↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/53

第32話 世界は優しくない

青藍院を出たのは、夕方だった。


迅は、一人で歩いていた。


荷物は少ない。

着替えと、最低限の持ち物だけ。


「……不思議だな」


境も焔もない世界は、こんなにも静かだった。


通りを歩く人々は、迅を見ない。

正確には――見えていない。


“何者でもない”というのは、

こういう感覚なのかもしれなかった。


スマートフォンが震える。


知らない番号。


出ると、事務的な声がした。


『迅。現在地を把握している』


迅は、立ち止まる。


「……監視、続いてるのか」


『保護だ』


即答だった。


『君は不安定な存在だ。単独行動は推奨されない』


迅は、苦笑した。


「もう、危険じゃないだろ」


『危険かどうかは、君が決めることではない』


電話は、一方的に切れた。


迅は、空を見上げた。


「……なるほど」


人間側にとって、

迅は“使えない武器”であり、“処理しきれない問題”だった。


誰にも選ばれない。


それでも、生きている。


小さな公園に入り、ベンチに腰を下ろす。


子どもが、ボールを追いかけている。

母親が、笑って呼び止める。


その光景を見て、胸が少し痛んだ。


「……普通、か」


灯火は、今ごろ何をしているだろう。


境を整え、

選択の重さを一人で抱えているのかもしれない。


迅は、ポケットから小さな紙片を取り出した。


青藍院を出る前、夜刀が無言で渡してきたものだ。


そこには、手書きの文字。


――「どこにも属さないで。今は、それが一番強い」


迅は、ゆっくりと息を吐いた。


「……強さね」


その時。


ベンチの反対側に、誰かが座った。


「疲れてる顔だね」


若い女だった。


黒いパーカー。

視線は鋭いが、敵意はない。


迅は、警戒しつつ答える。


「……人違いじゃ?」


女は、首を振った。


「迅でしょ」


心臓が、わずかに跳ねた。


「……誰だ」


女は、微笑む。


「私は、あなたと同じ」


迅は、眉をひそめる。


「同じ?」


「“終わった側”」


女は、空を見上げた。


「力を失った」


「役割を失った」


「それでも、生き残った」


迅は、何も言えなかった。


女は、続ける。


「世界はね」


「強いものが好きなんじゃない」


「使えるものが好きなの」


迅の胸に、言葉が刺さる。


「でも」


女は、迅を見る。


「使えなくなった存在を」


「どう扱えばいいか、世界は知らない」


迅は、静かに言った。


「……だから、無視する?」


女は、頷いた。


「優しい放置」


迅は、少し笑った。


「最悪だな」


女も、笑った。


「でしょ?」


一瞬の沈黙。


女は、立ち上がった。


「忠告」


「しばらく、目立たない方がいい」


迅は、問い返す。


「なぜ?」


女は、振り返らずに言った。


「次に狙われるのは」


「あなたじゃない」


迅の喉が、鳴る。


「……誰だ」


女は、足を止めた。


ほんの一瞬だけ、振り向く。


「灯火」


その背中が、公園の外へ消える。


迅は、立ち上がれなかった。


世界は優しくない。

選ばれなかった者には、特に。


だが。


迅の胸の奥で、

微かな熱が、再び灯り始めていた。


それは、焔ではない。


――離れていても、選び続けるという意志だった。


迅は、ゆっくりと立ち上がる。


「……今度は」


「俺が、選ぶ番だな」


夕暮れの街に、迅の影が伸びていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。