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4 魔法学校の入学試験

 コーネリアスさんの指導は、まさしくスパルタだった。

 俺は何度も意識を手放した。


「この程度で音を上げているようでは、生まれながらの魔法使いどもになど到底追いつけないだろうな」


 冷徹な声が耳を刺す。


「魔法など諦めて、わざなしとして生きた方が、お前のような腑抜けにとっては余程安全で幸福なんじゃないか?」


 ――確かに。

 こんなに苦しいのなら、魔法のない人生を選んだほうが楽かも知れない。

 そうだ。俺は魔法を使えなくて当たり前の人間。

 たまたま、使えてしまう特殊体質ってだけで。


 それだけで、こんな地獄の苦行をする必要なんてあるか……?


 ――いや、でも。


「……いや、待てよ。これ、魔法関係ないだろ……?」


 俺は息を切らしながら、震える腕を突っ張っていた。

 腕立て伏せだ。

 ただの腕立て伏せ。


 汗が滴り落ちる。

 もう腕の感覚は無い。視界がガクガクと震える。


「五十回追加だ」


 コーネリアスさんが冷たく言い放つ。


「お前のような腑抜けが、たかが百回で音を上げるとは……言語道断だな。終わったら腹筋百回が待っているぞ」

「っ……!!」


 でも、コーネリアスさんはアスタルディア魔法学校の現役教師。

 彼女がやれと言うのなら、きっと何か意味がある筈だ。

 何の科目担当か知らねえけど……。


「なかなか良い顔をするじゃないか……あのガキにも見せてやりたいよ」


 唐突に、コーネリアスさんの指がゆっ…くりと俺の首下をなぞった。

 ぞくりと背筋が凍る。

 あのガキ呼ばわりされている少女――ユキホにこんな必死こいてる姿、見せられてたまるか。

 ああでも、そんな思いとは裏腹に、何度も意識が飛びそうになる。


 俺は、俺はここで止まる訳には……!



 ――数週間後。


「少しは形になってきたな? 最終試験は明日の夕方だ。くれぐれも忘れるな」

 

 疲労から這いつくばる俺の背中を踏みつけると、コーネリアスさんは颯爽と部屋を出ていった。

 ……もう、疲れて抵抗する気力すら無い。

 毎日のような激しい筋トレと、義務教育で学ぶ魔法の超短期間詰め込み学習。

 しんどかった。つらかった。だが俺は頑張った。

 結果がどうなろうと、この頑張りは否定したくない。


 しかしこんな生活は、明日で終わり……。


「ごめんね、師匠って昔からすごく厳しくて……でも、厳しいのが平気な人には人気みたい。みんなすごいよねぇ、私も負けてられないな」


 訓練後はユキホが必ず俺を看病してくれた。

 正直他人にここまで優しくされたのは初めてで、時々泣きそうになっていたのは内緒だ。

 彼女に恩返しをする為にも、そして俺の為にも、絶対に魔力に耐えられる体を手に入れてやる……!



 月の終わりが近づく頃には、ネガティブな症状はほとんど出なくなっていた。

 この世界の暦は元の世界と似ているので、時間感覚を掴むのは苦労しなかった。

 つくづく都合の良い世界。やはりベスケ博士が作った世界なのか?

 そういえば博士は今頃、どうしているんだろう……。


「考え事か? 余裕だな」


 振り返ればコーネリアスさんがそびえ立っていた。

 その更に後ろでは、ユキホが手作りの旗のようなものを懸命に振っている。


 ――これから与えられる課題を、無事に終わらせる。

 それさえ出来れば、晴れて俺は魔法学校の校長に入学許可をとる権利を得られるんだ……。

 ああ、なんだか妙に緊張してきた……。


「――正直、驚きだ。お前の体は今後、魔法という分野において、私の力を遥かに凌駕する可能性を秘めていると感じる」

「え……マジすか」


 本当に? 

 ……俺が?


 確かに、始めた頃より大分扱いが上達してきた実感はある。

 だが、それはあくまで人並みの能力を手に入れたに過ぎないと思っていた。


 コーネリアスさんは目を細めていたが、やがて俺をゆっくり振り返った。


「私はお前が何者であるかなどはどうでもいい。だが、それでもお前の魔力を引き出す仕組みは気になるよ。良い気分がしないからな」


 俺は何と言えばいいか分からず、とりあえず会釈した。

 ……わざなしの体は本当は魔法と相性が良いんだろうか?

 魔法を学んで、わざなしが魔法を使える方法を俺が見つければ……この世界でのノーベル賞を穫れるかも知れないな。あるといいな、そんな賞。


 コーネリアスさんが懐から紙を取り出して、放った。


「最終試験だ。これをやってみろ」


 呪文書のページだ。俺は唾を飲み込み、目を通す。

 入学資格を得られるかは、全てこの呪文に掛かっている。

 出された最終課題は……。


 ――おや?


「……<ディスプロード>?」

「何だ、知っているのか」


 うん、確かに聞き覚えがある。

 あのセレンとかいう貴族娘――ユキホの友達が放ってきた魔法の筈だ。


 ユキホをちらっと見やると、何か気まずい事があったような表情を浮かべていた。

 そして何か伝えたいのか奇妙な身振り手振りをし始めたが……さっぱり読み取れない。

 っていうか、魔法で教えたり出来ないのだろうか。魔法も万能じゃないな。


「あー……一度目の前で使っている人を見たことがある。痛い呪文だった……」

「ほう、無事で済んで良かったな。使い手の腕が甘かったんだろう」


 あの時のセレンの勝ち誇ったような顔を、もや~っと思い出す。

 彼女はわざと外したのか、敢えて俺の腕を掠めたのか……真相は闇の中だ。


「この呪文は義務教育を終えた者が最初に覚える”攻撃”の為の魔法だ。つまり、お前が覚えるべき最後の呪文という訳だ」

「基礎魔法とそう変わらないのか。だから結構地味だったんだな……」

「舐めると命取りになるぞ。人を殺せる程の力はないが、行動不能くらいには簡単にできる。正当な理由なしに使えば罪に問われかねん。

 ……さあ、雑談は後だ。あそこにある大岩を穿て。一発でな」


 指し示された先には巨大な大岩があった。

 岩って、修行の成果を示すのに丁度良いオブジェクトだよなぁ。


「穿つ……穴が開けば、認めてもらえるんですか」

「穴が開くのは出来て当たり前だ。だが、その後少しでも体調を崩せば出来たとしても無意味だろうな。気合を入れてやれ」

「……はい」


 杖を構える。

 大丈夫。魔法を成功させるのは問題ない。大丈夫。

 魔力の調整を誤って、自分に負荷さえ掛けなければ、きっと上手くいく。

 息を吸った。

 杖の向きは正確に――狙いを定めて――


「――<ディスプロード>!!」


 詠唱は正確に行った。本番だからな。

 だが、言い切るよりも前に、凄まじい轟音が俺達の耳を襲い――最後まで聞き取れた者は俺を含め、居なかっただろう。

 世界は、白い光と黒い影だけで構成されたモノトーンの世界へと変貌していた。

 そして緩やかに光が消えると……


 ――岩が消えてしまっていた!


 髪の毛が風圧でボサボサになったコーネリアスさんが、岩のあった場所へスタスタ歩いていく。

 そして地面に転がった沢山の石の破片をつまみ上げると、俺の方を見た。

 彼女は暫く一言も喋らなかったが、俺には分かる。

 馬鹿みたいに力を出しすぎた俺が気絶しないか、じっくり観察しているのだ。


 1分、5分、30分経過。


 俺とユキホは地べたに座り込み、ぼーっと星を眺めていた。

 ……強がっている訳でもなく、俺には何の変化も起きていない。


 やがてコーネリアスさんが俺達の前に立ちはだかると、こう言った。


「合格だ。約束通り、入学を校長に掛け合ってやろう」


 俺とユキホはハイタッチした。


「だが、必ず許可されるとは限らん。奴の考えは私にも読めないからな」


 俺とユキホはしょんぼりした。


「……まぁ、私も説得を試みてやる。認めさせるまではな」


 これが漫画なら、俺とユキホの顔周りに『ぱぁぁ…』とでも擬音が書かれていることだろう。



 数日後、コーネリアスさんが書類を持って帰ってきた。


「正式に許可が降りた。入学おめでとう」


 俺とユキホは両手を繋いで飛び跳ねた。


「ただし気をつけろ。以前も言ったように――わざなしであるお前が魔法を使えることは、くれぐれも知られるな。

 学校の魔法マニア……もとい、教師どもは何を仕出かすか分かったものではない。

 くれぐれも慎重に行動しろ。彼らは、私程優しくはないからな」


 それはひょっとしてギャグで言っているのか?


「ねえ師匠、ちょっと怪我してない? 大丈夫?」


 ユキホが心配そうに言って、俺も気付いた。

 コーネリアスさんの右手が赤く腫れているように見える。


「ああ、これか。しょうもなさすぎて気づかなかったよ」

「私、治すよ」

「いや待て。スナオ、お前やれ。やり方は分かるな?」


 急に名指しされてドキリとする。

 あんな事があったばかりだ。

 人に魔法を使うのは、結構勇気がいるぞ……。


 俺は恐る恐るコーネリアスさんの手を取り、杖を向けた。

 意外にも一センチほどの小さな傷だったが、裂けたような傷口で、周囲が赤くなっている。

 うっ、痛そうだな……いやいや、落ち着け。集中だ。

 学んだことを思い出せ。


 呪文を唱えると、傷口の周りに柔らかな光が集まってくる。

 まるで時間が巻き戻っていくかの様に、傷はみるみる塞がっていった。

 ……よし。あの時ユキホが俺にやってくれたのと同じ。


 ユキホとコーネリアスさんは一部始終を緊迫した様子で見ていたが、無事に終わったことを確認するとほっと一息ついた。


 ――成功だ。


「結果待ちの間も、ちゃあんと練習していた様だな。そこだけは褒めてやる」

 ……コーネリアスさんが挑発するように笑うが、珍しく冷たさは感じない。


「師匠、手伝ってくれて本当にありがとう!!」


 ユキホがひしとコーネリアスさんの腰に抱きつくが、次の瞬間にはユキホは頭のてっぺんを押さえて泣きべそになっていた。

 いつも懲りないなと思って見ていると、ユキホと目が合う。


「あっ、スナオくん! 学校が始まるまでの間、一緒に道具、買いに行こうね!」


 どこか力の抜けた、ぽやっとした笑顔。

 ……俺の人生がこれからどう転ぶかは、まだ分からない。

 それでも、この笑顔が見れただけで、俺は報われた気がした。


 こうして俺の異世界ライフ――夢のアスタルディア魔法学校での生活は、いよいよ幕を開けたのだった。


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