21 ラブレター・フォー・ユー
旧校舎の方角を見ると、既に修理が行われたのか、外側はすっかり元通りになっていた。
(魔法って便利だな~。普通の工事だったらもっと掛かるぜ)
専門家の技術、お目にかかりたいものだぜ。
ところで今から俺は、特別課外授業を受ける。
アーガンダル校長が直々に「今後、君はエバ先生とユーゴ先生の指導を受ける」と言ったやつだ。
「ミスター・マヤ! Welcome♪」
指定の部屋へ行くと、エバ先生が扉を開けてくれた。
「今日の授業の目的、先に言うわね」
エバ先生は指を折る。
「1つ。魔力を感じ取る力を伸ばす。
2つ。そうすることで、出力調整を上達させる。
わかったかしら?」
俺が返事をするより先に、低い声が飛び込んできた。
「3つ。無言詠唱でガード出す」
椅子にだるそうに座るユーゴ先生が、あくび混じりに手を挙げている。いたのか。
「無言詠唱って、上級者がやるやつじゃないんすか」
「せやな。お前が広範囲に張るんはまだ無理や。たぶん」
ユーゴ先生は少しだけ視線を落として、俺の胸元あたりを指さす。
「せやから、狭くてええ。
咄嗟に心臓だけ守れるようになっとき」
相変わらず、先生の声に感情はほとんど乗っていない。
なのに、妙に重みがある。
「とっても大事なことね! それじゃあ始めましょうか」
エバ先生が両手を合わせてにっこり微笑んだ。
ユーゴ先生はのっそりと立ち上がり、近づいてくる。
「まずは軽い確認や。スナオ、俺、見とったで。お前この前、上級生吹っ飛ばさせとったやろ。俺の目は誤魔化されへん」
「!? ……見てたんですか」
「そらな。決闘の時からお前には目ぇつけてたんや。
よぉ~やったなあ。ほなあの時使った呪文、今ここで撃ってみ」
「え、あれをですか……?」
「せや。で、今度はちゃんと制御して撃て。
たまたま上手くいっただけかどうか、見させてもらうわ。
俺があの的に適当な魔法当てるから、任せたで」
ユーゴ先生はゆるゆるだったネクタイを軽く締めなおすと、練習用の的――木製の人形に杖先を向けた。
とりあえず俺も先生に杖を構え、深呼吸。
「ほないくぞ」
先生の詠唱に合わせて呪文を呟く。
頼む、上手く行ってくれ!
「……《アンプリフィカーレ》」
先生の杖先が柔く光った。
そこからへなへなとした光線がゆったりと飛んでいき……木製の人形が、ぱちっと音を立てて弾けた。
……ほんの、爪先程度。
「しょぼ」
ユーゴ先生が即座に言った。
「あらぁ、ユーゴ先生の攻撃魔法が一撃でHIT! するなんて珍しいじゃないですか♪」
「せやな」
(そうなのか……)
「ではミスター・マヤ、私の言うとおりに練習してみましょう。そしたら今の魔法ももっと上手く使える筈です!」
エバ先生がウィンクしてポーズを決める。
……優しくお願いします。
◇
「おえぇぇぇ…………」
数十分後、俺は気持ち悪くなっていた。
エバ先生に手渡された水をゴクゴク飲み干す。
「魔力の流れを制御するって難しいでしょう? でも慣れたら気持ち悪さも無くなるわ。
どう? 魔法を使おうとしたときの魔力の流れ、感じ取れる?」
目を瞑って精神統一する。
確かに、何となく分かってきた。
何かが体を駆け回るような違和感。
時々ぞわりとした感触が腹の中に走り、思わず身震いする。
「年取ると、それ感じられへん人も出てくる。
そうなったら、魔法使いとしては下り坂や。感性は大事になぁ」
「その方がマシな気が……」
「あらぁ、感じ取れてたものが感じられなくなるってことは、力が無くなるって事よ。魔法が使えなくなっちゃうのよ?」
「まぁ……完全に使えんようになった、っちゅー話は聞いたことあらへんけどな」
「そうなんですか」
「……せやけど、元に戻った話も、あんま聞かんな」
ユーゴ先生がぼそっと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「じゃあ一旦休憩しましょう。ユーゴ先生の授業で♡」
「せやなあ。俺の授業はやさしーからなあ」
「……」
本当に思ってるんだろうか。
◇
「――ほな、構えろスナオ」
ユーゴ先生の合図で、俺とエバ先生は互いに杖を向ける。
エバ先生はもちろん、ユーゴ先生の代わりに攻撃魔法を仕掛けるつもりだ。
空気がぴん、と張り詰める。
「無詠唱いうんは、迷いを省く技術や。
集中せえ。発動条件が詠唱やなくて腕の動きになるだけや。しっかり合わせろ」
「……はい」
深く息を吸い、意識を前へと押し出す。
(詠唱せずに魔法を撃つ感覚、謎すぎる)
「いくで。エバ先生、弱めに頼むで」
「任せて♡」
ユーゴ先生が手を挙げた瞬間、エバ先生が呪文を唱えて杖が振られ、閃光が飛ぶ。
「――っ!」
ほぼ反射的に、教わった通りに腕を動かす。
だが、閃光はそのまま俺の髪を僅かに掠め、背後の人形の肩を砕いた。
「失敗やな。もう一回いこか」
「はい……」
まあ、最初から上手くいったりはしないか。ちょっと残念。
その調子で何度も繰り返すうちに、段々と先生のアドバイスの意図を読めてきた。
そしてついに――
ぱん、と小さな音が弾ける。
ごく狭い――指先ほどの範囲。
それでも確かにそこに“壁”があったのだろう。
エバ先生の放った閃光が、やっと軌道を変えた。
「……できた、のか?」
ほんの一瞬の出来事だったが、確かな手応えが残っている。
「今の、ガチで成功やで」
ユーゴ先生が目を細め、口元をわずかに上げる。
「範囲はちっさすぎて実用には程遠い。けどな――
無詠唱で形になった時点で、初学者としては上出来もええとこや」
エバ先生が拍手し、満面の笑みを向けてくる。
「Bravo♪ さすがスナオくんだわ。
今の、ほんの一瞬だったけど……魔力の出力がすごく綺麗だった」
「そうなんですか?」
「ええ。もっと練習したら、確実に上達するわ! ふふ、成長が楽しみね?」
エバ先生はふんわりした笑顔のまま、肩にそっと手を置いた。
「この調子で、少しずつ自分のペースで進んでいきましょう?
急がせたりはしないから」
ユーゴ先生が鼻を鳴らす。
「ほら褒めてもろてるうちに、もう一回やるぞ。
実戦やと一発で出せんかったら死ぬねんから」
「……はい!」
◇
それから数日は、放課後に授業を受けた。
(今日は上出来だったな……)
あくる日の特別授業が終わり、寮へ向かう道を歩く。
夕陽が傾き、長い影を落としている。
誰もいない廊下、教室を横に歩いていると、ふと少し前のことを思い出した。
(そういえば最近、ロアに会ってないな)
――そう思った矢先。
ばしゅっ。
目の前で、空気が裂けた。
「……っ?」
反射的に腕を上げる。
煙のような黒い粒子が散り、その中心から、焦げかけた一枚の紙がひらりと落ちてきた。
そのまま胸のあたりに、すとん、と収まる。
「何だ、今の……」
拾い上げると、紙の端は焼け焦げ、触れるとぼろりと崩れそうなくらい脆い。
だが中心だけは妙に綺麗に残っており、そこにたった一行。
『お前の正体を知っている 今夜 旧校舎へ来い』
心臓がひゅっと冷える。
紙の裏にも、余白にも何も書かれていない。
ただ、その一行だけが、焼け跡の中で異様に浮いていた。
(俺の正体?)
旧校舎。ついこの前、爆破されたあの場所だ。
修復が済んだとはいえ、未だに立ち入りは禁止されている。
そこに来い、と?
喉が乾く。
誰の仕業かなど、考えるまでもない。
(俺の正体って――この体のことか? それとも……)
……俺が転生者であることを知っている人物がいる?
(先生に相談するべきか?)
特別授業で世話になってるし、言えばエバ先生もユーゴ先生も動いてくれるだろう。
だが、どうするにせよ。
「……向かわないって選択肢は、ねぇか」
声に出すと、腹の底が少しだけ決まった。
逃げたところで、相手が諦めるとは思えない。
むしろ、もっと悪い形で来られる可能性すらある。
だったら、
――自分から行くしかない。
拳を握り、細く息を吐く。
落ちた紙は、指の間でひらりと崩れ、灰になった。




