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31 女神伝説

 放課後の特別授業に向かう前に、塔にこっそりと寄ってみる。

 相変わらず立ち入り禁止ではあるが、構うものか。


 いざあのフロアへ立ち入ると……


 まるであの事件など何もなかったかのように、

 相変わらず古ぼけた部屋が広がっていた。



 杭や砕けた魔法石は残っていなかった。

 そしてあの――聖書のような本さえも。



(綺麗さっぱりだな……誰かが片付けたのか? 先生か、騎士団か……)



 胸にざらりとした感覚が残った。





 放課後の訓練場。

 ユーゴ先生は腕を組んで相変わらず気怠げな空気を纏っていた。



「護衛を蹴ったんやから、責任は取らなあかんで?」



 その隣では、紅茶のカップを片手に座っているエバ先生が、ふわりと髪を揺らして微笑む。



「勇気があるわよね、スナオくんは。先生、応援してるわ♪」



「まあ……自分で選んだことですから」



 苦笑しながらも、腹の底では本当にそう思っていた。



 ――マルクスとの一件があってから、訓練に身が入る。

 呪文の習得、無詠唱の魔法、魔力制御。


 どれも今まで以上に集中できた。



(何かあったときは――俺がどうなってでも、他の生徒は守らねえと)



 もともと俺は、ここに居るはずのなかった存在だ。

 なら、優先されるべきは、もともとこの世界にいる若者たちだと思う。

 ……多分。






 授業が終わってから、俺はふと気になったことを口にしてみた。



「ひとつ聞きたいんですけど……

 魔法を使えなくなる魔法、って存在しますか」




 エバ先生はそれを聞くと、顎の下あたりに人差し指を立てて考えるポーズをとる。




「うーん……

 魔法の出力を乱したり、抑えたりする魔法なら分かるけど、完全に使えなくするなんて話は聞いたことないわねぇ?」



 やっぱりか。

 じゃあ、あの杭の結界……あれは魔法じゃないのだろうか?



「あと……塔、じゃなくて図書館で、変わった本を見つけたんですけど、先生は知ってますか?」


「本? どんな?」


「古い文字で書かれていて、よくわからなかったんですが……表紙の雰囲気的に、聖書とか、ちょっと古典的な絵本っぽい……」


「ああ、もしかしたら……“女神伝説”の本じゃないかしら?」


「女神?」


「魔法使いたちの間に伝わる本よ。聖書ってのはあながち間違ってないかもしれないわね。

 古い写本で、ほとんど残ってないはずだけど……さすがアスタルディア、そんな本も抑えてるのね」



 エバ先生はころころ笑ってから話し始めた。



「昔、まだ人間が魔法を使えなかったころ、女神様が現れてね――

 選ばれた一族にだけ、血を――魔法を授けたって言われてるの。


 その女神の血を継ぐのが、今の貴族。

 だから魔法は“授かり物”であって、継承するもの……

 そういう伝説が残ってるの」


 挿絵の少女の姿が脳裏に浮かぶ。



(……じゃあ、何で俺は)



「……女神は、何故魔法をすべての人間に与えなかったんでしょう?」


「それはわからないわねえ……古い時代の資料は、あまり見つかっていないのよ。

 もっと魔法の研究が進めば、わかるようになるかもしれないわね」


「……スナオ。

 それなあ、中等部で習う内容やぞ。

 まさか。ほんまに知らんかったんか?」


 ぬっと現れたユーゴ先生に驚いて、思わず後ずさる。


「あらユーゴ先生、いいじゃない、ただのおさらいよぉ」


「別に叱っとるわけじゃあらへんけどな。

 ……よう聞いときいや、スナオ。ここで生きてくなら知識は必須やで。

 貴族の連中がいばっとる理由でもあるんや。

 知っとる側が、知らん奴を黙って見とるはずないからな」




 ユーゴ先生の言葉は、曖昧な脅しでも叱責でもない。

 ただの事実だ。避けようのない、この国の構造そのもの。


「スナオくん、気に病む必要はないわよ?」



 エバ先生が優しく微笑む。



「知らないなら、いまから覚えればいいだけだもの。

 あなたには、その余地がたくさんあるわ」



「……そういうこっちゃ」


 ユーゴ先生が腕を組む。


「知識は武器や。魔法より先に身につけなあかんもんもある。

 自分の身は自分で守りたいんやろ?」


「……はい」



 答えた声は、自分でも驚くほど固かった。


「じゃあ――明日も、特別授業がんばりましょうね♪」


「覚悟しときや、スナオ。逃げられへんで」




 俺は小さく息を吸い、二人に向き直った。




「……お願いします」




 訓練で疲れた体を引きずりながら、ぼんやり階段を下る。


 寮までの道のりはあと少し、と空を見上げた――その時。



(……ん?)



 視界の端に、

 何か過った……?


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