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宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


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第8話 影の正体と、封じられた記憶

影が呼んだ名――“カガリ”。

その声が周囲の空気を震わせ、迅の胸の奥で何かが軋むように動いた。


影はゆっくりと形を変え、ただの黒い塊だったはずが、人の輪郭へと近づいていく。


「……やばい。迅、目を合わせないで」


灯火が迅の手を握りしめ、素早く印を切った。

足元に淡い白い光が広がり、二人を守るように膜が張られる。


しかし影は、その膜の前で立ち止まると、静かに“こちら側”を覗き込んだ。


『カガリ……戻れ……。我らは、待っていた……』


「戻る? どこに?」


『“あちら側”。かつて、お前がいた場所へ……』


迅の背筋がぞくりと冷えた。

これ以上聞いちゃいけない気がする。

けれど知りたい気持ちが、それを上回る。


「俺は……何なんだよ。なんで、お前らは俺を知ってる?」


影は首を傾げるように揺れた。


『知らぬのか……? 我らを束ねた“火守ひもり”――それが、お前の本当の名、“カガリ”』


息が止まった。


灯火が即座に迅の腕を引き寄せる。


「だめ! 迅、聞いちゃいけない!」


「灯火……俺、なんか……思い出しそうで……」


胸の奥が妙な熱さを帯び、脳裏に一瞬、知らない風景がよぎった。


灰色の地。

燃えさしのように光る炎。

無数の影を率いて歩く……誰かの背中。


それが――自分。


「っ……!」


頭を押さえしゃがみ込む迅を、灯火は必死に抱き止める。


影は一歩、結界の膜に触れた。

触れた部分が、ぐぐぐ……と沈み込み、破れそうになる。


灯火は焦ったように叫んだ。


「蓮生さん! 早く来て――!」


その瞬間、裏庭の奥から鋭い風が吹き抜けた。


「――退け」


低く澄んだ声が響き、一条の白光が影に向かって放たれた。


蓮生だった。

白い衣が揺れ、手には青藍院の象徴である“結界の玉杖”が握られている。


杖先から放たれた光が影を貫くと、影の体が跳ねるように大きく歪んだ。


『――ぐっ……』


影は後退しながら、迅の方へ手を伸ばす。


『カガリ……思い出せ……お前は――我らの“王”――』


その言葉の途中で、蓮生の杖が地面を叩いた。


「封ッ!」


光が裏庭全体に爆ぜ、影を一気に押し戻す。

影は裂け目の向こうへ吸い込まれるように消え、闇が閉じた。


静寂が戻る。


蓮生は深く息を吐き、杖を下ろした。


灯火はまだ震える迅の背を支える。


「迅……大丈夫?」


迅は額に汗を浮かべながら、小さく頷いた。


「うん……多分。でも……」


胸の鼓動がまだ速い。

影が言った言葉が頭から消えない。


自分は――“王”?

影の――?


蓮生がゆっくり近づき、慎重に迅の様子を観察する。


「迅。君は、影に何を言われた?」


「……俺が、“火守カガリ”で……影の王だった、って……」


灯火が息を呑む。

蓮生の目も鋭く細まった。


「言われたことを、すべて信じる必要はない。しかし――」


蓮生は続けた。


「影が君に固執する理由が、確かに“そこ”にあるのかもしれん」


「俺の記憶に……何か隠されてる?」


「隠されている、というより――封じられている」


迅の胸がざわりと揺れた。


灯火は静かに迅の手を握りしめる。


「迅……あなたが昔、何をしていたとしても、今のあなたとは別だよ。

影の言葉に引っ張られちゃだめ」


その言葉は優しくて、必死だった。


蓮生も頷く。


「迅。境渡りとは、記憶も魂も“二つの世界に揺らいでいる者”のことを指す。

君の記憶が戻れば、影はますます強く繋がろうとするだろう」


「じゃあ……どうすればいい?」


「しばらく、灯火の側にいろ。彼女の術は、君の魂の揺らぎを安定させる」


灯火が少し照れたように目を伏せる。


「……うん。私、必ず迅を守るから」


迅はその手を握り返した。


「俺も……灯火を守りたい」


灯火の目が驚きで大きくなり、頬がかすかに赤く染まった。


蓮生は小さな微笑を浮かべたが、それはすぐに消えた。


「ただし――喜んでばかりはいられない」


蓮生は裏庭の奥の闇を見つめる。


「影の“裂け目”は、次第にこちら側に広がりつつある。

迅が狙われる頻度も増えるだろう」


蓮生は結界の杖を握り直し、厳しい声で告げた。


「――迅。次に影が来たとき、お前を呼ぶ声はもっと強くなる。

“カガリ”が目覚めれば、この世界の均衡は崩れ始める」


迅は息を飲む。


灯火は迅の袖をぎゅっと掴む。


「絶対に……思い出さないで」


その言葉は祈りのようだった。


しかし迅は、胸の奥で疼く何かを抑えきれずにいた。


あの闇の世界。

影たちのざわめき。

そして――“王”と呼ばれた記憶の残滓。


本当に忘れていて良いのか、という疑問が、静かに心に根を張り始めていた。


青藍院に朝の光が差し込む。


それは優しいはずなのに、どこか不穏な影を伴っていた。


迅の中で封じられた記憶が、確実に揺れ始めていた。

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