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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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8話


 ノクスグラートに滞在している間、セレナとフェンは、何度も顔を合わせた。


 朝の市で。夕方の門前で。詰所の前を、通りかかった時に。偶然にしては、多すぎるほどだった。


「また会ったな」


 フェンがそう言うと、セレナは少しだけ微笑む。


「ええ。本当に、よく会うわね」


 言葉はそれだけ。だが、足は止まる。


 セレナの笑みを見て、フェンはいつもそっぽを向いた。



 市では、荷を抱えたセレナを見て、フェンは何も言わずに荷台を支えた。

 門前では、検問の列が長いと、彼女の番をさりげなく早めた。

 詰所の前では、何をするでもなく、同じ空を見上げて立ち話をした。


「今日は暑いな」


「ええ。森は、少し涼しいけれど」


「森か……」


 そこで、フェンはそれ以上聞かない。


 代わりに、別の話をする。


「東門のパン屋、知ってるか」


「焼き過ぎる癖があるところかしら?」


「そう、それだ。よく見た方がいい。四個に一個は焦げパンだ」


 どうでもいい話ばかりだった。天気。街の噂。昼の鐘が遅れた理由。


 互いの素性には、決して触れない。名を呼ぶ時ですら、どこか間を置いてしまう。


 それでも、会話が終わるとき、二人は少しだけ名残惜しそうにする。


「……じゃあ」


「ええ。また」


 その「また」に、約束はない。次がある保証もない。


 それでも、背を向けて数歩進んだあと、同時に振り返ってしまうことが、何度かあった。


 視線が合うと、フェンは視線を逸らす。


 フェンは、耳の先をわずかに揺らし、セレナは、口元だけで微笑む。


 それでも確かに、日々は、静かに重なっていた。



◇◇◇◇



 魔女は、森の歩き方を知っている。


 セレナは、ノクスグラート周辺の森を一人で歩いていた。人の踏み入れない深さであっても、その足取りに迷いはない。


 湿った土の匂い。風が抜ける木々の間。薬草の香りを辿った。



 魔物は、生き物が魔力を持つことで生まれる。

 獣、植物。それらが魔力を帯び、歪み、異形と化した存在。


 そして魔物は、生き物を喰らう。


 生き物は大なり小なりあれど、魔力を持つ。

 だから魔物は理性ではなく、本能によって生き物を食らうのだ。


 だが、魔女は違う。


 魔女は、魔力を消せる。存在そのものを、森に溶かす。


 だからセレナは、森を一人で歩けた。魔物にとって、彼女は獲物にならない。そこにいると、認識されない。


 それがあったからこそ、ヴァルディウス王国の兵に追われながらも、彼女は迷うことなく森へ入り、そして逃げ切ることができた。


 セレナにとっては、それは当たり前のことだった。


 だが、魔女でない者の目から見れば、理解できない異常であり、恐怖に値する奇跡だった。



◇◇◇◇



 異変は、静かに始まった。


 ノクスグラート近辺の森から、魔物が流れ込んできた。一体や二体ではない。群れだった。


 最初は、夜だった。


 遠吠えが、森の奥から聞こえる。


 街の者たちは、獣だと思った。珍しいことではない、と。


 だが、次の朝。


 畑が荒らされ、柵がへし折られ、家畜が裂かれていた。

 血の匂いが土に染み込み、肉は食い散らかされたまま放置されている。


 獣のやり方ではなかった。


 それが毎晩、少しずつ街へ近づいてくる。


 見回りの松明が増え、門の開閉は早まり、夜更けの酒場は静まった。警備はしだいに固く厳重に。


「魔物だ」


「森が、怒ってる」


 衛兵の出動が増えた。


 昼は畑を守り、夜は森へ入る。交代制は崩れ、眠れないまま次の当番に立つ者もいた。


 フェンも、連日森へ向かった。


 血の匂いが染みついた革鎧。刃こぼれした剣。尾は垂れ、耳は休まることなく立ち続けている。


 魔物は、獣の形をしていても獣ではない。動きは早く、痛みに鈍く、数で押してくる。力も強く、並の生き物のそれじゃない。


 一体斬っても、すぐ次が来る。


「ちっ!」


 フェンは歯を食いしばり、剣を振るった。


 夜が明ける頃、ようやく追い払う。でも森は何事もなかったかのように静まり返る。


 それが、何より不気味だった。


 街に戻るたび、フェンは無意識に人の数を数える。昨日いた顔が、今日もいるかを確認する。


 怪我人は増え、衛兵の欠員も出始めた。


 それでも、誰も逃げ出さない。ここは、彼らの街だったからだ。その心の根には、街の人を守るという覚悟があった。


 フェンは門の上から、暗い森を見下ろす。


 胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいた。








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