表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ者のネクロマンサー  作者: 海の紅月くらげさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/9

1話


 魔女は、血の匂いが嫌いだった。


 それでも人は、血を流してから彼女のもとへ来る。

 病、怪我、呪い。

 命が欠けかけた者ほど、彼女を神と呼んだ。


 白い外套の魔女は、祈りを受け取らない。

 礼金も、感謝も、跪く膝もいらなかった。


 ただ「生きたい」と言われたときだけ、手を伸ばした。


 その日、城から使者が来た。


「王が、お会いになりたい」


 使者の声は震えていた。

 命令ではなく、懇願に近かった。


 城は高く、冷たかった。

 石の壁に刻まれた歴代の王の名が、魔女を見下ろしている。


 謁見の間で、彼女は初めて王を見た。


 若くはない。

 だが、その瞳は、まだ折れていなかった。


「魔女よ」


 王は、玉座から立ち上がらなかった。


「我が国の民を、幾度も救ってくれたと聞く」


「治しただけです」


「同じことだ」


 短く笑い、王は続けた。


「……王妃が、死んだ」


 その言葉に、魔女は何も言わなかった。


「寿命だと、医師は言う。呪いも、病もなかったと」


 王の声は低かったが、揺れていた。


「それでも、私は納得できない」


 魔女は静かに首を振った。


「人の寿命は、変えられません」


 王は、その言葉を予想していたようだった。


「それでも、話を聞いてほしい」


 それが、最初の夜だった。


 王は、王妃の話をした。

 笑い方、怒り方、眠る前に必ず本を読む癖。


 魔女は、治療も、魔法も使わなかった。

 ただ聞いた。


 それが、二夜、三夜と続いた。



 涙ながらに王は言う。


「君は、命を救う魔女だ」


「私は、死を拒む人しか助けません。言葉を発せなくなった骸を助けることはできないのです」


 魔女は王の必死さに繰り返しの謝罪をする。


「なら……」


 王は眉間に皺を寄せ、目を閉じた。短く、息を吐く音が聞こえる。


 次の瞬間、彼は腰の剣に手をかけた。


 鞘から抜かれた刃が、鈍く光る。

 王は剣を返し、静かにその刃を自身の首へ預けた。


「私の命と引き換えならどうだ?」


 剣が触れた首から血が垂れて、沈黙が落ちた。



◇◇◇◇



 魔女は、その夜、手を洗い続けていた。


 血はついていない。

 それでも指先が、赤く見えた。


 用意してもらった桶の中で揺れる自分の指を見つめながら、思い出すのは王の首元だった。

 刃が触れ、皮膚が割れ、細い血の線が生まれた瞬間。


「私は血の匂いが嫌い」


 それなのに、魔女はあの時、目を逸らせなかった。


 魔女のした決断に、王は剣を納めた。

 何も言わず、何も命じず、ただ立っていた。


 その沈黙が、命令よりも重かったのを覚えている。


 魔女は、自分が間違え始めていることを知っていた。


 人の寿命は変えられない。

 死は、戻らない。

 それが、彼女が魔女である理由だった。


 それでも……。


 彼の声が、耳から離れない。


 王妃の名を呼ぶ声。

 誰にも聞かれぬよう、夜の奥で擦り切れた、弱い声。


 魔女は清楚な白い外套を羽織り、部屋の奥へ進んだ。


 そこには、机の上にリボン結びで封じられた羊皮紙、黒のインク、ペン。


「使わない」と決めてたものだけが、そこにあった。


 魔女は、封を解き、一枚の羊皮紙を取り出す。


 死者の名を書くためのもの。


 指が震えた。


 名前を書くことは、呼ぶことだ。

 呼ぶことは、境界を叩くことに等しい。


 境界の向こうには、決して優しいものだけがいるわけではない。


「……私は」


 声に出すと、喉が締まった。


「私は、善意で生きてきた」


 それは言い訳だった。


 人を救ってきたこと。

 祈りを拒んできたこと。

 神にならぬよう、距離を保ってきたこと。


 すべて、この瞬間のためではない。


 魔女は、ペンを持つ。


 王妃の名を、思い出そうとした。


 だが肝心の名前が、思い出せない。


 笑い方は知っている。

 本を読む癖も知っている。

 王が語る声で、何度も聞いたはずなのに。


 名だけが、霧の向こうにある。


 死者は、名を失う。

 それを呼び戻すのが、禁忌の第一歩だった。


 魔女は、目を閉じた。


 善意で生きてきた人生が、

 今、たった一人のために、裏返ろうとしている。


 沈黙が、長く伸びる。


 魔女は、羊皮紙を再び手に取った。


 そして、震える指で、初めて死者の名を書く覚悟をする。



 その瞬間、彼女はまだ知らない。


『アメリア』


 この名が、

 世界から彼女を切り離す事になる。













楽しかった! 続きが気になる! という方は☆☆☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ