29 スナオ護衛隊
ミズカの肩を借り、塔を降りていると、
ロアに背負われていたマルクスがふいに眉をひそめた。
「……っ、……ここは……?」
ロアの背中でわずかに身じろぎし、半開きの目で前を見て――
先頭を歩く俺とミズカを視界にとらえた瞬間、驚きに目を見開く。
だがまだ朦朧としているのか、すぐに瞼の力が抜けた。
「……ミズカ……? 何で……お前が……ここに……」
「やっと起きたんだ。みんな私のことが気になるんだね~?」
ミズカは振り返り、まるで寝起きの子どもをからかうみたいに笑った。
「それにしてもさぁ、マルクス。
スナオをいじめるなら、もっと上手くやらなきゃ駄目だよ。
先生にはもうバレてるよ? あんな雑な遊び」
「……っ……お前……」
マルクスは言い返そうとしたが、言葉は続かない。
その代わりに、険しい視線だけがミズカに向けられた。
だがすぐに、彼は自分を背負っているのがロアだと気づいたらしい。
「ロア……」
どこか気まずさを含んだ声。
ロアは前を向いたまま、黙っている。
「…………」
目を合わせようとしない。
その横顔は、不機嫌とも緊張ともつかない硬い表情だった。
(……ロアは、マルクスと相性はあまり良くなさそうだな。
生い立ちが生い立ちだし……)
ふと、あの杭の装置の事を思い出す。
俺は口を開きかけ――やめた。
(ミズカがいる前で、あの代物の話をするのは悪手かもな)
喉元まで出かかった疑問を飲み込み、そのまま塔を後にした。
◇
保健室。
白い光が落ちる静かな部屋で、俺は椅子に座りながら、コーネリアス先生に包帯を巻かれていた。
ミズカは「何かあったら頼れって言われたから♪」と俺を先生に預けると、ロアとマルクスとともにどこかへ行ってしまった。
毒は先生の常備薬で解毒され、麻痺は殆ど落ち着いた。
(夜なのにわざわざ手当てしてくれるのはありがたいが、若干申し訳なさが勝つな……)
傷は魔法で治してもらったので大したダメージは残っていないが、後遺症が残らないように包帯に術が掛かっているようだ。
とはいえ、先生曰く“ちょっとした切り傷”程度らしい。
……だが、大なり小なり、こっちはたまったもんじゃない。
「……先生、ひとつ聞きたいんですが」
「何だ」
「学園内に、ヴォイドと内通しているスパイ学生がいる。
……それ、先生たちも知ってたんですか?」
コーネリアス先生の指が一瞬止まる。
そして、低く短く答えた。
「把握していた。特定も進めていた。
此度の件もある程度想定していた事象だった」
(何だって?)
「……じゃあ俺を囮にする気だったんすか?」
「囮とは言っていない」
さらりと言うな。
先生は淡々と包帯を止めると、続けた。
「本来であれば、当該生徒がお前の血を持ち出す現場を押さえる予定だった。
だが――お前がマルクスを倒したことで、追跡が中断した」
「……俺、死ぬかもしれなかったんですけど!?」
「結果として生きている。
それに、お前が倒したのだから文句はあるまい」
(……そういう問題じゃねぇ)
なんとも言えない虚しさだけが喉につかえた。
だが、言わなければいけないことはまだある。
「……先生。
スパイ、二人います」
コーネリアス先生の眉が、わずかに動いた。
「……二人、か」
「はい。間違いないです」
「随分な自信だな。根拠があるのか」
「まあ……ちょっと」
「……ならば、身の安全を一層優先する必要がある。
明日から対策を強化しよう」
「え……もしかして、また授業増やされるとか」
「その心配はない。とにかく、今日はゆっくり休め」
(どうだかなあ)
寮まで送り届けられ、俺はルームメイト達を起こさないように諸々を済ませ、
そのまま寝た。
――翌朝。
ルームメイト達と朝の支度をしていると、寮の部屋の扉がノックされた。
開いた瞬間――
ずらり、と。
制服を身にまとい、目元に仮面をつけた騎士たちが横一列に立っていた。
その格好には見覚えがあった。
(爆発事件の時に来てた騎士団……の人たちだ)
「……えぇ……」
理解するよりも先に、俺は思わず声が漏れた。
「スナオ・マヤの護衛に参った」
「以後、常に同行する」
「外出時は必ず我々が先導する」
「学園内も危険区域は回避せよ」
「何かあればすぐに申告を」
五人が順番に喋るので圧がすごい。
(……なんだこれ。悪目立ち確定じゃねえか……)
背後からはカイトの呆気にとられた声や、シエルの怯える声が聞こえた。
(確かにスパイ側も迂闊に手を出せねえだろうけど……マジかよ)
こうして俺の周囲は、一夜にして騎士団の仮面だらけになったのである。




