表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/40

第35話 名前を失った者

夜は、静かだった。


青藍院の一室。

灯火は、机に向かっていたが、文字が頭に入らない。


廊下から、足音。


「……起きてる?」


迅の声。


灯火は、顔を上げる。


「うん」


迅は、少し迷ってから部屋に入る。


「さっきの件……」


灯火は、首を振った。


「いい」


「聞きたいのは、別のこと」


迅は、椅子に腰を下ろす。


「……あの女のこと?」


灯火は、頷いた。


迅は、短く息を吐く。


「人間側の資料で、少しだけ見た」


灯火は、身を乗り出す。


「知ってるの?」


迅は、静かに言った。


「名前は――もう、残ってない」


灯火の眉が、ひそまる。


「……どういうこと」


迅は、淡々と語る。


「管理対象の中には」


「“観測不能”になった瞬間」


「記録から削除される例がある」


灯火の背筋が、冷える。


「削除……?」


「存在が?」


迅は、頷いた。


「境に関わりすぎて」


「役割を失って」


「でも、消えなかった」


「だから――」


「名前を、奪われた」


灯火は、言葉を失う。


「……ひどい」


迅は、視線を落とす。


「俺も」


「一歩、遅ければそうなってた」


灯火の胸が、締め付けられる。


「迅……」


迅は、微笑んだ。


「だから、あいつが言っただろ」


「“終わった側”だって」


沈黙。


灯火は、ふと気づく。


「……でも」


「どうして、あなたはあんなに……」


「迅に、似てるの」


迅は、目を閉じた。


「たぶん」


「俺が、選ばれなかった未来」


灯火は、息を呑む。


迅は、続ける。


「もし」


「俺が、灯火を選ばなかったら」


「力だけを追ってたら」


「守る理由を、外に置いてたら」


「――ああなってた」


灯火の手が、震える。


「……私のせい?」


迅は、即座に首を振る。


「違う」


「選んだのは、俺だ」


「お前は……」


少しだけ、間を置いて。


「俺を、人にしてくれた」


灯火の目が、潤む。


「……そんな」


迅は、立ち上がる。


「人間側は」


「俺を“扱いづらい存在”に分類した」


灯火が、顔を上げる。


「それって……」


迅は、苦笑した。


「監視も、回収も」


「今は、したくない」


「だから」


灯火は、嫌な予感を覚える。


「……だから?」


迅は、静かに言った。


「交渉役にする気だ」


灯火の顔が、青ざめる。


「それって……」


「また、利用されるってことじゃ……」


迅は、頷いた。


「そうだ」


「でも」


灯火を見つめる。


「今回は、違う」


「俺は」


「誰の“切り札”にもならない」


灯火は、唇を噛む。


「……危ない」


迅は、少し笑う。


「危ないから、やる」


「やらないと」


「次は、灯火が名前を失う」


沈黙。


灯火は、俯いた。


「……私」


「怖い」


迅は、そっと言う。


「俺もだ」


「でも」


灯火を見る。


「怖いまま、選べる」


灯火は、顔を上げる。


「……迅」


迅は、夜空を見上げる。


「名前を失った者は」


「何にも縛られない」


「でも」


視線を灯火に戻す。


「俺は、縛られてたい」


灯火の胸が、熱くなる。


「……私も」


迅は、微笑んだ。


「なら、大丈夫だ」


この夜。


灯火は知った。

迅が“力を失っても失わなかったもの”を。


そして迅は、

自分が進む道の先に――

もう一人の自分が立っていることを、はっきりと理解した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ