第28話 それでも立つ理由
最初に壊れたのは、結界だった。
夜刀の張った防壁が、外側から“圧し潰される”。
衝撃音。
山肌が、悲鳴を上げる。
「……数、六十以上」
夜刀が歯を噛む。
「本気で来てるわね」
迅は、灯火の前に立った。
焔が、今までになく強く揺れている。
抑えきれない。
抑える気も、なかった。
「迅……」
灯火が、背中越しに呼ぶ。
「怖い?」
迅は、短く答えた。
「怖い」
「でも――」
一歩、踏み出す。
「逃げる理由が、もうない」
結界が、砕けた。
装備された部隊が、なだれ込んでくる。
非殺傷。
だが、容赦はない。
「対象確保!」
「迅、足止め!」
夜刀が符を放つ。
空間が、ねじれる。
だが、敵は慣れていた。
「解析完了」
「突破可能」
迅の視界が、赤く染まる。
「……っ」
焔が、暴れそうになる。
その瞬間。
灯火が、迅の横に立った。
「迅」
「今回は……私が選ぶ」
迅が、振り向く。
「灯火、待て」
灯火は、首を振った。
「“守られる側”でいる限界、もう分かった」
「だから」
一歩、前へ。
焔と、境が――重なった。
空気が、静止する。
「……何だ?」
敵の動きが、止まる。
完全ではない。
だが、確実に。
灯火の声が、震えながら響く。
「私は……」
「奪われるために、生きてない」
境が、拡張する。
だが今回は、閉じない。
編み上げる。
迅の焔が、その中を流れる。
「……灯火」
迅は、理解した。
彼女はもう、
“止める存在”じゃない。
繋ぐ存在だ。
「迅!」
夜刀の叫び。
「来る!」
重装兵が、突進してくる。
迅は、焔を解放した。
全開ではない。
だが、制限も外した。
身体が、軋む。
「……っ!」
血が、口から滲む。
それでも。
「通すか!」
焔が、境を走る。
衝撃が、敵を弾き飛ばす。
灯火が、迅の腕を掴む。
「無理しすぎ!」
迅は、笑った。
「今さらだろ」
だが、足が崩れる。
「迅!」
夜刀が支える。
「限界、超えてる!」
灯火の胸が、締め付けられる。
「……やめて」
「私のせいで……」
迅は、灯火を見た。
はっきりと。
「違う」
「お前が立ったから、俺も立てる」
「それだけだ」
灯火の目から、涙が溢れた。
「……私」
「一緒に立ちたいだけなのに」
その瞬間。
境が、震えた。
今までとは違う。
外からでも、内からでもない。
重なった力が、自律し始める。
夜刀が、息を呑む。
「……融合?」
敵の通信が、乱れる。
「観測不能!」
「後退――」
だが、遅い。
迅と灯火の間に、確かな“場”が生まれた。
焔は、灯火を傷つけない。
境は、迅を縛らない。
「……行ける」
迅が、立ち上がる。
二人並んで、一歩。
敵は、完全に退いた。
静寂。
その場に残ったのは、三人だけ。
迅は、膝をついた。
「……さすがに、きつい」
灯火が、抱きとめる。
「迅……!」
夜刀が、息を吐いた。
「勝ったわ」
「でも……見られた」
灯火は、迅を抱えたまま、空を見る。
世界が、確実に変わった感触。
「……もう戻れないね」
迅は、弱く笑う。
「最初から、戻る気なかった」
灯火は、涙を拭いた。
「……それでも」
「立つ理由、分かった」
迅が、目を閉じる。
「何だ」
灯火は、はっきり言った。
「一緒に生きるため」
夜明けが、山を照らす。
この瞬間から。
迅と灯火は、
世界にとって――
“例外”になった。




