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宮廷薬師は負けヒロインにつき、陰謀を解きつつ恋を手直しします  作者: 和三盆


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第12話 境を越えて来た者

青藍院に、久しぶりに“客”が訪れた。


昼下がり、結界の外で鈴の音が鳴った。

侵入者でも、迷い人でもない――正規の手続きを踏んだ来訪者だけが鳴らせる合図だ。


迅は庭の掃除を手伝っていた手を止め、顔を上げる。


「……珍しいな」


「うん。ここ最近は、外との行き来は極力制限してたから」


灯火も箒を置き、少し緊張した面持ちで結界門の方を見る。


ほどなくして、蓮生が門へ向かった。

結界が静かに開かれ、外から一人の人物が足を踏み入れる。


それを見た瞬間、迅は息を呑んだ。


――若い女だった。


歳は灯火と同じか、少し上くらい。

長い黒髪をひとつに束ね、旅装束の上からでも分かるほど無駄のない立ち姿。

何より目を引くのは、その瞳だった。


深い琥珀色。

どこか“こちら側ではない”光を宿している。


「久しぶりですね、蓮生さま」


女は軽く頭を下げ、穏やかに微笑んだ。


「……来るとは思っていなかった」


蓮生の声は低く、警戒を隠していない。


「状況が動いたと聞きました。

“火守を拒んだ境渡り”が現れた、と」


その言葉に、迅の背筋がぞくりとした。


――もう、外にまで知られている。


灯火が一歩、迅の前に出る。


「あなたは……誰ですか」


女は灯火を見て、少しだけ驚いたように目を見開いた。


「ああ……あなたが、今の“錨”なのね」


「……答えて」


灯火の声が鋭くなる。


女は小さく息を吐き、名乗った。


「私は夜刀やと

境界監察局所属の――元・境渡りです」


迅の心臓が跳ねた。


「元……?」


夜刀は迅の方を見た。

その視線は、観察するようでいて、どこか懐かしさを含んでいる。


「あなたが迅ね。

……噂より、ずっと“人間らしい顔”をしてる」


「噂って、なんだよ」


夜刀はくすりと笑った。


「“影の王の器”が、拒絶を選んだって話」


灯火が息を詰める。


「……何をしに来たんですか」


夜刀の表情が、ほんの少しだけ真剣になる。


「忠告よ」


そう言って、蓮生の方へ視線を移した。


「境は、もう一度大きく揺れる。

今度は影だけじゃない。“人間側”も動き始める」


「……やはりか」


蓮生が低く唸る。


夜刀は続ける。


「迅の存在は、均衡を壊しかねない。

それを“正そう”とする組織が出てくる」


迅は思わず口を開いた。


「正すって……俺を消すってことか?」


夜刀は、はっきりと頷いた。


「可能性は高いわ」


灯火が、強く迅の手を握る。


「そんなこと、させません」


夜刀はその様子を見て、少し困ったように微笑んだ。


「ええ。だから私は、あなたたちに味方しに来た」


「……信用しろと?」


蓮生の視線は厳しい。


夜刀は肩をすくめた。


「しなくていい。でも、聞いてほしい」


そして迅を見据える。


「迅。

あなたは“拒んだ”ことで、自由を得た。

でも同時に、“どこにも属さない存在”になった」


「……分かってる」


「なら、選びなさい」


夜刀の声が、静かに響く。


「守られる側でいるか。

それとも――自分で、境に立つか」


迅の胸の奥で、火種が微かに揺れた。


灯火が不安そうに迅を見る。


「迅……」


迅は、少しだけ考えてから、夜刀に視線を戻した。


「……境に立つって、どういう意味だ」


夜刀は、初めて真剣な笑みを浮かべた。


「学ぶのよ。

境渡りとして、“火守ではない力の使い方”を」


「……それって」


「簡単に言えば」


夜刀は言った。


「あなたが“あなたのまま”で、戦えるようになる」


沈黙が落ちる。


風が庭の木々を揺らし、葉擦れの音が響く。


灯火は、迅の袖を掴みながら、必死に言った。


「迅……危ないことは……」


迅は、灯火の方を向き、柔らかく笑った。


「大丈夫。

俺、もう逃げないって決めたから」


夜刀が満足そうに頷く。


「なら、話は早い」


蓮生はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「……条件がある」


「何かしら」


「迅は、青藍院の人間だ。

勝手に連れ出すことは許さん」


夜刀は即座に答えた。


「もちろん。

教えるだけ。選ぶのは、迅自身」


迅は、静かに息を吸った。


日常は、もう完全には戻らない。

でも――。


「……教えてくれ」


その言葉に、灯火の目が大きく揺れた。


不安と、覚悟と、信頼が入り混じった眼差し。


夜刀は、確かに笑った。


「ようこそ、迅。

“境に立つ者”の世界へ」


青藍院の空に、雲がゆっくり流れていく。


静かな日常の裏側で、新たな扉が開かれていた。

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