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宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


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第38話 帰る場所

青藍院の門は、静かに開いていた。


夕暮れの光が、境内を橙色に染めている。

あまりにも、いつも通りの風景だった。


迅は、一歩踏み出すのを躊躇った。


「……変わってないな」


「変わったわよ」


背後から、声。


振り向くと、灯火が立っていた。


制服でも装束でもない、普段着。

だが、表情は以前より少し大人びている。


「迅」


名前を呼ばれる。


それだけで、胸の奥が緩んだ。


「……ただいま」


灯火は、少し困ったように笑った。


「それ、ずるい」


迅は、首を傾げる。


「何が?」


「何も言わずに帰ってきて」


「それで全部許される感じが」


迅は、苦笑した。


「許されるとは思ってない」


「でも」


一歩、近づく。


「帰りたかった」


灯火は、視線を逸らした。


「……私も」


沈黙。


二人の間に、言葉は必要なかった。


しばらくして、灯火が口を開く。


「夜刀は?」


迅は、頷いた。


「無事」


「少し、文句言われたけど」


灯火は、ほっと息をつく。


「……よかった」


迅は、境内を見回した。


「変わったのは……」


「俺の方、かな」


灯火は、迅を見る。


「ううん」


首を振る。


「迅は、迅のまま」


少し間を置いて。


「でも」


「前より、ちゃんと“ここ”にいる」


迅は、胸に手を当てた。


焔はない。

境もない。


それでも。


「……ああ」


「そうかもしれない」


灯火は、言葉を選ぶように続けた。


「迅がいない間」


「怖かった」


迅の胸が、締め付けられる。


「でも」


灯火は、真っ直ぐ迅を見る。


「守ろうとは、しなかった」


迅は、驚いたように目を瞬く。


「……後悔、してない?」


灯火は、少し笑った。


「してる」


「でも」


「それも、私が選んだ」


迅は、ゆっくり頷いた。


「……ありがとう」


灯火は、眉をひそめる。


「何で、そこでありがとうなの」


迅は、答える。


「俺を、信じてくれたから」


灯火の目が、揺れる。


「……信じるの、怖かった」


迅は、静かに言った。


「俺も」


風が、境内を通り抜ける。


遠くで、鐘の音。


灯火は、ぽつりと呟く。


「……ねえ、迅」


「これから、どうするの」


迅は、すぐには答えなかった。


空を見上げる。


夕焼けが、夜に変わる境目。


「……分からない」


正直な答え。


「でも」


灯火を見る。


「どこにも属さなくても」


「帰る場所は、ここでいいか?」


灯火の喉が、鳴る。


「……ずるい」


もう一度。


でも、今度は少し違う意味で。


灯火は、小さく頷いた。


「……いい」


迅は、肩の力を抜いた。


この場所に、縛られるわけじゃない。

逃げるわけでもない。


ただ、帰ってきただけだ。


夜。


二人は、縁側に並んで座っていた。


月が、静かに照らす。


「……綾音のこと」


灯火が言う。


迅は、頷いた。


「まだ、どこかにいる」


「世界に、完全には戻れてない」


灯火は、少し考える。


「……また、来る?」


迅は、正直に答えた。


「来ると思う」


「でも」


「今度は、敵じゃない」


灯火は、空を見る。


「……それも、選択ね」


迅は、微笑む。


「そう」


沈黙が、心地よい。


灯火は、そっと言った。


「迅」


「……隣にいてくれて、ありがとう」


迅は、月を見る。


「こちらこそ」


「呼んでくれて」


焔はない。

境も、暴れない。


それでも。


ここには確かに、二人の居場所があった。

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