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宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


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第14話 崩れた町と、選ばない勇気

町は、ひどく静かだった。


人の営みがあるはずの昼下がり。

商店の軒先も、住宅の窓も、すべてが“置き去り”にされたように黙り込んでいる。


「……本当に、誰もいない」


迅は呟いた。


青藍院から車で一時間ほど。

夜刀が案内したこの町は、外見だけ見れば普通だ。

道路も、建物も、信号も、壊れていない。


――なのに。


「ここは“境が薄い”」


夜刀が淡々と言った。


「正確には、現実と異界の“重なり”が発生している場所」


灯火は、無意識に迅の袖を掴んでいた。


「人は……?」


「無事よ」


夜刀は即答した。


「違和感を感じて、自然と離れていった。

気づかず残った人間がいたら……今頃、精神をやられてる」


迅は喉を鳴らす。


「……そんな場所に、訓練で来るなよ」


「実戦じゃないなら、意味がないでしょ」


夜刀は振り返り、迅を見る。


「今回は簡単。

境を“直す”んじゃない。“立つ”だけ」


「またそれか」


「またそれよ」


三人は、町の中心部へ歩き出した。


一歩進むごとに、空気が重くなる。

視界の端で、何かが“揺れる”。


「……来てるな」


迅は小さく言った。


夜刀が頷く。


「ええ。影未満。形を持たない“ズレ”」


次の瞬間。


町の景色が、ぶれた。


建物の輪郭が歪み、道路が水面のように揺らぐ。


灯火が息を詰める。


「迅……!」


迅の胸が、熱を持つ。


焔が、呼吸に合わせて脈打つ。


――焼けばいい。

――拒めばいい。


火守の感覚が、囁く。


だが迅は、足を止めた。


「……使わない」


夜刀が静かに言う。


「正解」


迅は、深く息を吸った。


この町に、人はいない。

でも――ここは、人が“生きていた場所”だ。


壊す理由は、ない。


「俺は……」


迅は、境の歪みを真正面から見据えた。


「ここにいる」


それだけを、心の中で繰り返す。


逃げない。

押し返さない。

選ばない。


すると――。


揺れが、ぴたりと止まった。


「……え?」


灯火が目を見開く。


町の景色が、ゆっくりと元に戻っていく。

歪みは消え、空気が軽くなる。


夜刀が、わずかに目を細めた。


「……やっぱりね」


「何が?」


「あなた、“境に立つ”のが自然すぎる」


迅は苦笑した。


「褒めてる?」


「警戒してる」


次の瞬間。


背後で、足音がした。


「――誰だ!?」


迅が振り向くと、そこに立っていたのは、作業着姿の中年の男だった。


「……あれ?」


灯火が戸惑う。


「人……?」


男は、三人を見るなり目を見開いた。


「な、なんだあんたら……!?

急に、町が元に戻って……」


夜刀がすぐに前に出る。


「大丈夫です。

少し“立ち眩み”があっただけ」


男は頭を押さえながら頷いた。


「……ああ、確かに……」


数分後、男は何事もなかったかのように立ち去っていった。


灯火が、迅を見る。


「……迅、今の……」


迅は、少しだけ震える手を見つめた。


「俺……何もしてない」


「したのよ」


夜刀がはっきり言った。


「何もしなかった」


沈黙が落ちる。


風が吹き、町の旗が揺れる。


「境渡りの本質は、介入じゃない」


夜刀は続けた。


「存在そのものが、歪みを均す。

あなたは、“火守”よりもずっと厄介な存在よ」


迅は、冗談めかして言った。


「それ、褒め言葉?」


「最高級の」


灯火が、胸を撫で下ろした。


「……よかった。町、壊れなくて」


迅は、灯火を見た。


「壊したくなかった」


その言葉に、灯火は小さく微笑んだ。


夜刀は歩き出しながら言う。


「今日はここまで」


「え、もう?」


「十分すぎる」


町を離れる途中、迅はふと立ち止まった。


振り返ると、何事もなかったかのように人の気配が戻り始めている。


「……俺、これでいいのかな」


灯火が、隣に立つ。


「いいよ」


即答だった。


「迅は、迅のままで“立ててる”」


夜刀は振り返らずに言った。


「境は、また揺れる」


「影も、人も、必ず来る」


「それでも――」


夜刀は少しだけ振り返り、言った。


「あなたは、もう“選ばされる側”じゃない」


迅は、静かに頷いた。


火は、まだ胸の奥にある。

だが、それはもう、暴れるだけのものじゃない。


境に立つ――

その意味が、ようやく輪郭を持ち始めていた。

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