表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/41

第39話 世界は、待ってくれない

朝は、容赦がなかった。


鳥の声。

境内を掃く音。

昨日までの出来事など、最初から存在しなかったかのように、世界は回っている。


迅は、縁側で目を覚ました。


「……夢じゃないよな」


手を握る。


焔はない。

境も、反応しない。


それでも、胸の奥には、確かな重さが残っていた。


「起きてる?」


声。


灯火が、廊下の向こうから顔を出す。


「朝ごはん、できてる」


迅は、少し驚いた。


「……手伝おうか」


灯火は、一瞬だけ目を見開いてから、ふっと笑った。


「じゃあ、味見係で」


台所は、静かだった。


鍋の音。

湯気。

あまりにも普通。


迅は、箸を持ったまま言った。


「……こういうの」


「久しぶりだな」


灯火は、鍋をかき混ぜながら答える。


「迅がいなくても、毎日は来たわよ」


迅は、黙る。


灯火は、振り向かずに続けた。


「でも」


「いない席を、見ない日はなかった」


迅は、喉が詰まった。


「……ごめん」


灯火は、首を振る。


「いい」


「戻ってきたから」


そのとき。


境内の空気が、わずかに歪んだ。


迅の背筋が、反射的に伸びる。


「……来る」


灯火も、手を止めた。


次の瞬間。


門の外から、足音。


複数。

迷いがない。


「参拝客にしては、早すぎるな」


迅が言うと、灯火は苦く笑った。


「……役所関係」


門が、ノックされる。


「青藍院管理者の方へ」


「都市機構・境界調査課です」


迅と灯火は、視線を交わした。


「……来たか」


灯火は、静かに息を吸った。


「逃げない?」


迅は、首を振る。


「もう」


「逃げる理由がない」


門を開けると、スーツ姿の男女が三人。


その中央に、見覚えのある顔があった。


「……夜刀?」


夜刀は、無表情で立っていた。


「久しぶり」


迅は、目を細める。


「お前、そっち側に行ったのか」


夜刀は、肩をすくめた。


「“そっち側”って言い方、やめて」


「私は、ただ――」


一歩、前に出る。


「現実に戻っただけ」


調査官の一人が、淡々と告げる。


「迅氏」


「あなたは、境界事案の中核人物です」


「協力を要請します」


迅は、答えない。


灯火が、代わりに口を開く。


「拒否権は?」


調査官は、少しだけ間を置く。


「……形式上は」


迅は、笑った。


「形式上、か」


夜刀が、迅を見る。


「迅」


「世界は、あなたを放っておかない」


迅は、夜刀を見る。


「俺も」


「世界を放っておくつもりはない」


沈黙。


風が、境内を抜ける。


灯火は、迅の袖を軽く掴んだ。


「……選ぶのね」


迅は、頷く。


「今度は」


「選ばれる側じゃない」


調査官が、端末を操作する。


「では、協力前提で話を進めます」


迅は、はっきり言った。


「条件がある」


調査官の眉が、わずかに動く。


「青藍院には、手を出すな」


「灯火もだ」


夜刀が、小さく笑う。


「相変わらず、分かりやすい」


調査官は、短く息を吐いた。


「……検討します」


迅は、灯火を見る。


「一緒に来るか」


灯火は、少し考えたあと、首を横に振った。


「私は、ここを守る」


「でも」


迅の目を見る。


「帰ってくる場所は、空けておく」


迅は、微笑んだ。


「十分だ」


門の外。


空は、昨日より少しだけ広く見えた。


迅は、歩き出す。


世界の中へ。


背中に、灯火の声。


「迅!」


振り返る。


「……名前、忘れないで」


迅は、頷いた。


「忘れない」


世界は、待ってくれない。

だが。


帰る場所を知った人間は、飲み込まれない。


迅は、現実へ踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ