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宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


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第41話 仕事としての異常

現場は、住宅街だった。


夕方。

洗濯物が揺れ、子どもの声が遠くに残っている。


迅は、路地の入口で立ち止まった。


「……最悪のロケーションだな」


隣で、夜刀が端末を操作している。


「境界は、いつも“日常の隙間”にできる」


「今回は特に、分かりやすい」


迅は、視線を前に向けた。


アスファルトの一部が、わずかに歪んでいる。

見ようとしなければ、絶対に気づかない程度。


「発生から、どれくらい?」


「三時間」


夜刀は淡々と答える。


「まだ、完全には開いてない」


迅は、深く息を吸った。


「……なら、選択肢はあるな」


二人の背後から、別の声。


「迅さん、ですよね」


振り返ると、若い男性が立っていた。

スーツ。

調査課の腕章。


「本日、現場同行を命じられました」


迅は、眉をひそめる。


「……新人?」


「はい」


男は、少し緊張した様子で頭を下げた。


「真田です」


迅は、夜刀を見る。


「聞いてない」


夜刀は、肩をすくめた。


「“教育的配慮”だって」


迅は、ため息をつく。


「俺を教材にするな」


真田は、慌てて言う。


「す、すみません!」


「でも……」


少し躊躇ってから、続ける。


「迅さんは、“成功例”だって」


迅は、足を止めた。


「……成功?」


夜刀が、代わりに答える。


「境界適応者で」


「かつ、社会復帰できた例」


迅は、苦笑した。


「ずいぶん、都合のいい言い方だ」


歪みの中心に、近づく。


空気が、冷たい。


迅の感覚が、自然に研ぎ澄まされる。


だが。


焔は、使わない。


「迅さん?」


真田が、小声で呼ぶ。


「……始めないんですか?」


迅は、首を振る。


「まだ」


「これは」


地面にしゃがみ込む。


「“敵”じゃない」


夜刀が、視線を鋭くする。


「……自壊型?」


迅は、頷いた。


「境界が、耐えきれずに崩れてる」


「放っておいても、消える」


真田は、驚いた顔をする。


「で、でも!」


「報告では、即時封鎖推奨で……」


迅は、真田を見る。


「マニュアルは」


「“最悪”を想定してる」


「でも、現実は」


立ち上がる。


「毎回、違う」


迅は、歪みに手をかざす。


直接、触れない。

干渉しない。


ただ、待つ。


空気が、ゆっくりと落ち着いていく。


数分後。


歪みは、音もなく消えた。


真田は、言葉を失っていた。


「……戦わないんですね」


迅は、少し考えてから答える。


「戦わなくて済むなら」


「その方がいい」


夜刀が、端末に記録を残す。


「迅」


「報告書、荒れるわよ」


迅は、肩をすくめる。


「どうせ、俺の評価は」


「最初から、安定してない」


真田が、意を決したように言う。


「あの」


「迅さんは……」


少し、言葉を探してから。


「怖くないんですか?」


迅は、即答しなかった。


住宅の窓。

明かりが灯る。


「怖いよ」


「だから」


「“仕事”にする」


真田は、黙って聞いている。


迅は、夜刀を見る。


「次は?」


夜刀は、端末を閉じた。


「次は」


「もう少し、厄介」


迅は、口角を上げた。


「上等だ」


帰り道。


迅は、ふと立ち止まった。


胸の奥が、ざわつく。


「……?」


夜刀も、足を止める。


「どうした」


迅は、遠くを見る。


「境界じゃない」


「でも」


「嫌な予感がする」


夜刀は、静かに言った。


「それ」


「“仕事”じゃないやつね」


迅は、頷いた。


世界は、今日も日常を装っている。


だが。


仕事にできない異常は、必ず、人を狙う。


迅は、まだ気づいていなかった。


この違和感が、

青藍院へと繋がっていることを。

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