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6 魔法使い失踪事件

 授業は科目ごとに割り振られた教室で行われる。

 俺はルームメイトのカイトとクライドとともに、呪文学の教室へ向かった。

 もう一人のルームメイト、シエルは、寮を出た瞬間、他寮の貴族と思しき連中に連れて行かれてしまった。


 長く幻想的な回廊を渡り、漸く教室にたどり着く。

 呪文学の教室は、前方に教壇があり、向かい合うように椅子と長テーブルが並べられた……前の世界で例えるなら、大学の教室のようなレイアウトだった。


「俺達一番乗り? うは、俺ら優等生じゃん!?」


 カイトが嬉しげに笑った。

 クライドもどこか嬉しそうに、ひび割れた眼鏡を押し上げる。

 だが、俺は教室に辿り着いた瞬間に気づいていた。


「多分……時間を間違えただけだな」


 時計は授業開始の1時間前を指していた。

 カイト達に起こされた時、寝坊したと思って焦ったのだが――俺の感覚は正しかったらしい。

 嘘だろ、と驚いたカイトが、クライドに時間割を開かせて確認する。

 ページを一通り眺めた後――カイトは笑いだし、クライドは唇を固く結んでいた。


 しょうがなく、俺達は適当な席に座る。

 カイトは最後列を選ぼうとしていたが――待て待て。

 後ろすぎる席は逆に教師に目をつけられやすいのだ。


 俺のアドバイスにより、俺達は真ん中から少しズレたあたりの、無難な席を選ぶことにした。


「呪文学かー、俺体動かさない系はあんまり得意じゃねーんだよなー」


 カイトが眠たそうに頭を掻く。クライドは黙々と教科書に目を通している。

 残りの時間をどう潰そうかと話し込んでいると、がちゃりと教室の扉が開いた。

 三人分の視線が扉へ向けられる。


 ――そこには、コーネリアスさんが立っていた。

 途端に、カイトは「げっ」と表情を歪める。クライドは相変わらず無表情だ。

 コーネリアスさんは俺達を冷たい目で一瞥するなり、口を開いた。


「スナオ。校長がお呼びだ、至急校長室まで来い。私が案内してやる」


 ……俺の命を心配する、カイトの怯えた声を背に、俺は先生についていくことにした。



 コーネリアスさんが校長室の扉を叩くと、中から低く響く声が返ってくる。


「入りたまえ。……もっとも、今のこの部屋が君達にとって快適かは保証できないがね」


 ――どういう意味だ?

 俺は不思議に思ったが、コーネリアスさんは気にも留めず扉を開けた。


「失礼します」

 

 そこには、組分けの儀式以来の校長の姿があった。

 だが、注目すべきは内装だ――およそ校長室とは思えない空間がそこにあった。

 黒曜石の床が夜空のようにきらめき、壁には星空の絵画が飾られている。

 その星はゆっくりと軌道を描いている――本物のように動く絵だ。

 大きな暖炉の前にはベルベットの揺り椅子が置かれており、校長はそこに静かに腰掛けていた。

 確かに一風変わった部屋だが……快適そうではあると思う、けど。

 

 コーネリアスさんは頭を下げた後、憲兵のように彼の側に佇む。

 ……やはり、教師というよりは教官という言葉がぴったりだ。

 天井周辺には歴代の校長と思しき人物達の肖像画が掛けられていた。

 彼の姿もそこに並んでおり、名前の札がその下に設置されている。


 ダリウス・エルゼン・アーガンダル校長――ウェーブがかった短めのブロンドをかきあげ、口ひげと短い顎髭を蓄えた、五十代くらいの見た目の男だ。


「君の事はコーネリアス先生から聞いているよ」


 深い紫の瞳に見つめられる。


「実は――昨日の組分け石の件で、話しておきたいことがあってね」


 それは是非、俺も知りたい所だ。


「あれは一体……何だったんですか?」

「あんな現象を見たのは、アスタルディアの長い歴史の中でも初めてのことだ。

 アスタルディアは長い歴史のある魔法学校だが、今回のような事象が発生したという記録は残っていないし――にわかには信じられないことだよ」


 校長はおどけるように両手をひらひらさせた。


「あの石は魔法使いの血を持つ者には反応するが、持たざる者が触れても変化の起きない石。つまり、君の体には魔法使いの血が流れていなければおかしい」

「でも、俺はわざなし――」


 校長が人差し指を立て、唇に近づけた。

 この男、ウィンクまでしている。


「念の為だが、もう一度君の体を調べさせてもらう。君がどこから来たのかについてもね」

「……どこから、ですか。俺は何の手がかりも持ってませんけど、それでも分かるものなんですか?」

「君はコーネリアス先生の持っていた『識別の水晶』を使ったんだろう? その道具の仕組みについても、今一度調べ直してみるとしよう。それから、君の血も採らせてもらう」

「はあ、痛くしないでもらえるなら……」


 コーネリアスさんが無言でじろりと俺を見た。

 校長は快活に笑い、コーネリアスさんを向いた。


「だそうだよ、コーネリアス先生」

「……善処する」


 あんたが採るんかい。


「何、別になにか分かったからと言って、我々は君の敵にはならん。君が自らの意思で、この学校を裏切らない限りはな」


 俺の真意を伺うかのように、校長は俺をじっと見た。


「私も長生きしているが、こうも不思議な現象にはなかなかお目にかからない。実に不思議な気分だよ。

 もしかしたら、君はこの世界の理を壊してしまう存在なのかもしれないな……?」


 長生きという割にはまだ若い気もするが、魔法使いは寿命が短いんだろうか。

 コーネリアスさんが冷たい目つきで諌めるように校長を見る。


「――校長」

「……ほっほ! すまないねスナオくん、怖がらせてしまったかな? 許してくれるか?」


 校長は眉を八の字にして両手を合わせた。

 お茶目さんなんだろうか。


「はい……大丈夫です」

「今日は授業初日だし、後は放課後に話すとしよう。授業が終わったらまたここに来ておくれ。コーネリアス先生、送ってあげて」


 コーネリアスさんが前に出てくる。

 いつもの事ながら、圧が凄い。


「いや、一人でも大丈夫です。道覚えたんで――また来ます」


 俺は逃げるように部屋を出た。



 授業開始前が近づいていた事もあり、教室への道のりの生徒の通行量が多い。

 石造りの螺旋階段を下る。


「えーと、確か教室は……」


 道を確認していると、ふと通りすがりに声が聞こえた。


「あの人、わざなしの――」

「しっ、聞こえるよ」


 ドキッとした。

 振り返ると、俺に密かに目線を向けていた生徒二人組が、そそくさと早足に階段を登っていく。

 前を向き直し、再び階段を下る。


 殆どの生徒は俺に見向きもしていない――だが。

 よく観察してみると……どうも、俺を怪訝そうな顔で見たり、ひそひそと友人と小声で話しながら奇異の目を向けてくる生徒たちが一定数いる。


「アイツ、わざなしだろ。よくものうのうと魔法使いの前に出られるな」

「近寄らないほうが良いぜ」


 聞こえている。いや、敢えてそうしているのか。

 あの組分け石事件がきっかけではあるんだろう。

 だけど、それにしては……噂されすぎじゃないか?


 正直、不愉快だ。


 俺はただ異世界で新しく、平和に生活したいだけだってのに……!


 ――ドンッ。

 肩がぶつかる衝撃。

 見上げると、ガラの悪そうな3人組が俺をニヤニヤ見つめていた。


「お前、わざなしなんだって? ちょっとついて来いよ」


 胸ぐらを掴まれる。

 ……おお、背が高いお陰であまり威圧感を感じないのは幸いだ。

 それに、コーネリアスさんに比べれば、男3人とはいえ全然マシだ。


 当然だが答えはNOだ。

 こんな奴ら即座に振り払って、俺は教室に戻らせてもらおう。


 ――いや、待てよ。これはチャンスじゃないか?

 どう考えても、組分け石が反応したにも関わらず俺をわざなしだと決めつける魔法使いたちが多いのはおかしい。

 にも関わらず俺をわざなしだと信じている生徒がいるのは何故か、そして俺の顔が覚えられているのは何故か――噂? を信じている彼らに聞くのが一番早いじゃないか。


 なので、黙ってついていく事にした。


「意外と大人しいじゃん」

「顔が良いからって調子乗ってんじゃねーぞ」


 きひひ、と典型的な悪役顔で笑う彼ら。

 3人か……まあ、俺も長身とはいえ、彼らもそこそこガタイが良い。

 正直何もビビってないかと言われれば嘘になるが、それよりも真実を確かめたい気持ちが勝った。

 それにいざとなれば俺は、魔法で岩を破壊できるくらいの力がある。

 危なくなったら殺さない程度に魔法を当てて、逃走しよう。

 大丈夫だ、相手は俺よりも歴の長い魔法使い――俺が出力に失敗しても、防げるはずだ。



 やがて俺は屋上――ではなく、寮の裏庭に連れて行かれた。

 授業がもうすぐ始まってしまうので、さっさと要件を話してもらいたい。


「なあ、わざなし。お前、何でアスタルディアに入ってきた?」

「……俺はわざなしじゃない、魔法使いだ。何でそんなに俺をわざなし扱いするんだ?」


 3人は顔を見合わせる。


「可哀想に。見てないんだろ」

「ほらよ」


 鋭い音を立てて、何かの紙が手元に現れた。

 読むと――俺をわざなしだと非難するコメントと顔写真、そして名前がでかでかと刷られている。指名手配のポスターかよ。


「……誰が作ったんだよ、これ」

「さあ~? 俺達しらないもんなー」

「な~」


 ニヤニヤしているのが気色悪い。


「誰が作ったかわからない物を信じてるのか?」

「正直どうでもいいんだよ、理由なんて。だが、”疑わしきは罰せよ”って言うだろ? 俺等、どんな魔法も使って良いサンドバッグを探してるだけなんだよな」


 そんなことわざの偽物みたいな言葉はない。

 いや、異世界にはあるのか?


「誰が作ったか知らねえけど、こーゆーのが出回ってる以上、俺達は正義に基づいてお前をボコボコにしても良いって暗黙のリョーカイがある」

「お前が魔法使いでもわざなしでも、お前の犠牲が将来立派な魔法使いを育てる糧になったなら光栄なことだろ?」

「うん、うん」


 さっきから二人の意見に同意してるだけの奴がいるな。

 俺が無言で杖を取り出して素早く構えると、3人の空気が一瞬で変わった。

 俺が構え終わる頃には彼らも杖を構え、臨戦態勢を取っていた。


 ――なるほど、セレンがあの時俺をわざなしだと判断した理由が今なら分かる。


「こっちは3人だぜ? 新入生が上級生をまとめて相手出来ると思ってんのか?」


 上級生だったのか。確かに新入生達よりも肉体は成長している。

 とはいえ、上級生3人で新入生いびりってどうかと思うが。


 逃げ道は塞がれている。ここは人目もない。助けも来ない。

 無駄な争いは避けたかったが——どうやら話の通じる相手でもなさそうだ。


 ならば、手段は一つ。


「<ディスプロード>」


 ドォン!!! 


 爆風。土煙。吹き飛ぶ上級生たち。

 ひっくり返って動かない彼らのうち、一人は木にめり込んでいる。


 俺は制服の埃を払って、ぼそりと呟いた。


「……初歩の爆裂魔法も防げないとか、マジで上級生かよ」


 気絶している彼らの懐から学生証がまろび出たので、手にとって見た。

 メモが残っている――どうやら彼らは貴族に小遣いを貰って、不都合な生徒たちをこうして処理しているようだ。


 ついでに彼らの様子を確認する。

 うん、死んではない。怪我はあるけど重症ではない。

 出力はまあまあ、上手く行ったと言える。


 しかし、また貴族が関わっているのか。

 変なポスターまで作りやがって……。

 ちょうど良い手馴しにはなったけど、特に得られるものは無かったな。


 教室に戻ろう。



 裏庭を急いで出て、回廊の人混みに紛れた。


「……ねえ、あの子」


 ――またか。

 通りすがりの声が嫌でも聞こえて、嫌気が差す。


「超イケメンじゃん!?」

「ホントだ、やば!!」


 …………。


 それはまあ、良し。



「おかえりー。大丈夫だった?」


 席につくと、すぐにカイトが声を掛けてきた。

 クライドも本から目線を外し、俺を見上げている。


「ああ、連絡事項があっただけだったよ」

「良かったなー、コーネリアス先生って無駄に怖くて苦手なんだよー俺」

「……俺も、怖い」


 クライドも同意するとは。


「なあクライド、さっきから何読んでるんだ?」


 俺が尋ねると、クライドは開いたページをそのまま見せてくれた。


「……魔法使い失踪事件?」


 俺が声に出すと、クライドは頷いた。

 それを聞いていたカイトが身震いする。


「あー、出た出た。最近また頻発してんだよ! 怖くて夜中は出歩けねーわ」


 内容に目を通す。ざっくり要約すると……。


 ずっと続いている魔法使いの失踪事件――犯人は、“わざなし”の線が濃厚だ。

 中でも、“帝国”ヴォイド。彼らが関わってるのは、ほぼ確定と言っていい。

 でも問題は、連中の本拠地が、法も秩序も通じないヤバい土地にあるってことだ。

 彼らの領地は広く危険で、もし踏み入れば、魔法使いですら無事に帰ってこれる保証がない。

 その為、彼らは事実上野放しにされている。

 だから、実質的には誰も手を出せずにいる。

 しかも、行政機関の中にもヴォイドの回し者が潜り込んでる可能性は高いけど……魔法が存在してるこの世界じゃ、それを暴くのは並大抵じゃない。

 だからといって、罪もない魔法使いたちが次々と消えていく現状が、許されて良いはずがない。

 魔法使いたちは団結し、戦うべきだ。


 ……なるほど。

 わざなしに風当たりが強いのは、この事件が関係しているに違いない。


「親父に、この事件について知っておけと言われた」


 クライドが呟くと、カイトがやれやれと背もたれに背を預けた。


「クライドの親父さん、この事件のせいでだいぶ大変みたいだぜ。

 クライドの家って昔からわざなしへの差別を無くすために活動してるからさ、色々疑われるわけだ。にしても立派な親父さんだよな~」


 なるほど……俺だけが大変な目に遭っているわけでも無いようだ。

 わざなしか。

 俺は一応そっち側の人間だっていうのに、まだ直接見たことも会ったことも無いんだよな……。

 一体どんな人達なんだろう。


「元はといえば、魔法使いがわざなしを馬鹿にするからこんなヤベー奴らが出てくるんだ……皆仲良くすればいいのにさ」


 カイトは心から残念そうな表情を浮かべた。

 カイトは優しい少年だ。その気持ちは本当なんだろう。


「そうだな……。まあ、俺達は俺達に出来ることをするしかないさ。教えてくれてありがとな、クライド」


 俺がクライドに本を返すと、クライドはまた眼鏡をクイッと持ち上げながら本を受け取った。

 ――すると、教室の扉が開き、歌うような明るい声が響いた。


「皆さぁん、呪文学の教室へようこそ! 初めての授業、一緒に楽しんでいきましょ~♪」


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