第一章 明けぬ夜 1
剣を振るうわたしの身体は逸っているというのに、取り戻した戦士の心は用心しろとそれを押し止める。
――戦場の執行者の唄
「随分、消極的じゃない? リザーランド、リュトヴィッツ、ナイトリー各兵団は兵団群の先頭に陣取るのに、こちらはサポート位置? デゥポン兵団群長に三人と同じ位置取りにして欲しいって頼まなかったの?」
「頼んだよ。この位置がいいってね。戦後後ろ指をさされたくないエレノア、ボルニアでの栄達を願うブレイズ、正式なボルニア帝国軍の所属は初めてのヘザー。三人とも、気迫は十分だ」
ヘルメットのヴァイザー越しの青い明眸を怪しげにしやや咎めるような口調のヴァレリーに、零は麗貌をにやりとさせ口調を得意げにした。
グラディアート・ゲレイドの仄暗いコクピット内。機乗待機中の零は、副兵団長のサブリナや副官のヴァレリー、直卒小隊の者と繋ぎ出撃前のミーティングも兼ねた会話を交わしていた。主に年少者四人の緊張を解すため。
零の答に呆れつつ、ヴァレリーは凜々しく引き締まった声を殊更わざとらしくし意外そうに問う。
「あら? 零の気迫は十分ではないの?」
「この前のトルキア戦の疲れが抜けきってないんだよ。俺達は、今回三兵団の支援だ」
「情けねーな。リザーランド卿もリュトヴィッツ卿、ナイトリー卿も、前回のトルキア帝国との決戦に参加して、兵団長同様古代兵器運用艦ギガントス撃沈の任務を果たした。一人だけ疲れたって? 兵団長が四人の中では一番若いんだろう? だせー。シャルロットはどう思う?」
ヴァレリー同様わざとらしく零は浅い角度のシートに身体を預けたまま膝に手をつき前屈みになり、小馬鹿にした様子のバルチアンが散々腐した挙げ句シャルロットに話を振った。
水を向けられたシャルロットは、ワンテンポ遅れ少し慌てた様子だ。
「え? あ、ご免。ちょっと考え事してて聞いてなかった」
「珍しいな。作戦中、シャルロットがぼうっとしてるなんて」
意外に感じつつ注意を促す零の後を継ぎ、ヴァレリーは声音に相手を気遣うような労りを滲ませる。
「シャル、お母様のことが気になるのね?」
「うん」
気丈なシャルロットらしからずこのとき答える口調は、年相応の少女のものだった。
ヴァレリーの言葉に零ははっとなり、推測を問いにする。
「シャルロットの母親も決死隊なのか?」
「そうよ。どこに所属しているのか、生きているのかさえ分からない。生き残っていれば、この戦いにも参加している筈」
彼女らしさを取り戻したシャルロットは気丈に応じ、零は声調を微妙に変え気遣いを見せる。
「それは心配だな。キツいなら無理しなくてもいい」
「平気。ご免みんな。ヴァレリー、バルチアンは何て言ってたの?」
短く謝罪するとシャルロットは強引に話を戻し、ヴァイザー越しに綺麗な眉を少し持ち上げただけでヴァレリーは特に何も言わず話を合わせる。
「リザーランド卿達の中で零が一番若いのに、この前の戦いの疲れが抜けきっていないからって消極的な戦い方がダサいって」
「駄目でしょう、バルチアン。そんなことを言ったら。六合兵団長は、あの琥珀色の騎士マーク・ステラートを押さえ退かせたんだから。十色の騎士と戦うなんて、わたしでは想像もつかない。神経だって、すり減った筈だわ」
透かさずぴしゃりとバルチアンを注意するシャルロットに、零は上機嫌に相槌を打つ。
「流石、シャルロット。いいことを言う」
「シャルロットの言うことは分かるけど、零は少し爺臭いかしら。もうあれから一週間は経つのよ。疲れなんて、残ってないでしょう?」
満足そうな零へ冷たい眼差しを注ぐオルタンスに、おずおずとランベールが反論する。
「体力の問題じゃないんだよ、オルタンス。シャルロットが神経がすり減るって言っただろう。精神的な疲労は、そう簡単に消えないんだよ」
「さっすが、ランベール。詳しいのね。普段から、いじいじしてるだけのことはあるわ」
零を擁護するランベールを、透かさずオルタンスはやり込めた。
凹まされたランベールが、憐れに抗議の声を上げる。
「酷いよ」
それまで兵団長直卒小隊の遣り取りを聞いていたサブリナが、音律のある声を挑発的にする。
「精神的疲労って、零にそんな可愛げがある?」
「俺をサブリナは、どんな風に見てるんだ。俺は繊細なんだよ」
「零が繊細かどうかは兎も角、精神的なものじゃ仕方がないわね。わたしとしては、零に戦功を上げて貰いたかったんだけど」
明眸に思慮を浮かべるヴァレリーは、やや不思議な音律を声に含ませた。
ヴァレリーの様子を訝しんだ零だったが、皆に論われることが嫌だったので話を逸らす。
「気を引き締めろよ。コルネル恒星系を発ったミラト王国軍がボルニア帝国軍の予想通り、ここソレイユ恒星系に侵入した。公星リールに集結している前皇帝派貴族軍と合流するために」
「そうね。この前のトルキア帝国戦同様、今回も双方億を越えるグラディアートが参戦する大戦。連戦なものだから、少し気が緩んでいたわ」
零の態度を弛緩した空気を引き締めるためと受け取ったようで、サブリナは零の言葉に同意した。
頭の後ろで手を組み、バルチアンがあっけらかんと口を開く。
「トルキア帝国戦、開戦から終結まで二日かかったんだよな。タンクベッド睡眠を後退で取ったりして長丁場だったな~」
「下手したら今から何日間も、戦場に出っぱなしかー」
「グラディアート戦って長くても数時間で決着が付くイメージだったから、しんどかったわー」
こちらは憂鬱そうにランベールが愚痴り、嫌そうにオルタンスがトルキア帝国戦を振り返り、シャルロットが軽く苦笑しつつ励ますように戦況を分析する。
「今回は、第一エクエスが勢揃い。公星リールを封鎖していたオルデン・エクエス残り半数と率いる軍勢が女帝軍に合流したから、トルキア帝国戦のときよりも女帝軍は強くなっているわ」
「ま、今回は初戦だし双方様子見かしら。互いによく分からない状態で、総力戦を敵だって挑んでこない筈だわ。前回のトルキア帝国戦のように、奇襲を仕掛けてきたわけじゃない。敵の動向を、こちらが掴んでいるんだから。先に勝利の準備をどちらかが整えたとき、決戦になるわ。こちら同様、先遣群を向かわせて様子見よ」
年少組が深刻になり出した会話にヴァレリーはやんわり現状を説明し、零も副官の見識に満足しながら同意する。
「ま、大方そうだろうけど決めつけは厳禁だ。敵は、やる気なのかも知れない。初戦は前哨戦と思い込んでいると、足下を掬われるかもな」
「わたし達は、ミラト王国軍じゃない。敵の思惑がどうかなんて、確かに分からない。それに、この恒星系の敵はミラト王国軍だけじゃない。公星リールに集結している前皇帝派貴族軍だって居るわ。戦闘に突入すれば、呼応するでしょうし」
零の意見に同調しつつもサブリナはもう一つの懸念を指摘し、姉貴分の言葉にヴァレリーは頷く。
「ええ。何があるか、分からないわね。決めつけは早計だったわ」
「兎も角、六合兵団は五百の少数。特に何かを求められてるわけじゃない。生き残ることを、先ずは各自考えるんだ」
皆の認識が問題なくなったところを見計らい、零は己の戦場での心掛けで締めた。




