表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

7話



 道無き道を、セレナは歩き続けた。


 追われる理由は、もう十分すぎるほどに理解している。

 白の魔女。ネクロマンサー。禁忌の魔女の血を欲しているから。



 遠くの方に城壁が見えた。


 すでにセレナはヴァルディウス王国の国境を越えていた。


 見えた城壁の街は、バリスハリス王国の外れにあるノクスグラート領の街。


 門は高く、重く、しかし威圧よりも堅実さを感じさせる造りだった。



 街の近くに行くと、門前に立つ衛兵の一人が、セレナを見て目を細める。

 人に近い姿だが、鋭い耳と、僅かに覗く牙。狼族の半端者。そう呼ばれる種族だと、すぐに分かった。


 彼は鼻をひくりと鳴らした。


「旅人か。しかも女が一人で? ……それに微かに、魔女の匂いがする」


 セレナの心臓が、ひとつ跳ねる。


 だが、声は落ち着いていた。


「魔女様に薬を調合してもらっているからですかね」


 嘘ではない。カバンにはセレナが調合した薬が入っている。


「何しにここへ?」


「旅人です。遅くても一週間以内にこの街を出ます」


 狼族の衛兵は、数秒だけセレナを見つめ、やがて肩をすくめた。


「おお、そうか。疑って悪かったな」


 門の横に立つもう一人の門番が、門を開く。


「ようこそ、ノクスグラートへ」


 石の門が軋む音とともに開き、街のざわめきが流れ込んできた。


 人の声。足音。生活の匂い。


 セレナは、一歩、足を踏み入れた。



◇◇◇◇



 ノクスグラート領の街は、景観も綺麗で、ゴミ一つ落ちていない。そして、領民の笑い声で満ちていた。


 街を歩くうちに、胃が小さく鳴った。


 ここ数日、まともな食事をしていない。野草、キノコがメインだった。追われて逃げている最中だったので、腹の足しにもならなかった。


 香ばしい匂いに引き寄せられるように、セレナは小さな食堂の扉を押した。


 中は外よりも賑やかだった。木のテーブルに、粗末だが温かそうな料理。

 旅人と地元民が入り混じり、酒と笑い声が飛び交っている。


 セレナは隅の席に腰を下ろし、スープと肉料理のオススメと言って注文した。



 すぐに香草が乗ったステーキと、甘い匂いがするトウモロコシのスープが来た。


 その時。


「なあ、聞いたか?」


 隣の卓から、ひそひそとした声が漏れてくる。


「この国に、ネクロマンサーが入ってきたって話」


 スプーンを持つ手が、一瞬だけ止まる。


「え? そんな噂、どの国でも言われてるよ」


「そうか?」


「ヴァルディウスでも、南でも、東でもさ。魔女が逃げた、ネクロマンサーが来たって」


 笑い混じりの声。


「結局、誰も見たことないんだろ? それよりも知ってるか? 禁忌に手を染めた魔女の血は、呪い、病、怪我、なんでも治るって、しかも寿命まで伸びると聞く」


「まじかよ」


「北方の国では、魔女狩りで魔女たちが大量に殺されているらしい」


 セレナは、俯いたままスープを口に運んだ。


 温かい。だが、喉を通るたびに、胸の奥が冷えていく。


 セレナは、静かに息を吐いた。




 スープを飲み終えかけた、その時だった。


 食堂の扉が、乱暴に開かれる。


 ガラガラと椅子が鳴り、空気が一瞬で変わった。


「……あ?」


 入ってきたのは、明らかに場違いな連中だった。

 革の鎧は汚れ、酒の匂いが強い。腰の剣は手入れされておらず、視線だけが妙に鋭い。


 彼らの目が、自然と一箇所に集まる。


 クリーム色の強いベージュの髪。疲れを滲ませながらも、隠しきれない整った顔立ちに。


「なんだよ……こんな所に、随分と綺麗なのがいるじゃねえか」


 低い笑い声。


 セレナは、息を潜めた。視線を落とし、肩をすぼめる。


 目立ちたくない。騒ぎは、絶対に避けたい。


「おい、嬢ちゃん。一人か?」


 返事はしない。ただ、小さく頷く。


「いいねえ。ちょっと話そうぜ」


 乱暴な手が、テーブルの縁に置かれる。


 セレナは逆らわなかった。言われるまま、身を引き、視線を伏せる。


「おとなしいじゃねえか。気に入ったぜ」


 男の手がセレナの肩に触れる時に。


「そこまでだ」


 低く、よく通る声が割り込んだ。


 男たちが振り返る。


 入口に立っていたのは、先ほど門で会った青年だった。狼の耳が、ぴんと立っている。


 狼族の半端者。人に近い姿をした、あの門番。


「……うわ、フェンじゃねぇか」


 男たちはフェンという青年の登場に罰の悪い顔をする。


 フェンはゆっくりと歩み寄り、セレナの前に立つ。


「ここは食堂だ。お前らの狩り場じゃない」


 淡々とした声。だが、眼光は鋭い。


「俺たちは客だぞ?」


「この国では、客にも礼儀を求める」


 フェンの尾が、僅かに揺れた。


「嫌なら、外で話そうか」


 一瞬の沈黙。


 男たちは、フェンの耳と牙を見て、舌打ちした。


「……ちっ。今日はついてねぇな」


 彼らは乱暴に椅子を蹴り、食堂を出ていった。


 扉が閉まると、ようやく空気が戻る。


 セレナは、深く息を吐いた。


「ありがとう」


 小さな声。フェンは振り返り、少し困ったように笑った。


「気にするな。ああいうのは、鼻につく」


 そして、セレナを一瞥する。


「あんた、やっぱり訳ありだな」


 セレナは答えなかった。ただ、指先を握りしめる。


 フェンはそれ以上、踏み込まなかった。


「この国じゃ、あんたの容姿は目立ちすぎるみたいだ」


 セレナを褒めてはいない。それは忠告であり、フェンの優しさだった。


「困ったら、詰所に来い。俺は……」


 一拍置いて。


「フェンだ」


 セレナは、ゆっくりと顔を上げた。


「セレナよ」


 セレナが微笑んだ、その白くやわらかな笑顔に、フェンは一瞬、視線を逸らした。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ