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1 わざなしと魔女

 水面に反射した自分の顔を見て、俺は驚いた。


 一瞬、いや今でも信じられなかった。

 転生すると言っても、どこぞの知らない世界の、見知らぬ赤ん坊あたりに憑依するのが関の山だと思っていたからだ。


 だが、驚愕の表情さえ最高にクールなその顔は、

 ――俺の理想を片っ端から詰め込んだ、まさしく俺のゲームアバターの生き写し。


 頬、顎、頭、あらゆる場所を触っては引っ張ってみたが、触覚も痛覚もしっかりある。

 胸に手を添えれば、心臓だって動いている。


 俺は……ゲームの世界に転生してしまったのだろうか?

 いや、まさか。

 先刻、俺を『異世界転生装置』なる胡散臭いメカでこの場所に送り込んだ筈の博士は、確かに天才だ。

 だが、彼はその人知を超えた発明を成し遂げる程には根っからの発明オタク。

 故に、ゲームにはとことん疎いはず。

 俺の影響で多少の知識は得ていたとしても、俺の背中越しに覗き込んだ画面に映る程度の世界しか知らないことは想像に容易い。

 だから、俺がプレイするゲームの世界を作って転送するなんて手の込んだ真似、するわけがない……いや、案外そうしたからこそ、こんな事になっているのか?


 ……いや、博士が居ない今、考えても仕方が無い。

 まずは情報を集めなければ。

 ここが安全な場所かもわからないのだから。


 改めて周囲を見渡す。

 何の変哲もない、森の開けた空間。とはいえ、多少人の手が入っているのか、荒れている様子はない。

 日が沈み始めているのか、それとも明け始めているのか――マジックアワーというやつか? 空は朝焼けのように薄暗く、綺麗な紫がかった色に染められていた。

 異世界と言い切るにはあまりにも判断材料が少ないが、言われてみればどこか元の世界には無いような清涼感というか……なんだか力が漲ってくるような、そんな感覚も無くはない。

 ……プラセボ効果というやつかもしれないな。


 澄んだ美しい泉には、小魚が泳いでいるのも確認できる。

 メダカでも泳いでいればここが地球だと思えたのに、魚の知識が寿司レベル止まりの自分を恨んだ。


(……それにしても、俺、イケメンすぎるだろ……)


 憂いを帯びた真紅の瞳。

 月明かりが照らす夜のように艶やかな黒髪。


 男だが思わず見惚れてしまう。

 色んな表情をしてみたり、色んな角度から見てみたりするが、360°俺の理想の姿……。


(うん、悪くない……)


 メタバースにハマる人々、あるいは生まれながらの美貌を持つ人々が、鏡の前で楽しげにしている気持ちも分かるというものだ。


 実は俺には女性アバターのテンプレもあるのだが、俺は女NPCとゲーム内でイチャイチャしたい気持ちが強い為、基本的には男性アバターを選んでいる。

 もし逆に女性アバターを常用していたらなら、俺はこの世界で黒髪の美少女として生まれた可能性もあったのだろうか。

 いやはや惜しいことをしたかとも思ったが、それを考慮してもかなり、良い。


 何なら、最高に近いかもしれない。


 もしこの世界に美女が存在するならお近づきになれるよう――いやこの世界について知ることに協力してもらえるよう、キメ顔の練習でもしておこうか……。


 ――ヒュンッ。


 水面に映る俺の髪が、凪いだ。

 四つん這いの俺の頭上を、何かが掠めていったのだと、軌道を目で追いながら少し遅れて理解した時には既に、俺の体は吹き飛ばされていた。


「ぐはッ……!?」


 背中に強い衝撃。肺を潰されるような息苦しさ。

 重力に引かれるまま、俺はずるりと床に倒れ伏す。

 幸い、怪我をするほどではなかったが――。


 激しく咳き込みながら、俺はただ呆然とする。

 ――まるで頭が追いつかん。


 何が起きた!?


 周りには何かが飛んできた形跡はない。壊れた跡もない。

 見えない力に吹き飛ばされた、そうとしか言い表せない。


「何をしているのかしら? ここは立入禁止の筈ですわよ」


 突如として聞こえてきた人の声に、俺は驚いて視線を移す。


 ……美少女が、居た。


 手入れのよく行き届いた、ウェーブが掛かったつややかなロングヘア。

 包み込むように優しげな淡い紫色が、薄暗がりの中できらきらと美しく輝いている。

 水晶玉のように透き通り、髪色よりも秘めたる強さを感じさせるバイオレットの瞳は、得体の知れない男を警戒してか、どこか冷たさを帯びていた。


「げほっ……あ、あんたがやったのか、今の……?」

「ええ。ごめんなさいね? 最近この辺りに、黒尽くめの不審な人間が現れると聞いているものですから」


 黒尽くめの不審な人間、か。

 確かに――この体は、真っ黒な黒いローブ一枚を身に着けているだけで、しかも裸足。

 髪の黒さも相まって、全身黒尽くめの不審な男呼ばわりされても仕方ない。


「……残念だが、俺は今日初めてここに来たんでな、人違いだろ。それに他人に危害を加えるつもりは無い」


 俺はなるべく刺激しないようゆっくりと体を起こし、ぶつかった場所を背に座り込んだ。

 どうやら大きめの木に向かって投げ飛ばされたらしい。

 どうやったのか知らないが……。


 女はじっと俺の顔を見ている。

 何だ? まさか俺の美貌に見惚れてしまったのか……?

 いや、絶対違うな。明らかに不審者を警戒している目つきだし。


「そう……ところであなた、どこかでお会いした事がある?」


 ぎくり。

 もしかして、この体の知り合いか?


「……いや、知らないな」


 一旦誤魔化す。

 どうか思い出しませんように。


「制服を着ていないとなると、アスタルディアの生徒ではありませんわね」


 生徒――そういえば、俺は完全に生前の年齢のままでいたつもりだったが、よく思い返してみれば、この体は恐らく10代後半から成人して間もないくらいの見た目だ。

 という事は、俺は学生である可能性も十分あるという訳か。

 顔が良い上に若い。

 ……なかなかに幸先が良い。


 美少女は先程よりは警戒を解いてきたのか、俺の方に向けていた腕の位置を少し下げた。


 突然の出来事に驚いてあまりよく見ていなかったが、彼女の手の先には短い杖らしきものが握り込まれている。


 ……見えない力……杖……。


「あんた、魔法使いなのか!?」


 全ては繋がった!!!!

 なんてこった。この世界は魔法があるのかよ!!

 俄然楽しそうじゃねーか!!

 この美少女が魔法使いなら、魔法使いのなり方を教えてもらえれば、俺も魔法を操れるようになるかもしれない。

 いいぞ、ワクワクしてきた。


 しかし、期待に反して彼女は、怪訝な顔でぴくりと眉を動かした。


「当然。あなたもそうではなくて?」

「いや、俺はただ……初めて、見たもんだからさ」


 その瞬間、ピリッと空気が張り詰めたのが分かった。

 俺は思わず身構える。


「……あなたまさか、わざなし(ノーデミ)なの?」

「わざなし?」

「とぼけないで!」


 彼女は下ろしかけていた腕を振り上げ、素早く杖を俺に向けた。

 その目は警戒心と敵意に満ちている。


 ……まずい。

 明らかに臨戦態勢だ。


「どおりで――教育のなってないお方。貴族には敬語を使えって、誰からも教えて貰えなかったのかしら?」

「すまん、知らなかったんだ……申し訳ない。ええと……」

「――<ディスプロード>!!」


 美少女が雰囲気のあるカタカナ語を発すると同時に、杖先から白い閃光が迸った。

 閃光は俺の腕を掠め、背後の木に着弾し小爆発を起こす。


「痛ってぇッ!?」


 思わず腕を庇う。

 血が出ている……!!


 俺は血の気が引く思いがしたが、それは相手も同様だったらしい。

 彼女も、ただでさえ白い肌を一層青ざめさせていた。


「あなたが魔法使いなら、対抗して見せた筈。どうやら本当に魔法が使えないみたいですわね?」


 美少女は、これが弁解の最後のチャンスだと言わんばかりに俺を睨みつける。

 しかし魔法なんぞ生まれてこのかた使ったこともない。この体が魔法使いのものだったとしても、肝心な中の俺は使い方なんて知らないんだぞ。

 だからといって、あっさりと肯定してしまうのもマズイ気が……。

 俺が逡巡している内に、美少女はまるでコルセットの締め過ぎで気絶する中世貴族のように、くらりと立ち眩みを起こした。


「なんて事……! 信じられませんわ、わざなしと口を利いてしまったなんて!!」


 しかし彼女は顔色を悪くしながらも崩れた姿勢をスッと正すと、再び俺に向けて杖をピシリと向け直す。

 そして……せせら笑った。


「どんな卑劣な手段を使ってここまで辿り着いたか知りませんけど、ちょうど良かった。

覚えたての転移魔法で、この私直々に、わざなしの暗黒街へお送りして差し上げますわ」


 転移魔法って、テレポートする的な事か!?

 待てよ、暗黒街なんてあるのかよ。嫌な予感しかしない。


 美少女は一歩踏み出し、杖先で狙いを定める。


「覚悟なさい。――もっとも、体のパーツがすべて繋がったまま移送出来るかは、私の腕に掛かっているのですけれど。おーっほっほっほっほっ!!!!」


 どこの悪役令嬢だよ、と突っ込みたくなる高笑い。

 まずい、走ってでも逃げなければ。だが、ダッシュなんかで魔法、恐らく飛び道具に対抗できるのか?


「……くそっ!!」


 俺が背を向けて逃げ出そうとした瞬間、美少女が叫んだ。

 思わず振り返ると、美少女の後ろから何者かが抱きついている。

 目を凝らすと……美少女よりも背丈の小さな、また別の少女のようだった。


「セレンさん待って! その人、私の友達なの……!」


 飛び出してきた少女は、杖を構えていた美少女――恐らくセレンという名なのだろう。

 彼女の腕を掴んで、杖の標準を無理やり逸らそうとしている。


 彼女は困惑した表情を浮かべて、少女の肩を掴んで引き離した。


「あなた……着いて来るなと言ったでしょう!?」

「ご、ごめんなさい……でも、やっぱり1人で行かせるのは心配で」


 セレンの叱り飛ばす声に萎縮するように、少女は肩を縮こまらせたが、そのうち俺が再び走り出そうと決意するよりも早く、俺めがけて駆け寄ってきた。


「教会へ行く道はこっちじゃないって、何度も言ったよね……!」

「教会? 何のこと……っていうか、俺の事知ってるのか?」


 彼女にだけ聞こえるよう、すがる思いで尋ねる。

 しかし、儚くも俺の淡い期待は崩れ去った。

 その証拠に、彼女は小さく背伸びすると、俺の耳元にそっと顔を寄せて――


「私はユキホと言います。知り合いのフリをして」


 と囁いた。

 しかし、事情はわからないが、この際助けてくれるなら何でも良い。俺は頷く。

 俺はコクリと頷き、降参の意を込めて両手を上げた。


「悪かった。俺、この辺で迷ってたんだ。出口が分かればすぐ出て行くから、見逃してくれないか」


 セレンはぐっと悔しそうな表情を浮かべて、ユキホと名乗った少女の方を睨む。


「あなた、”わざなし”に知り合いがいたのね」


 少女――ユキホはビクッと肩を震わせたが、俯き加減に彼女に答えた。


「……ごめんなさい……」


 ……何だか申し訳なくなってきた。

 二人の関係の邪魔をしてしまった気がする。

 とはいえ、俺にはどうすることも出来ないし――というか、俺は何もしてないけど。

 俺のためにケンカしないで! とヒロインさながら仲裁したくとも、事情を知らない俺には何も言えることがない。


 全く、俺は一体全体何に巻き込まれてしまったんだ。

 恨むぜ、博士……!


 やがてセレンは溜息を吐いたあと、腕を組みふんと鼻を鳴らした。


「いいわ。10分だけ時間をあげる。それまでにここから出ていきなさい」

「あ、ありがとう、セレンさん……!」


 かくして、俺は少女のお陰で逃げる猶予を与えられたのだった。

 笑顔を浮かべた少女は、俺の袖の端をクイと摘むと、


「着いて来て」


 そう小声で呟いた。

 俺達はセレンを背にして、森の小道を二人小走りで駆け抜けていった。



 夕焼けの時間はあっという間で、いつしか空は澄んだ濃紺に染まっていた。

 アンティークな雰囲気の街灯が、なかなか幻想的に周囲を照らしている。


 無事、白く高級そうなフェンスの外に出た俺達は、ほっと一息ついた。


「ここからは敷地外なので、誰かに注意されることは無いと思います。もう勝手に入っちゃダメですよ」


 街灯の下で、少女の姿が優しく照らされていた。

 オレンジ色の短めの髪に、細く束ねたツーサイドアップ。

 まだ幼さの残る顔立ち。よく晴れた昼空と宇宙の境目のようなブルーの、光をよく取り込みそうな輝く瞳。

 少し息切れしていたが、明るく微笑むその顔は純朴で、きっと心優しい少女なのだろうと一目で感じさせる。


「悪い、助けてくれてありがとう……ええと、ユキホさん」

「いえ、全然、良いんです。……あっ、ついでに怪我、治します!」


 彼女はカバンから杖を取り出すと、俺の傷に杖先を向けて咳払いした。


「癒えよ――<サノ・ウルネリス>」


 傷口が柔らかい光に包まれたかと思うと、みるみるうちに傷が修復されていく。

 多少の傷みは覚悟していたが、特に痛みや温度は感じられなかった。

 あっという間に、俺の腕は元通りになっていた。

 触ってみるが、傷跡も無く、しっかりと塞がっている。


「おお……すごいな」

「これは小さい傷しか治せない呪文ですし、そんなに大した事じゃないですよ! ……えっと……」


 ユキホさんは感心され慣れていないのか、顔を赤らめて両手をぶんぶん振っていたが、ふと手を止めると、俺の表情を伺うように見上げた。

 恐らく何と呼べば良いのか分からないのだろう。

 だが、俺もこの体の名前は知らないのだ。


「俺は……とりあえず、スナオって呼んでくれれば反応するから」


 彼女は一瞬珍しい、とでも感じたかのような表情を浮かべたが、すぐに微笑み、


「ふふ……素敵な名前」


 ……と呟いた。

 くそっ、俺には照れ臭すぎるセリフだ。


「……スナオさんは、”わざなし”なんですか?」

「それが、よく分からないんだが……わざなしだの”ロギア”だのって一体何なんだ?」


 ユキホさんは、言葉の意味が分からない子どものように、きょとんと目を丸くしていた。



 とりあえず、ユキホさんには以下のことだけ伝えた。

 元々別世界に住んでいたが、目が覚めたらこの世界にいたこと。

 そして別人の体になっていたこと。

 だから、この世界の常識や仕組みを、全く知らないということ。


 彼女は驚いた様子で俺の話に耳を傾けていたが、その目はどこか未知への好奇心に輝いているようにも見えた。

 ユキホさん曰く、別世界云々はよく分からないが、今までそんな人がいたという話は見たことも聞いたこともないという。


 だが、そんな突拍子もない話をしたら、周りの人々はまず信じてくれないだろうし、酷ければおかしな事を言う狂人扱いされるかもしれないという事で、この事は一旦二人だけの内緒にすることにした。


 ついでにダメ元で、この世界についてもっと詳しく教えてほしいと彼女に頼んでみたところ、ありがたいことに、彼女は快く受け入れてくれた。


「わざなしは、魔法を使えない人の事です。この世界の人間は2種類に分けられていて……魔法使いの血が流れている人は、基本、生まれつき魔法が使えるんですが、その血が流れていない人は魔法を使えないんです」


 近くの広場のベンチに座り、彼女は俺に親切に世界の事を語り始めた。


 前世(?)ではついぞすることのなかった放課後デート(もう夜だが)をしているようで、少々気分が上がる……いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。


 どうやらこの世界では、魔法を使える者の方が幅を効かせているようだ。

 特に、純血の者やその中でも貴族の者は、わざなしに強い差別意識を持っている者も少なくない。


「じゃあさっきの女は、純血魔法使いの貴族ってことか」


 ユキホさんがこくりと頷く。


「あいつと一緒に居た所を見るに、ユキホさんも魔法使いだろ? どうして助けてくれたんだ?」


 ユキホさんは少し悩む素振りを見せたあと、


「私は魔法使いとわざなしの混血だから、特にわざなしを邪険に扱う理由もないですし……それに、セレンさんに人を傷つけて欲しくなかったから……」


 と、膝の上で拳をきゅっと握りしめた。

 ふふふ、友達の為か。いじらしい子だ。


「いい子だなー、ユキホさん」

「そ、そんな事ないです! 私はただ、魔法が好きなだけのしがない混血です……」


 段々と声のボリュームを小さくしながら卑下する所に、なんだか学生時代のぼっち経験者として妙な親近感を感じる。


 彼女の名はユキホ・ディア・ハートフィールド。

 魔法の勉強が大好きな15歳の混血魔法使い。身長は158センチ。

 約1ヶ月後にはアスタルディア魔法学校という、魔法学校の中でも超有名な学校への入学を控えている。

 アスタルディアの教師達から魔法を学ぶのが憧れだったらしく、心待ちにしているようだ。

 小さい頃からドジでのろまだとよくからかわれる事があるらしく、彼女が時々見せる内気そうな態度は、そういった経験から来ている事が伺えた。

 まったく、無害な人をそうやってコケにするようなアホな奴は、どこの世界にもいるものだ。

 ある日、悪ガキに魔術書を取り上げられて困っていた所、セレンが助けてくれて以来、教会へ毎週一緒に通うようになったという。

 先程はその教会のお祈りから帰るところだったらしい。

 趣味は読書、編み物……。


 どうやら彼女はあのセレンとかいうお嬢様を好意的に見ているようだが、

……俺には何が良いのかさっぱり分からんね。

 まあ、悪ガキどもからユキホさんを助けたというのは確かに善い行いではあるけども。

 貴族だか何だか知らないが、血統がどうとかで人を差別する人間なんて碌なもんじゃない。

 しかしそれらが事実だとして、何故混血のユキホさんと教会に通ったりするのか……。

 

 そう思う一方、ユキホさんの話す姿を見ながら、どことなーく弱った子犬を撫でたくなるような、そんな気持ちをぐっと堪えていると、ユキホさんは手をもじもじさせながら俺を見上げて口を開いた。


「そうだ、スナオさん。もし良かったら、これから私の家に来ませんか……?」


 !?


「え……」


 俺が驚いていると、ユキホさんはハッとしたあと、顔を赤らめ慌てて否定するように手を振った。


「あ、へ、変な意味じゃなくて……!! あの、えっと……!!」


 あっ、まずい俺が固まってしまったせいで、初対面トンデモ勘違い男と思われただろうか!?

 誤解なんですユキホさん、悲しいかな、あまりにも言われ慣れていない言葉に、ちょっとドキッとしてしまっただけであって! ああ、涙が出てきた……。


「いやぁ、ハハ、もちろん分かってますとも。麗しい女性陣からよく言われますから、見分けはついています。安心してください」


 カチコチの表情筋を軋ませて歯を見せ笑ってみるが、自分は何を言っているんだろうと自省の念が強まっていき、俺は静かに視線が段々と遠くなっていくのを感じていた。


 しかし幸か不幸か、ユキホさんはいつのまにか名探偵のように口元に手を添えながら別のことを考え込んでいて、俺の渾身の言い訳は耳に入っていないようだった。

 ……なんか滑ったみたいになっちゃった……。


 みたいじゃなくて、滑ったんじゃろうが……

 ――現実を突きつけてくる嫌なイマジナリー博士の幻聴がする。

 やかましいと肩を落とす俺をよそに、彼女はふと俺の顔を見上げた。

 すると、意外にもこう言ったのだ。


「……もしかしたら、あなたが何者なのか、分かるかもしれません」


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