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プロローグ 行き先

 これまでわたしが歩んできた道は複雑に入り組み迷路じみていて、とても平坦とはいえなかった。

 ――戦場の執行者の唄






 都市部を連想させるボルニア帝国総旗艦アルゴノート・艦橋エリア。多層的なルームは、凝った調度と建築デザインに満ちていた。全長十五キロメートルに及ぶ巨体を有する重戦艦アルゴノートの広大な艦橋エリアは、前方が空中庭園を彷彿とさせる吹き抜けとなっている。そこから覗く総合指揮所があるフロアの下、吹き抜けから見晴らす下層には瀟洒なカフェが並ぶ街角さながらの空間が広がっていた。


 無論、下方は娯楽施設ではない。一見カフェのように見えるそれは、AI(マザー)サポート各担当官が詰めている。それほど多くのブースがあるのは、担当官のみならず通常の艦艇には居ないAI(マザー)サポート各種分析官の席もあるからだ。街角さながらの広大で数万人が仕事に従事するそこは、居住スペースとしても充実している。仕事の為のブースだけでなく、本物のレストランやフィットネスジムなどサービス施設が数多く用意されていた。


 その少し先には森が見え、総合指揮所からの眺めに彩りを添えている。その森にはトラックがあり、今も数十人がトレーニングウェア姿で走っていた。ボルニア帝国総旗艦アルゴノート・艦橋エリア内総合公園だ。


 軽巡航艦ローレライ二で次女から呼び出しを受けた零は総旗艦アルゴノートにグラディアートで出向き、総合指揮所の一角に出向いていた。


 街角じみた艦橋エリア下層を通り抜けるとき、軍人達の話し声が零の耳に流れ込む。

 

「聞いたか? 例の懲罰部隊、この戦に生き残ったら無罪放免だとさ」


「何だよそれ。謀反人にお咎めなしかよ」


「お咎めはあっただろう。貴族共は門地を没収。懲罰部隊・決死隊に墜とされ、命をかけた戦いを三度強いられた」


「甘いだろう。帝国では、謀反人は死刑か奴隷って相場が決まってるんだ。特に罪の重い者達が、決死隊に墜とされる。戦場で死をもって購わせる為に。たまたま生き残れば、奴隷として生存を許される。通常の謀反人のようにな」


「そうだ。あの六合(りくごう)とかいう兵団長が、出しゃばりすぎなんだ」


「悪あがきしすぎだな。戦後無罪放免とか、示しがつかないんだよ」


「兵団に決死隊を与えられた時点で、とっとと諦めちまえば良かったんだ」


「刑の執行を済ませて、新しい正規の兵団を与えられればいいものを」


「何でも最初の戦場で、決死隊と一緒に死ぬところだったんだと。自分が生き残りたいから、戦力として決死隊を運用しまんまと生き残っちまった。その後自分の兵団に希望したらしいから、情でも移ったんだろうさ」


「往生際が悪い。だから、三度の試練をあれだけ大勢生き残らせちまった」


 通り過ぎつつ、そっと小声で零は呟きを落とす。


「それはそれは、申し訳ないことで」


 陰口を叩き合う軍人達の腹に据えかねる顔に視線を走らせ、零はやや低めで大きくもないのによく通る声を聞こえぬよう小さくしながら冷ややかにする。


「まるで他人ごとだな。謀反人は、本来俺達だ。今現在の謀反人は、ある意味忠誠を尽くしたが為にそうなっている。明日は我が身だぜ」


 顔を前に向け零は、誹りを無視し先を急いだ。



◇◇◇



 遠慮がちでいて親しみを感じさせる伸びやかな声が、零の鼓膜を震わせる。


「呼びつけて、申し訳ありません」


 スツールに腰を下ろすルナ=マリー・アレクシアは、屈託のない美貌に薄く微笑を湛えていた。


 今零とルナ=マリーが居る場所は、重戦艦アルゴノート・艦橋エリア・総合公園の中のサーブスペースとなっている湖に面した屋根付きのレストルーム。


 スツールの前のテーブルでルナ=マリーの為に茶葉を用意しながら、零はポットに入れるお湯の温度を慎重に確認する。


「構いません。ソレイユ恒星系に到着したばかり。ミラト王国軍の様子見でやることがありませんから」


 トルキア帝国との決戦から、一週間が経過している。三割ほど損害を出した女帝軍は、早急に増員と再編を済ませトルキア帝国の残る盟友、ミラト王国軍と前皇帝派貴族軍が集結するソレイユ恒星系に来ていた。急いだのは、決戦を予定していたミラト王国軍が公星リールに前皇帝派貴族軍が居座るソレイユ恒星系に姿を現した為。前皇帝派貴族軍を押さえる半数の第一エクエス・オルデンが、一億を超えるミラト王国軍の大軍の猛威に晒されるからだ。今のボルニア帝国は、半数もの第一エクエスを失うわけにはいかないのだ。


 ポットからティーカップに紅茶を注ぐ零へ、ルナ=マリーは穏やかな視線を向ける。


「なら、良かったです。論功賞の後、じっくり零さんと話ができませんでしたから」


「ヘザーやブレイズはいいんですか?」


 今日零がボルニア帝国総旗艦アルゴノートに来ているのは、軽巡航艦ローレライ二にあった零をルナ=マリーが呼んだからだ。

 

 コースターに乗せたティーカップをルナ=マリーの前に置くと、零も自分の分をテーブルに置きスツールへ腰を下ろした。


 ティーカップに手を伸ばしながら、ルナ=マリーは珊瑚色の唇を開く。


「この二人とはいずれ。何故かわたくしは、零さんに縁めいたものを感じているんです。一つには、多分零さんが七道教から庇護された旅の巡礼者だったからでしょう。そして戦いを拒絶していた零さんを、わたくしが戦士の道へ連れ戻したようなものですから。その後どうなのか、お話したかったのです」


 カップから立ち上る香りを愉しむルナ=マリーの表情に満足しながら、零は薄く笑みを女性のように中性的な静謐な面に浮かべる。


「猊下が気にされることでは。俺が決めたことですから」


「零さんは、ひとかどの武人です。確かにそんな零さんの有り様をわたくしが変えたなどと失礼でしょうが、気にならなければそれはそれで薄情というものです」


 紅茶を一飲みするとルナ=マリーは、勢い込むように身を乗り出す。


「本音で話してください」


「猊下の気に留めて頂いて、光栄です」


 丁寧にはぐらかす零に、ルナ=マリーは澄んだ菫色の双眸を鋭くし屈託のない美貌を怖くする。


「零」


「済みません、猊下が真面目なのでつい。からかいたくなってしまって」


 その言葉は嘘ではないが、零自身今の己を測りかねている面がありはっきり言葉にすることに抵抗があるのだ。


 一つ吐息をルナ=マリーは、珊瑚色の唇に乗せる。


「全く。よく生真面目だとか堅苦しいとか言われますが、論うなど人が悪いですよ」


「ほんの冗談です。ですが猊下に気にして貰えるなんて、悪い気がしませんね。何だかくすぐったいというか」


「まぁ、いいでしょう。で、どうなのです?」


 綺麗な眉尻をしならせ溜飲を下げた様子のルナ=マリーは、再び零に問い掛けた。


 ルナ=マリーの様子に誤魔化せないと、零は幾分居住まいを正す。


「戦士の心を取り戻した……少なくとも俺はそう思っています。けど昔色々あって目立ちたくなくて。戦いを恐れているのとは違う、躊躇いはあります。次の戦い、お茶を濁そうかと」


「そうですか」


 菫色の双眸に湖面のような静けさを湛えるルナ=マリーは、何かを身内に染み入らせるように零の話を聞いた。暫くして再び珊瑚色の唇を開くとき、微かに迷いを伸びやかな声に滲ませる。


「戦い続けた先には、一体何があるのでしょうね? アークビショップたるわたくしが、答のないこのようなことを言うことは申し訳ないのですが」


「それは……」


 零は言葉を途切れさせた。零自身にも、分からないことだったから。けれど、確かなことが一つだけある。


「生きていたいから、戦うんだと俺は思います」


公園の木々を揺らし、周期的に作られる一陣の風が湖面を波立たせた。

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