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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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6話


 ジークは、あえて大通りへと飛び出した。


 足音を殺す必要はない。隠れる気もない。

 兵に追わせるために、姿を見せる。


「いたぞ!」


 どこかしらで声が飛ぶ。見つかった。


 ジークは振り返らず、走った。

 舗装もされていない村の地面を蹴り、曲がり角を選び、わざと姿をちらつかせる。


「これならすぐにセレナさんと合流できそう」


 路地に入れば兵の隊列は乱れ、民家の間を抜ければ鎧の擦れる音が遅れる。


「もう時間稼ぎはこの辺で。三十分も案外早いな」


 兵を撒いた経験から、森へ続く細道に差し掛かった時、ジークは一瞬、勝ちを確信した。


 だが、その時だった。


「……待て」


 高く、耳に残る声。


「女?」


『眠れる土よ、動き出せ』


 ジークがその女の声の詠唱に動揺すると、足元の地面が、どろりと歪む。

 地面がどこまでも沈んでいく感覚。


「な、なんだこれ!」


『足を奪い、歩みを喰らえ。ここに道は在らず』


 転びはしない。だが、ちゃぷちゃぷと地面が水のようになって、速度が落ちる。


『ただ沈むのみ。王命に従い、本来の姿に戻れ』


 詠唱が終わると、ジークの足が太ももから地面に入った状態で固まった。


「くっ! うぅ! うぐっ! はぁはぁ」


 ジークが抜け出そうと足掻いても、地面はビクともしない。


 ジークを追っていた兵は、ジークの固定された視界に現れた。


 杖を持った女が姿を現す。容姿も整い、白銀の髪、黒のローブ。鎧とは違う、異質な存在。


「魔術師ってやつか。初めて見た」


「魔術師? あんな陰険な存在と一緒にしないでくれる。私は魔女。星篝(ほしかがり)の魔女よ。聞いたことない?」


「知らない」


「あ、そう。少し顔が良かったから、私の奴隷にしても良かったんだけど。興味が失せたわ」


 あっけらかんとした星篝の魔女がジークの視界から外れる。


 次の瞬間、ジークの背中に衝撃が走った。地面に叩き伏せられ、腕を捻り上げられる。


「動くな」


 剣の切っ先が、首元に触れる。


「一緒にいた女はどこだ」


 ジークは、何も言わなかった。


「明るいベージュの髪の女だ」


 沈黙。


 耐えきれなくなった兵はジークを起き上がらせる。そして腹に、蹴りの重い一撃。


 息が詰まる。それでも、声は出さない。


「言え」


 殴打。蹴り。意識が揺れる中で、ジークは歯を食いしばった。


 視界が滲む。それでも、名前も、居場所も、口にはしない。


 日が傾いた頃、やっとジークは口を開く。


「無駄だったな」


 掠れた声で、ジークは笑った。


 その言葉が、時間を掛けすぎた兵の怒りに火をつけた。


「黙れ!」


 怒号。


 剣が振り上げられ、下ろされる。


 躊躇はなかった。


 怒りに任せた一太刀が、ジークの身体を切り裂いた。


 地面に、広がる赤。


 その悲惨な光景は見慣れているのか、兵たちには一切の情はなく、すぐに背を向けた。


「行くぞ。もう用はない」


 ジークの視界は、ゆっくりと暗くなっていった。


 最後に浮かんだのは、セレナの困ったような笑顔だった。


「約束……守れなくて、ごめ……」


「馬鹿な男」


 星篝の魔女はジークの開いた目をそっと閉じた。



◇◇◇◇



 三十分後。


 セレナは、村はずれの小屋の前に立っていた。


 扉に手をかけたまま、動けずにいる。中に入れば、待ってしまう気がした。外にいれば、まだ来るかもしれないと、どこかで期待してしまう。


 何度、道を振り返っただろう。何度、足音に耳を澄ませただろう。


 風が草を揺らす音に、胸が跳ねる。

 遠くで枝が折れる音に、息を止める。


 来ない。


 約束の時間は、とうに過ぎていた。


 胸の奥が、きしむように痛む。叫び出したい衝動を、歯を食いしばって押し殺す。


 それでも、セレナは約束のとおり歩き出した。このまま待っていたら、彼の選択を裏切る気がしたからだ。


「ありがとう」


 小さく呟いた声は、誰にも届かない。


 彼が稼いだ時間。彼が選んだ別れ。


 最後に「生きろ」と言われた。


 一歩踏み出すたび、浅く、深いジークの想いが足を重くさせる。


 セレナは小屋を後にし、村を離れた。



 後ろは振り返らない。


 もし振り返ってしまえば、そこに彼の姿がないことを、改めて認めてしまう気がしたから。


 彼女の背に、夕暮れの光が落ちる。

 赤く染まる道は、まるで血の痕のように長く伸びていた。


 ひとつの誓いと、ひとつの命。

 そして、言葉にされなかった想いを胸に抱いたまま。


 白の魔女は、静かな旅へと沈んでいく。涙で地面を濡らしながら。







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