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嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


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5話



 兵が腰に下げた剣を抜刀する刹那。


 ジークの視界が、ぐっと狭まる。


 考えるより先に、身体が動いた。


 腹の底から湧き上がった衝動が、脚に伝わる。


 ドンッ!


 乾いた音。


 ジークの足が、兵の胴を真正面から蹴った。


「おぃッ!」


 鎧越しでも分かる手応え。兵の体勢が崩れ、地面に尻をついた。


 ジークの突拍子もない行動に村民が戦慄する。


「逃げるよ!」


 叫びと同時に、ジークはセレナの手首を掴んだ。


 強く。離さないように。


「こっち!」


 短く、それだけの言葉。


 セレナの目が見開かれる。


 頼もしく、未熟で、英雄願望に近い。子供らしい姿にセレナは呆気に取られたのだった。


 二人は走った。


 家々の隙間を縫うように、裏道へ。

 砂利を蹴散らし、息を切らし、ただ前へ。


「止まれ! 追え!」


 背後で、兵の怒号が上がる。


 剣が抜かれる音。鉄靴が、地面を叩く音。


「小さな頃からこの村にいるんだ。あんな奴らに捕まるかよ」


 ジークは森に入り、けもの道をスルスルと進む。その道は馬や、鎧を身にまとった兵では通れないほどに狭い。


「ね。余裕」


 セレナに振り向いたジークの顔は緊張を隠しておらず、不格好な笑みだった。



◇◇◇◇



 ジークの家で、ジークとセレナは息を潜める。


 木の扉を閉めた瞬間、外の喧騒が嘘のように遮断される。

 だが、静けさは安心とは程遠い。


 木の壁一枚向こうに、人の気配がある。兵はいずれここにも辿り着く。


 すぐにジークは乾いたパンとナイフ。そして革製の水袋を小さなカバンに詰めた。その小さなカバンをセレナに預け、窓の外を一度だけ確認し、低く言った。


「ここで別れよう」


 セレナが、驚いたように顔を上げる。


「どうして?」


「二人で動くと、目立つ」


 感情を挟まず、淡々とした声。


「僕一人なら、兵を撒ける。村の道も、裏道も知ってる。君が一緒だと、どうしても僕の足は遅くなる」


 正しい判断だった。だからこそ、セレナの胸が痛む。


「その間に、君は村の外れに行って」


「私の……小屋ね」


「そう。そこで落ち合おう」


 ジークは少し間を置き、続けた。


「三十分」


 その言葉に、セレナの視線が揺れる。


「三十分以内に、僕が来なかったら」


 言い切る前に、セレナが察した。悔しそうに眉を寄せる。


「そう、行って。僕のことは気にしなくていいから」


「でも」


「大丈夫。さっきの見たよね。僕が捕まるはずない」


 その冷静さが、覚悟の深さを物語っていた。沈黙が落ちる。


 セレナは、指先を握りしめてから、静かに口を開いた。


「……言っておくわ」


 ジークが振り返る。


「私、白の魔女なの。嫌われ者のネクロマンサーなのよ。貴方が命をかけていい人物じゃないのよ」


 覚悟を決めた声音だった。拒絶されることを、最初から織り込んだ声。


「……知ってた」


 あまりにも、あっさりした返事。


「え?」


 思わず、素の声が漏れる。


 ジークは少し照れたように視線を逸らし、頭を掻いた。


「だって君はさ」


 言葉を探すように、一拍置いてから。


「僕が小さな頃に見た絵本のお姫様ってぐらい綺麗なんだもん」


 セレナの目が、わずかに見開かれる。


「そして、優しい目をしてる」


 ジークは、真剣だった。


「僕、案外人を見る目には自信があるんだ。魔女だから、ネクロマンサーだからって、この目を信じない理由にはならないよ」


「そんな理由で、命をかけられるものなの」


 セレナは、思わず俯く。


「僕の選択は間違いじゃなかった。連れていかれたら、君が居なくなるってことだもんね」


 ジークは笑った。


 それは、英雄の笑みじゃない。ただの村の青年の、不器用な笑顔だった。


「だからさ」


 扉に手をかける。


「三十分。必ず行く。来なかったら、その時は……」


 一瞬、言葉を飲み込んでから。


「君は、生きて」


 セレナは、静かに頷いた。


「分かったわ。でも、どれだけ傷ついても帰ってきて。そうしたら、死んでいても治してあげる」


 扉が開く。


「さすがネクロマンサー」


 外の空気が、二人の間に流れ込む。


「村はずれで。……必ず帰る」


「はい、気をつけてね」


 それだけの言葉を交わし、ジークは飛び出した。


 残されたセレナは家の中で祈るように願う。ジークの安否を。



 それは、約束であり、猶予であり、別れになるかもしれない時間だった。


 彼女は、彼の誓いに似た言葉を、胸に残したまま。









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