27 歪んだ末路
呪文を唱え終えた瞬間、マルクスの体がビクンと大きく跳ねた。
「……っあ、あ──っ、ぐ……っ!!」
喉の奥から絞り出されるような声。
けれど目だけは、まるで夢遊病者のように焦点が合っていない。
(……何だこの反応? 本当にこの呪文で合ってるのか?
それに……効きすぎてるような……)
マルクスが苦しむように痙攣する。
その表情は明らかに“喋りたくない”と言っているのに――。
口だけが勝手に、ゆっくりと動き始めた。
「……お、おま……えは……っ……き、危険……だ……」
喉が引きつっている。
声が、本人の意思と逆方向に引っ張られているみたいだ。
「どういう意味だ、危険って」
「い……い……っ……!!
──わざなしが、……魔法を使える、ならっ……貴族の立場は……ッ」
言い終わらないうちに、マルクスの瞳が揺らぐ。
瞳孔がぶれ、意識が波にさらわれているようだ。
「……っ黙れ……! 黙れ黙れ黙れ……!!」
声は拒絶している。
でも口は止まらない。
「……せ、先生……たち……の……話を……聞いた……
魔法を使わない盗聴器……誰も気付けなかった……」
(やっぱりあの会話を聞いてたのか)
「じゃあ、校舎の爆発──あれはお前がやったのか」
「ち、ちがう……っ……、
ぼ……僕達じゃ……な……っ……!」
(……僕達?)
途中で喉がひきつり、言葉がちぎれた。
そのまま別の言葉が漏れる。
「そうだ……ヴォイドが……お前を……狙っ……て……」
ヴォイド。
その単語を聞いた瞬間、思わず息を呑んだ。
巷で噂の魔法使い連続失踪事件──
その実行者であり、魔法を使えない人間達の過激派組織。
マルクスの目が苦しげに揺れた。
しかし口は止まらない。
「学校を……揺さぶれ……と……
中を……混乱さ……せ……」
「……貴族の癖にヴォイドと組むのか?
お前が一番嫌ってそうな奴らじゃないか」
俺が問うと、マルクスの顔に激しい怒りが浮かび
――次の瞬間、その怒りすら術に押し流されていった。
「っあ、ああ……っ……!!
しょ、庶民の……っ……わざなしに……
貴族の……何が……わかる……っ……!!」
声は怒りなのに、口調は不自然に滑らかだ。
本心で怒っているが、言い方は術の強制。
(酷い術だな)
「……なんでヴォイドなんだ」
マルクスの眼球が左右に細かく揺れる。
抵抗しようとしているのだろう。
でも口元だけは、ひどく滑らかに動く。
「……セレンが……潰され……る……
貴族社会は……逸脱を……許さ……な……い……
守れるのは……ぼ、僕……だ……け……ッ……!」
その瞬間、マルクスの首がガクンと仰け反った。
「……や、やめろ……っ……言わない……!
これ以上……い……っ……」
「……お前、さっき『僕達』って言ったな。
他にもいるのか? 協力者が……」
マルクスの目が一瞬だけ、明確に自我を取り戻したように見えた。
その直後。
「──ぁ、ぁあああああああああッ!!」
悲鳴とともに全身が痙攣した。床に爪を立て、背中が反る。
「が、ッ……!
……っ……言わ……っ……言わない……!!
こ、こんな……術……で……!!」
言葉は拒絶。
だが喉の奥からは、まだ何かが漏れようとしていた。
「ッ……っ……っぁぁ……」
(……いくらなんでも、やりすぎだ。
もう見てられない)
あとでミズカを問い詰めてやる。
術を解いた瞬間、マルクスは糸が切れたように倒れた。
荒い息をしながら、焦点の戻らない瞳で天井を見ている。
「……っ……僕は……間違って……ない……
セレンが……潰されるぐらいなら……
お前が……消えた方が……いい……」
その声だけが、唯一、本人の意思だった。
俺はただ、その言葉を聞きながら、動けない体で座り込んでいた。
(……これが本気で……誰かを守りたいと願った結果か?)
手が震えたまま、マルクスは静かに気を失った。
(体が動くようになるまでここを動けない。
……人が来たらどう説明すりゃいいんだ)
事件があって間もない。
見回りの先生や警備員なんかが来てもおかしくない。
……だが、悪い予感ほど当たるもんだ。
塔の階段を登ってくる足音が、徐々にこの階層に近づいてきていた。




