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3 はじめての師匠

「師匠ぉ、ごめんなさいぃぃ……」


 どこからか、泣き声が聞こえる……少女のものだ。

 この声はきっとユキホだ。


「このバカガキ。お前が人に魔法を教えようなんざ100年早いんだ。それと私を師匠と呼ぶなといつも言ってるだろう?」


「ううぅぅ~~~……」


 ……知らない声も聞こえたな。

 師匠って誰だ……?


「ごめんねスナオくん、ごべんねぇぇ……」


 嗚咽、熱を持った水音。


 ゆっくりと目を開ける。

 ……ユキホが天井に吊られていた。

 しかし、その周囲に縄のようなものは一切見当たらない。

 宙に浮き、手首を背で縛られているような格好で泣きべそをかくユキホだけが、そこに存在していた。

 ああ、これが浮遊呪文、確か<レバロ>の応用か。


 …………????


「おいお前、大丈夫か」


 ぬっ、と美人なねーちゃんの顔が目の前に現れて、俺の肩は飛び上がった。

 神秘的な淡色の、まっすぐに切り揃えられた長い髪。

 それとは対照的に鋭く尖った厳格な目つき。金色の瞳。

 それと同時に、ふかふかとした柔らかい床の感触と体を包みこんでいた温もりに気付く――これはつまりそう、ベッドの上だ。


 ……なんで俺は寝てたんだ?


「はい……あの、何があったんですか?」


 口が悪そうな、だが冷静に対処してくれそうな……しかし見ているだけで息が詰まりそうな迫力を感じさせるねーちゃんに、俺は恐る恐る話しかけた。

 まるで軍服のように堅苦しい雰囲気の服を纏っているが、所々の露出が妙に肉感的で、正直目のやり場に困る……。

 顔、怖いし尚更。

 彼女は俺を見つめながら、


「お前は鼻血を噴き出して気絶していた。ユキホに泣きつかれてな、私の家で寝かせることにしたんだ。まあ、ここに来るのは二度目だろうがな」


 と、意外と親切そうに、だが無表情に言い放った。

 二度目? と疑問に思ったのも束の間。

 周りを見渡して気付いたが、ここはユキホの家じゃないか?

 ……じゃあこの人はユキホの家族?

 なんか、全然似てないな。言わないけど。


「スナオ、だったか。うちのガキがすまなかった。この通りだ、許してくれ」


 美人は吊られているユキホの頭を鷲掴みにして頭を垂れさせながら、同時に頭を下げてきた。

 その動きには全くの無駄が無く、感心する程だ――って、そんな事思ってる場合じゃない。


「いやいやいや、よしてくださいよ、俺何もされてないですから!」


 俺は慌てて彼女に頭を上げて貰おうとした。

 何秒かすると、彼女はまるで軍人のように無駄のない動作で姿勢を正す。

 そして……その顔には明らかな呆れと怒りが滲んでいた。

 片手は相変わらず力任せにユキホの頭を鷲掴みにしていたが。


「ユキホ、この人は……」


 可哀想なユキホにそっと話しかけると、ユキホはぐっと顔を上げ、


「この人は私の師しょ――」


 ユキホの頭が再び押さえつけられる。


「名前を言っていなかったな。私はコーネリアス・ハートフィールド。アスタルディアで教師をしている。そしてコイツは……私の妹だ、義理のな」


 そう言うとコーネリアスと名乗る美人は、やっとユキホの頭から手を離した。

 その刹那に漏れた溜息が、小さくも失望の色を秘めていて恐ろしい。

 俺に向けられたものだったら、泣いちゃうかもしれない。

 コーネリアスさんが口を開く。


「このバカが中途半端に魔法を使わせようとした所為で迷惑を掛けた。……人様に怪我させたらどう責任を取るつもりだったんだ? この……」

「まあまあ、ユキホさんは俺に親切にしてくれたんだし、そこまで責めなくても」


 コーネリアスさんがくるりと振り向いた。


「お前は運が良かった。<レバロ>は初級魔法、基礎中の基礎だが、失敗すると対象が爆発する事がある。学び始めで自分に魔法を掛けようとする奴なんてそうそういないし、失敗する可能性もごく僅かだが……知っていて使ったのか?」


 やっと笑顔、といっても唇の端を僅かに釣り上げている程度だったが――を拝めたかと思えば、彼女の視線はまるで虫でも見るかのような冷たさだった。

 俺はションボリした。


「初耳です……」

「それに。対象を目視せずに使用すると、頭の中に浮かぶイメージの影響が強く出る。お前が浮いた理由は……ま、大方自分が空を飛ぶ姿でも想像したんだろ? 学びたてのガキが考えそうな事だ」


 何故分かる。

 ふと横を見ると、ユキホの顔色は最悪に等しくなっていた。


「ユキホ、何で教えてくれなかったんだ?」


 責めるわけじゃないが、彼女の言い分も聞いておこう。

 にしても、運が悪ければ、俺は自爆して木っ端微塵になっていたのかもしれないのか……。

 ユキホは心の底から申し訳無さそうな顔をしながら目を潤ませている。


「まさか魔法を使う時に目を瞑ってるなんて思わなくて……ふとスナオくんの方を見たら目を瞑っててびっくりしてっ、でも急にほうきを呼んだ時みたいにスナオくんが空高く浮き上がっちゃって、私はただスナオくんと――」

「言い訳するなッ!! お前は魔法オタクだから大事な視点が欠けてるんだ。皆がお前みたいに魔法が発動する瞬間を見逃さないよう常に目をかっ拡げてる訳じゃないんだぞ!!」

「うあっ、ごめんなさい……!」


 ユキホの頭がガクガクと揺らされる。

 ずっと吊られたままなのも健康に悪そうだったので、コーネリアスさんに下ろしてやるよう頼むことにした。

 コーネリアスさんが顎で指すように首を動かすと、ユキホはぼふんと俺の足元に落ちた。


 ――おお、さすが教師、魔法を使い慣れている。

 というか、教官みたいだけど……。


 つらい姿勢から開放された彼女は、下ろされるなり、心配そうな顔を俺に近づけた。


「スナオくん……もう平気? 痛いところ、無い?」

「ああ、大丈夫だ」


 笑ってみせると、ユキホは本当にごめんね、と申し訳無さと安堵が混ざった表情を浮かべる。

 俺は笑顔で頷いた。

 ……ここ、頭を撫でても許される場面でしょうか。


「……ところで俺、何でぶっ倒れてたんですかね」


 仲良くなったのにキモがられたら嫌だなぁ、とリスクを考えてしまった俺は一旦選択を保留にしてしまうのだった。

 コーネリアスさんは少し考え込む仕草をして口を開く。


「現場を見ていないから何とも言えないが……お前の魔力の出力が滅茶苦茶過ぎて、体が追いつかなかったとは考えられる――が……」


 コーネリアスさんの目がぎらりと俺を向く。

 目を逸らしたくなる威圧感だが、敵意は感じられない。

 ……この人、いつもこんな感じなんだろうか。


「そもそもお前にはおかしい部分がある。お前、わざなしだろ?」

「ユキホさん曰く、そうらしいですね」

「わざなしが魔法を使える訳が無い。ユキホが鑑定を間違えたんだと思い、私も調べさせて貰ったが……間違いなくお前はわざなしだ」


 ようやく俺は社会人魔法使いのお墨付きをいただいた。


「それで……?」


 次の言葉を促す。

 コーネリアスさんは腕を組み、椅子の背もたれに深く身を預けた。


「残念な事実だが……わざなしが魔法を使ったらどうなるのか、使用者にどんな危険があるのかなんて、この世界の誰も知らないんだよ」


 ……なんだって?

 じゃあ、本来魔法を使えない体の俺が魔法を使うことで、下手すると――命を落とす可能性もあるという事か?


「わざなしはわざなしらしく、魔法は使えない事にして、静かに暮らせ。普通に生きたいならな」


 胸の奥が締め付けられるような感覚が走る。

 せっかく掴んだチャンスなのに、――諦める?

 俺の隣で座り込んでいたユキホが、小さく息を飲み込んだ。


「魔法が使えるのに隠すの? そんなの良くないよ。自分の才能を否定して生きるなんて……アスタルディアに入学して、魔法を勉強させた方が――」

「馬鹿なことを言うな。わざなしが魔法学校に入学するなんて前例が無い。第一、魔法の使えるわざなしなんて存在が世に知れ渡ったら、どんな騒ぎになると思う?」


 コーネリアスさんの声は冷静で鋭かった。


「魔法を使えるようになることは、ロギア達の悲願なんだ。彼らの中には過激派も存在する。奴らに捕まれば、お前は二度と普通の生活を送れなくなるかもしれないんだぞ」


 俺とユキホの表情は、まさにしょんぼりを体現したかのようになっている。

 コーネリアスさんは組んだ腕を解くと、椅子の背もたれに肩肘を預けるようにもたれかかりながら、ゆったりと足を組んだ。

 サイハイソックスの脚の曲線美には、目を見張る物がある……。


「それに学園には貴族も在籍している。彼らは選民意識が強いんだ。魔法族の血が一切入っていないわざなしが自分たちと同じ力を手に入れたと知れば、お前は消されるかもしれない」


 ふと横を見ると、ユキホが泣きそうになっていた。

 俺よりショックを受けているように見える。

 そんなに俺を入学させたいのだろうか?

 本当に表情がコロコロ変わる子だな……でも、不思議と元気をもらえる。


 そうか、俺にはリスクがあるのか。

 だが……。


「どうやったら入学出来ますか?」


 コーネリアスさんの目を見て尋ねる。

 俺はガキじゃない。

 自分がどうなろうと、自分で責任を取る。


「……お前、私の話を聞いてなかったのか?」

「俺、魔法を学びたいんです。血の事を絶対に隠し通すと約束できれば、入学させて貰えるんでしょうか……!?」


 少しでも夢が叶う可能性があるなら、食らいついてやる。

 後悔なんかしてやるものか。


「アスタルディアは身分に関わらず、魔法の才能を持つ者を全て受け入れる」


 コーネリアスさんはそう言うと、固く腕を組んだ。


「しかし、私達には生徒を守る義務がある。最初から守りきれないと分かっていながら、入学を許可することは出来ん。

 お前が授業中に血反吐を吐いて死んだら誰が責任を取る?

 当然、死者を蘇らせることは不可能だ。魔法使いは神ではないからな」


「じゃあ俺が、他の魔法使いと同じように魔法を使いこなせる事を証明できれば――認めてもらえるんですね?」

「……そうだな。可能性はある。だが確証はない」


 彼女の瞳はまるで俺を試すかの様に光っていた。


「魔力の出力コントロールが原因なら、訓練して、安全に魔法を使えるようにして見せます。必要な魔法も全部覚えます」

「言っただろ? 原因はあくまで推測に過ぎない。根本的に間違えている可能性も――」


「お願いします! 俺に指導してください!!」


 俺は頭を下げた。

 ユキホがそれを見てあっと声を上げたかと思うと、


「わ、私からも……! お願いします!!」


 と、彼女も隣でペコリと頭を下げてくれた。


 暫くの沈黙。

 ふと空気が動く気配がし、コーネリアスさんが姿勢を変える。

 彼女の表情は見えなかったが、その声にはやはり、どこか俺を試すような色があった。


「良いだろう、教えてやる。だがこれは本来、魔法使い達が物心付いた頃から学び、徐々に身につけていくものだ。ひと月やそこらで身につくような物ではない」

「はい! すいませんでし、た……!?」


 俺は二度見した――まさか本当に了承してくれるとは。


「コーネリアスさ……先生ぇぇ!」


 感涙に咽びながら、お辞儀していた体を起こそうとした瞬間。

 ガッ、と掴まれるような衝撃が頭に走る。


 呆然と目の前に視線をゆっくりと移すと、

 ……コーネリアスさんの、笑顔とも凝視ともつかない、凄まじい顔があった。


「お前を訓練する時間が無駄になったら――私に何をしてくれるんだ?」

「え?」


 俺が思わず聞き返すと、頭をぐんと押され、顔が至近距離に近づいた。


「おいおい、プロにタダ働きさせる気か? 舐めるなよ、ガキ」


 コーネリアスさんの眼鏡が俺の頬に突き刺さっている。


「もしお前が入学を認められなければ、お前はここで一生奴隷としてタダ働きだ。何せ私はお前の人生を変える恩人になるかも知れんのだからな――それくらい、構わないな?」

「…………はい」


 断ったら、殺されるかもしれないと思った。


 ふんと鼻を鳴らしたコーネリアスさんに腕を強く引かれ、俺はバランスを崩す。


 ――魔法使いのくせにやたら力が強いな、この人!


 彼女は俺の袖を乱暴に捲り上げると、その力強さとは対象的な繊細な力加減で、俺の肘の裏から手首にかけてを杖先でゆっくりとなぞっていく。


 こそばゆすぎる。


 笑ったら殴られるかもしれないので黙って耐えていると、ふと異変に気づいた。

 杖が触れた先から、ピリピリした痛みと共に、赤く文字が皮膚に浮かび上がってきている。

 どれどれ……『入学許可を得られなければ、私はハートフィールド家の召使になる事を誓う』?

 俺が顔を上げると、コーネリアスさんはその整った顔に、捕食者のような笑みを浮かべていた。

 これほど恐ろしい上目遣いがあるだろうか。

 

 頼る人間違えたかな、俺……。


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