスマスクは、如何にも軽快な印象を与える。
マジックキャバリアーであるヘザーの能力と相俟って、ランスールにも匹敵する性能を有しながらポテンシャル不明な不気味さを秘めたグラディアート。
メインウェポンは、アダマンタイン製光粒子エッジ式ハンティングソード。
それをアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ヒーターシールド裏にラックしている。
それら兵団長機の背後にずらりと並ぶのは、ガンメタルグレー色をした全体として重厚なフォルムを有する、ミディアムクラスの骨格を採用した要所を守る装甲がプロテクター状の強固なイメージを与えるパルパティア。
後部から側面をガードするように覆うヘッドガードから覗く、アイセンサを透かし見せる赤い透過素材がフェイスマスクを形成する。
ボルニア帝国兵団主力機として、最も数多く生産されるグラディアートだ。
大国たるボルニア帝国を支えるグラディアートとして性能は申し分の無い機体だ。
メインウェポンは、アダマンタイン製光粒子エッジ式ブレード。
六合・リザーランド・リュトヴィッツ・ナイトリー四兵団が属するデゥポン兵団群が一翼を担う先遣群の陣容は、中央と左右の大まかな三つの軍勢からなっていた。
中央に第一エクエス・オルデン軍団群一万と通常の半個の中級兵団群七つ三十五万。
左翼に第二エクエス・ロキナ軍団群一万と半個の中級兵団群七つ三十五万。
右翼にギャバン兵団群五万を中核とする半個の中級兵団群七つの計四十万。
デゥポン兵団群が位置するのは、ギャバン兵団群の左翼だ。
ミラト王国軍先遣群の陣容も、中央と左右の三つの軍勢からなっている。
中央に第一エクエス・ストレール軍団群一万と中級・下級兵団群計三十万強。
左翼に第二エクエス・ハール軍団群一万と中級・下級兵団群計五十万強。
右翼に中級・下級兵団群三十万強。
ボルニア帝国軍先遣群に、数を合わせてきた感じだ。
ボルニア帝国軍先遣群、ミラト王国軍先遣群、共に百十万強。
ボルニア帝国軍先遣群の陣形は、中央、左翼、右翼が横一列に並ぶ。
対してミラト王国軍先遣群の陣形は、左翼が厚く突出した斜線陣だ。
敵ミラト王国軍側の狙いは見え見えで、斜線陣によりボルニア帝国軍側の右翼を真っ先に叩き側面から雪崩れ込み正面と共に有利な攻勢を仕掛ける構え。
その態勢に零は前哨戦の様子見にお誂え向きな状況と、独り言を知らす高速情報伝達に乗せる。
【さて、剣を交える前の戦は相手の勝ちか】
【有利を取られたわね。順当に当たれば、わたし達の右翼が真っ先に崩される】
零の誰にともない独白にサブリナが情報感覚共有リンクシステムにピリッとした感覚を伝え応じ、ホロウィンドウをポップさせヴァレリーが元侯爵家令嬢らしく自尊心を垣間見せる。
【定石ね。歴史ある大国たるボルニア帝国は前哨戦に堂々とした構えを見せ、挑む敵は勝つために初手から手を尽くす】
【別に負けていい戦じゃないぜ。このまま悠長に手を尽くさず当たれば負ける】
【そんなこと、分かってるわよ】
茶々を入れる零にヴァレリーはむっとなり、ホロウィンドウに映し出されるサブリナはヴァイザーの奥の榛色の瞳に思慮を浮かべる。
【同数ならばボルニア帝国軍が上。軍団群長殿は、じっくり敵の戦力を見たいんでしょう。トルキア帝国が敗れ、敵の兵威がどうなのか】
【でしょうね。敵を測る上で、この前哨戦は重要よ。不利な状況でも敢えて正攻法で応じ、敵の力を見る必要があるわ。只勝てばいいってわけじゃないわ。零だって分かってるでしょう?】
【格上が力を見てやるなんて暢気に構えて、間抜けを晒さなければいいけどな。前哨戦に勝つことも、全軍の士気の上では重要だ】
【勝たなければいけないけど、敵にも力を出させなければならない。ジレンマね。このままでは、主力兵団群からなる右翼は敵第二エクエスの相手をさせられるわ。ぶつかれば力量でも数の上でも圧倒されてしまう】
絡むヴァレリーに零が武人としての信念を示し、サブリナは敵の陣容にややげんなり気味だ。
敵味方のグラディアート群が動き出し、敵は予想通りの行動に出た。
ミラト王国軍側はぶ厚い陣容の左翼を突出させ、ボルニア帝国軍右翼の撃破を狙う。苛烈な行動。
ボルニア帝国軍側は左翼を伸ばし、ミラト王国軍側を半包囲しようとしている。重厚な行動。
戦闘が開始される。
真っ先にミラト王国軍と接敵したのは、急進した敵左翼とぶつかったボルニア帝国軍先遣群右翼。
零の思考が情報感覚共有リンクシステム上を、激しく迸る。
【六合兵団、大隊長前へ。それ以外は支援を。正面は敵第二エクエス・ハール。吹き飛ばされるぞ】
リザーランド・リュトヴィッツ・ナイトリー三兵団の後詰め位置に陣取る六合兵団の前で、その三兵団のグラディアート・パルパティアが戦神の一撃を喰らったかの如く粉砕されていく。
前衛を打ち砕くが如き奔流に、零はモリスに緊迫を告げる。
【不味いぞ、モリス!】
【零君。兵団群各位。今ノヴェール軍団群長から指示が下された。左翼による半包囲が完成するまで戦列を維持する。各位、第二エクセス・ハールとの交戦をなるべく減らし、時間稼ぎするんだ】
モリスの指示に、エレノアの合成音声が兵団群全体に向けた高速情報伝達で伝わる。
【戦わずに済ませられる相手じゃない】
【同意。ハールはそれをさせてくれない】
【リザーランド卿、ブレイズ、零、中央に。デゥポン兵団群長と直卒兵団を守るんです。ハールの攻勢を集め兵団群全体の被害を減らします】
エレノアに続きブレイズも異を唱え、ヘザーが淑やかな合成音声に三軍を叱咤するかの如き響きを乗せた。
エレノア達の言葉に零は、麾下の六合兵団に普段にはない苛烈さで命じる。
【六合兵団、前へ。群長直卒兵団が敵の攻勢を集める要だ。持ち堪えさせるぞ! サブリナ、兵団の陣頭指揮を】
【了解】
比較的デゥポン兵団群長直卒兵団の近くに布陣していた六合・リザーランド・リュトヴィッツ・ナイトリー四兵団が動いた。
零のゲレイドが、六合兵団に先行する。
アイボリーブラック色をした、シンプルながら流れるようなデザインのグラディアートが目前に迫った。
ミラト王国軍第二エクエス主力機パンテーラ。
レーサーヘルメットを連想させる流線形の頭部を有する、スモール骨格を使用した機体。
メイファース社によってミラト王国軍第二エクエス使用機相当として新規開発されたグラディアートだ。
メインウェポンは、アダマンタイン製光粒子エッジ式ショートソード。
それをアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型カイトシールド裏にラックしている。
零のゲレイドの接近を感知したパンテーラが相手は主力兵団、しかも旧型機であることから見くびったか刃に緑色の光を宿す光粒子エッジ式ショートソードを無造作に振りかぶった。
相手は機体性能もファントム性能も上回る敵。
零はゲレイドにラウンドシールドを構えさせ、最初の敵であるため慎重に仕掛け方を見定める。
途端向かってくるパンテーラが、びくりとしたような挙動を取った。
予来予知が敵第二エクエス・キャバリアーに何を垣間見せたのか。
零の思考に笑みが掠める。
――遅い。
もう既に敵は、零の術中だ。
パンテーラは、光粒子エッジ式ショードソードを振り下ろし始めていた。
無造作に零のゲレイドが、こちらは刃に黄色い光を乗せる光粒子エッジ式ブレードで受けるようにみえた。
光粒子エッジ同士がぶつかり合う。
そのまま力比べをすれば、動力性能でまさる敵が打ち勝つが。
打ち合った瞬間、零のゲレイドが振るう光粒子エッジ式ブレードが魔法のように動いた。
くるりと相手の得物を巻き込むと横に払い、ピタリと剣先をパンテーラの首元に向ける。
そのまま刺突を放ち、首から胴の内部へと光粒子エッジを突き入れた。
惰弱な内部構造を、刃に伝導した光粒子が破壊していく。
沈黙。
そのまま撃破したパンテーラを置き去りにし、次へ。
撃破に慌てた小隊長機と思しきパンテーラへ、零は速攻を仕掛ける。
ここは宇宙空間。蹴る地は存在しない。
以前の衛星マダムートのように、神速を越える零の体術を機動性で劣るゲレイドで活かすことはできない。
第一エクエス機ティグリスほどではないにせよ、パンテーラも機動性に優れた機体だ。
用心された今、もう先程のようにはいかない。
だが相手は、第一エクエス・ストレールでもその専用機ティグリスでもない。
撃破したパンテーラに沿うように、くるりと右側から背後へとゲレイドを回転させ歯車のように機動し、小隊長と思しき第二エクエス・ハールの意表を突く。
既にパンテーラは、正面に迫ったヴァレリーのゲレイドに対していた。
反応が遅れる。
そこへ零のゲレイドの回転に乗った光粒子エッジの刺突が放たれた。
機動性を活かすため薄めの装甲で覆われたパンテーラは、零が当たりを付けた次元機関のエネルギー供給ラインを断ち切られ沈黙。
高速情報伝達に乗ったヴァレリーの凜々しく引き締まった合成音声が、ややポジティブに紡がれる。
【零、主力兵団よりは手応えはありそうだけど、やっぱり第一エクエス程じゃないわね】
【そうだが、侮るな。通常の兵団員には、あまり当たらせられない。通常の兵団員で抑えている間に、第一・第二エクエスクラスのキャバリアーが対処するしかない】
【そうね。六合兵団各位、二~三体一組で敵に当たって持ち堪えて。撃破は第二エクエス以上のキャバリアーが担当するように】
ヴァレリーや直卒小隊だけで無く敢えて零は第二エクエス以上のキャバリアーに繋いで高速情報伝達に思考を乗せ、応じたサブリナが副兵団長として指示を出した。
サブリナが命令を下すと、零が続ける。
【あまり細かな指示は、架空頭脳空間を介して出さない。各位。サブリナの言うとおり二~三体で敵一体を抑え、撃破は第二エクエス以上のキャバリアーが受け持つんだ】
【了解】
繋いだ兵団員達から、了承の返事が返った。
六合兵団は第二エクエスの猛攻に崩されがちな兵団群の中にあって、固い守りを示した。
一人零はごちる。
【他の兵団はキツいだろう。例えエレノアやブレイズ、ヘザーが居てもな】
零のゲレイドの近くで、ヴァレリーが危なげなく次々と実力では格下である第二エクエス・ハールのパンテーラを機体の性能差をものともせず屠っていく。
ファントムで劣る零よりも、撃破率は高いくらいだ。
他の兵団は、散々な有様だった。
陣形を敵第二エクエス・ハールに打ち破られ、各所に綻びを生じさせていた。
第一エクエスに次ぐ、一国の第二級の戦力。
最精鋭ではないとしても、それは精鋭に違いなかった。
主力兵団ではハールの進撃を鈍らせるのが精々で、数で勝ろうとも破るなどどう足掻こうとあり得ない。
今も三体掛かりのパルパティアを一体のパンテーラが楽々と凌ぎ、その隙に他のパンテーラが蹂躙していく。
これが第一エクエスであれば一体で三体のパルパティアを楽々と撃破するのだろうが、流石に主力兵団とそこまで実力が開いていないため第一エクエスほど圧倒的ではなかった。
リザーランド・リュトヴィッツ・ナイトリー三兵団は、他の兵団ほど陣形を乱していなかった。
三人ともキャバリアーとしては破格の戦力だが、各兵団に一人だけで他は通常の主力兵団員だ。
兵団として機能している理由として、一つには三人の兵団長の武勇が部下を勇気づけ士気が高いためだ。
そしてその三人がそれぞれ獅子奮迅の戦闘でもって、第二エクエス・ハールの戦意を鈍らせている。
三人の戦闘は零から見ても凄まじく、敵が相手取るのを躊躇わせるには十分だった。
エレノアのファブールが敵を蹂躙し、ブレイズのランスールが敵を翻弄し、ヘザーのナイチンゲールが敵を殲滅する。
まるで雑兵でも相手取るかのように、精鋭たるハール駆るパンテーラを瞬殺していった。
その三兵団に左右を守られているモリスは大丈夫だと、零は兵団群全体を見渡す。
第二エクエス・ハールはデゥポン兵団群に三軍団仕掛けていて猛者が揃う中央は兎も角他の箇所は綻びが生じようとしている。
先遣群左翼による半包囲が成功するまで持ち堪えるには厳しい状況だった。
敵は第二エクエスだけではない。
主力兵団群五十万も先遣群右翼に襲い掛かっている。
対するボルニア帝国軍側先遣群右翼は三十万。
数の上でも不利であり、長引けば負けは確実だった。
高速情報伝達に零は思念を乗せ、命令を下す。
【六合兵団各位、本兵団はデゥポン兵団群の救援に動く。敵第二エクエス・ハールによって穿たれた穴を塞いで回るぞ】
【デゥポン軍団群長はいいの?】
【エレノアやブレイズ、ヘザーが居る。あの三人のことだ。むざむざ討ち取らせたりはしないさ。それより兵団群全体だ。直卒兵団が無事でも他が破られれば、デゥポン兵団群は瓦解する。それじゃノヴェール軍団群長から指示を受けたとおり敵左翼を足止めできず、先遣群全体の敗北を招きかねない】
命令に懸念を口にするヴァレリーに、零は作戦の本質的課題を話した。
ヴァレリーを映し出していたホロウィンドウの隣にもう一つホロウィンドウが現れ、知性と勝ち気さが表れた端麗なサブリナの美貌を映し出す。
【そうね。デゥポン兵団群がハール三軍団を抑えきれなければ、その自由になった三軍団が余勢を駆って数で劣る先遣群右翼に襲い掛かる。そうなれば先遣群右翼は早期に敗れかねないわ。敵左翼を中央に向かわせてしまえば半包囲が成功してもこの戦は負けだわ】
【分かったわ。わたし達の役目は、デゥポン兵団群を瓦解させないこと。半包囲が成功するまで先遣群右翼を持ち堪えさせないとね】
サブリナの言葉に納得したヴァレリーに、零は声をかける。
【そうだ。厳しい戦闘になると思うが、ヴァレリーには直卒小隊を頼む】
【頼まれたわ】
当然とヴァレリーは、合成音声を凜と響かせた。
漂うそれを相手せず、零も正面のヴァレリーも次へ。
それをアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型スパイクシールド裏にラックしている。
六合兵団を騎兵として運用するに当たり兵団群長の了承を得ようと、零はモリスとエレノア、ブレイズ、ヘザーに繋ぐ。
【零君、何か? こちらはどうにかハールを凌ぐので精一杯だ】
【墜とされないでくれよ。六合兵団で兵団群の空いた穴を塞いで回りたい。許可を】
【やってくれるのかい? こちらから誰かに頼もうと思っていたんだ。このままでは、兵団群が破られかねない。六合兵団は通常の主力兵団と違い、懲罰部隊。主力兵団以上のキャバリアーも在籍している。当てにさせて貰う。それとブレイズ君にも頼めるかい?】
ポップしたホロウィンドウに映し出された戦闘中らしく視線を向けず零に応じたモリスは、具申に納得するとブレイズに声をかける。
【了解。兵団群が瓦解すれば、作戦自体が失敗しかねない。そうなったらボルニア帝国軍先遣群の負けだ。役目引き受けます】
【頼む】
短くモリスが応じ、零はブレイズへかける合成音声に気迫を乗せる。
【行くぞ、ブレイズ。そちらの兵団は通常の主力兵団だ。十分に注意しろよ】
【了解だ、零。部下に無理はさせすぎないさ。俺が左翼を。零が右翼を支援してくれ】
【分かった】
気勢を落ち着いた合成音声に乗せるブレイズの指示に、零は了承を返した。
手短にブレイズと打ち合わせると、零は兵団全体への指示を高速情報伝達に乗せる。
【サブリナは、兵団をそのまま率いてくれ。ヴァレリーは、直卒小隊を。俺は自由に動かせて貰う。六合兵団、続け。架空頭脳空間に上げたプロットで支援に回る】
【了解】
兵団員から返事が返った。
突っ込んできたパンテーラをフェイントを織り交ぜた妖剣で沈黙させると、零のゲレイドがデゥポン兵団群後方へと疾駆する。
続々と六合兵団が続く。
交戦中のパンテーラを第一・第二エクエスが沈め、順次移動を開始した。
サブリナのゲレイドが最後まで残り、味方の離脱を支援する。
零が向かったのは近くの兵団群右翼で、三兵団が今にも敗走の危機にあった。
その内の中央。
第二エクエス・ハール軍団長の直卒大隊の猛攻に晒されている兵団が、接敵して十分程度だというのに、半数近くに減らされていた。
軍団長機と見定めたパンテーラに、零のゲレイドが肉薄する。
タンデム式となった背後へ、零は高速情報伝達で呼びかける。
【エイラ、たまに神速を瞬間入れる。持ち堪えてくれよ】
【イエス・マイロード。死力を尽くし、サポートします】
瑞々しさはあるものの、抑揚に欠ける片言が答えた。
本来は前後にコクピットシートを有するタンデム式であるのだが、背後のシートは取り払われ代わりに中で幽子体の精霊が揺蕩う様が透かし見えるカプセルが固定されていた。
零の契約ファントム・エイラだ。
エイラは人型ではなく、幽子体の精霊だ。
人形と呼ばれるエイラはローエンドモデルのファクトリー大量育成体で、人型の肉体化可能なファントムとは性能が比べるべくもない。
零の技量と人形とでは隔たりが激しく、遠慮無くゲレイドを駆ればエイラがフリーズし機能不全に陥ってしまう。
それは戦場にあって、命取りだった。
相手は第二エクエス。
しかも軍団長。
人型のファントムを使用しているのは確実で、キャバリアーとしての実力も第一エクエスに近い。
今までのようには行かぬ相手と、零は警戒を一段引き上げた。
零のゲレイドに気付いた若干装甲形状が異なるパンテーラが格下と侮り、無造作に向かってくる。
未来予知により警告のようにちらつく敗北の未来を零はねじ伏せ、放たれる光粒子エッジ式ショートソードの刺突に合わせ機体を一回転させ投影面積を最小にすることで躱した。
そのまま回転の威力を乗せた光粒子エッジ式ブレードの刺突を放つ。
その直前全身を硬直させたパンテーラは、零が放った刺突を間一髪で硬化型カイトシールドで受けた。
【ちっ、ファントムの性能に助けられたか】
本来キャバリアーの未来予知に差は無い。
キャバリアー同士の戦いでは、未来予知は互いのそれで相殺され無効化される。
優劣が生じるのはキャバリアーの未来予知をファントムが増幅させる、グラディアート戦だ。
ファントムの性能が劣るということは、感覚として受け取る未来を相手よりも見通せないということだ。
それは戦いの場に於いて、圧倒的に不利だ。
本来ならば決まっていた筈だった零の一撃が、躱されてしまった。
俄に相手のパンテーラが警戒した。
無造作に近づこうとせず、慎重に零のゲレイドと距離を取る。
ぐるぐると回るように、ゲレイドとパンテーラ――二体のグラディアートは互いの背後を取り合う。
先に動いたのは、零だった。
軍団長機撃破は大きいが、いつまでも一人の第二エクエスにかかずらわっているわけにはいかなかった。
敵は千体の軍団であり、今も味方がパンテーラと交戦している。
漫然と光粒子エッジを振りかぶった零のゲレイドが、パンテーラに迫った。
如何にも読みやすい太刀筋に、軍団長機と目されるパンテーラは、光粒子エッジを正眼に構える。
ゲレイドが光粒子エッジを振り下ろし、パンテーラが光粒子エッジで応じた。
刹那――
ゲレイドが加速。神速へ。
稲妻のように零が駆るゲレイドの太刀筋が変わり、半円のような軌跡を描く。
光粒子エッジ式ブレードが、パンテーラの胴を切り裂いた。
装甲の薄いパンテーラは、その一撃で大破。
透かさず、零はファントムに呼びかける。
【エイラ、平気か?】
【イエス。あのくらいの時間でしたら、制御可能です】
【よし】
エイラの返事に、零は今度は神速に達さぬ止めの一撃を放った。
次元機関のエネルギー供給ラインを断ち切られ、パンテーラが沈黙する。
軍団長機、撃破。
俄にデゥポン兵団群右翼に攻撃を仕掛けていた、ハール軍団が乱れた。
それまで淀みなく攻勢に出ていたハールに、迷うような動きだ生じたのだ。
軍団長機を撃破され、命令系統に混乱が生じたのだろう。
この隙に、と。
零は近くのパンテーラに仕掛けた。
一瞬反応が遅れたパンテーラが、零が仕掛けたフェイントのシールドバッシュに引っかかった。
恐らく未来予知で承知していただろうが、集中力が乱れ思わず反応してしまったのだろう。
反射的に守勢に適した右側に逸れた。
硬化型カイトシールドで守られた左側を敵が晒すのと同時、零のゲレイドは左側にスライドする。
途中でシールドバッシュ止まり、光粒子エッジを零のゲレイドが突き入れる。
刺突を次元機関のエネルギー供給ラインに受けたパンテーラは、沈黙した。
邪魔なそれを、零は無造作に硬化型ラウンドシールドを振るい押しやり、別のパンテーラへ。
撃破したパンテーラの影になっていた別の機体が、流石に即座に応じた。
が零は時間を掛けるつもりはない。
ファントムで劣ろうとも、応じる間を与えなければいいのだ。
基技アジリティでグレード・スピードAをSへグレードアップ。
刹那零は、神速に達した。
相手が応じる間もなく光粒子エッジが振るわれ、腹部の継ぎ目へと吸い込まれた。
大破したパンテーラは行動不能に。
六合兵団の他のゲレイドも、パンテーラの撃破を重ねる。
尤もそれは、サブリナを筆頭に零の直卒小隊を加え十五名の第一エクエス・クラスのキャバリアーが駆るゲレイドで、第二エクエス・クラスのキャバリアーで互角といったところ。
さすが第一エクエスクラスのキャバリアーは、機体性能で劣ろうとパンテーラ撃破にそれ程手間取っていなかった。
皆ハール軍団長が斃れた隙に、攻勢に出ていた。
特にめざましい活躍をしているのがサブリナで、次々とパンテーラを撃破していく。
まるで主力兵団を相手取るときと同様に。
ソルダ位階第三位虹の実力を遺憾なく発揮して。
サブリナ駆るゲレイドが、機動性に優れるパンテーラに背後を取られ前後から挟撃されるかに見えた。
がそれは罠で、一直線に並んだパンテーラを、ゲレイドを回転させ光粒子エッジで一気に切り裂いた。
その舞踏でも踊るようなリズミカルな動きに、零は思わず高速情報伝達に呟きを漏らす。
【遊んでいるのか】
次に戦働きめざましいのが、ヴァレリーだ。
基技アジリティで速度を増した剣で攻撃し躱されれば盾で受けるを繰り返す、タートゥロード流汎用技リピートを基本形にした危なげない立ち回りで応じ、ときおりそこから変則技を出し敵のリズムを崩し的確に撃破を重ねていった。
ソルダ位階第四位ダイアモンドの実力は、第二エクエスをものともしない。
ときおり直卒小隊の四人の面倒を見ながら、全く危なげなかった。
その年少者四人も年若いとは言え、将来的には第一エクエスに達する者達だ。
第二エクエス・ハール駆るパンテーラを相手に、機動性・動力性能共に劣るゲレイドで、一対一なら優位に戦いを進めている。
経験不足で敵の連携に戸惑うことがあるが、そこはしっかりヴァレリーがサポートしている。
ヴァレリー率いる直卒小隊は、敵第二エクエスによる攻勢に晒される戦場に於いて、強固な戦闘ユニットだった。
麾下の勇戦に視線を走らせつつ、独りごちる思考に獰猛な笑みが混じる。
【俺も、もう少しいいところを見せないとな】
零のゲレイドが、俄に妖しく戦場を駆けた。
六合兵団は、暫く転戦を重ねた。
崩れそうな兵団の救援に駆け付け、敵の数を減らし攻勢を鈍らせれば別の兵団の支援へと。
零が受け持ったデゥポン兵団群右翼は、崩壊までまだ暫く時間に余裕ができ始めた。
ブレイズが担当する左翼は、右翼よりもやや手間取っていた。
ブレイズ麾下のリュトヴィッツ兵団のキャバリアーは、通常の主力兵団のキャバリアーで本来第二エクエス・ハールの相手は務まらない。
それを一対多数に持ち込み敵パンテーラを抑え、その間にブレイズ駆るランスールが獅子奮迅の働きをし次々と敵を撃破していた。
その戦闘は敵第二エクエスの気勢を削ぐには十分だが、その第二エクエスを圧倒する戦闘力を発揮できるのが一人だけなのでどうしてもその威圧効果は局所的になってしまう。
それでも、デゥポン兵団群左翼崩壊の時間稼ぎには十分だった。
兵団群中央にリザーランド兵団とナイトリー兵団、右翼に六合兵団、左翼にリュトヴィッツ兵団があり、第二エクエス・ハール三軍団による攻勢に半包囲作戦中持ち堪えられそうだった。
取り敢えず、デゥポン兵団群は。
――問題は他の兵団群――ハールが攻撃を仕掛けた中央のギャバン兵団群と中央右翼のラフォン兵団群か。
中央が崩れれば、元々四十万対五十万強。
二兵団群十万が崩れ去れば、数で圧倒される。
半包囲作戦が失敗してしまう。
パンテーラを屠りつつ、零は戦場全体に思いを馳せる。
既にギャバン兵団群とラフォン兵団群は、陣形を崩しつつあった。
そのときホロウィンドウがポップし、モリスを映し出す。
【零君、ギャバン兵団群の裂けた陣列を埋めてくれ。ヘザー君もラフォン兵団群へ向かう。余所の兵団群のことで済まないが、先遣群右翼が崩れればこの戦は負けだ】
【ギャバン・ラフォン兵団群は、かなり追い込まれている。俺の兵団が向かっても、埋められる穴は一つだけだ。兵団群長が居る中央へ向かう】
【頼むよ】
即座に救援の要所を勘案する零に、モリスは済まなそうにした。




