17 まもりたいひと
「貴方、何の用かしら」
セレン……一応助けてやったのに、相変わらず大層な口だ。
まあ別に恩を売る気は無いから良いけど……。
「ロアが心配してたぞ。どっか行くなら連絡してやれよ」
「ロアが?」
セレンは意外そうな顔をした。
ユキホはさっきの3人の方を気にしている。
「あの人たち、動かないけど大丈夫かな……?」
近づいて様子を見てみる。
――死んではないが気絶している。かすり傷も出来ている。
「大丈夫そうだ。けど、起きて面倒な事になる前にずらかろう。
にしても、なんなんだ? あいつらは」
「私があの人たちに杖を折られちゃって……セレンさんはたまたま通りがかって、助けてくれたの」
セレンは腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
「相手が誰だろうと、他人の杖を折るなんてマギアとしてどうかしてますわ。
杖泥棒も、同罪ですわよ」
セレンが俺を睨みつける。
とはいえ、上級生らに向けていたような強い敵意は感じない。
「あーもうわかったわかった、返すよ。……でも、そんなに大事なら何で取り返しに来なかったんだ? てっきり、取り返しに来ると思って待ってた所もあるんだが」
セレンが図星を突かれたように固まる。
「セレンさんは落ち込んじゃってて……」
「ユキホ! 余計なことを言わないで頂戴!」
「あう、ごめんなさいぃ……で、でも、セレンさん、無事で良かったぁ……!!」
ユキホが目を潤ませてセレンに抱き着く。
セレンは驚いた表情を浮かべたが、泣きじゃくるユキホを見て、憂い気に目を伏せながらユキホを優しく抱きしめ返した。
……なんだよ、そんな顔も出来るのか。
「何か邪魔したな。ロアに無事だったって報告しておく。ユキホの杖、お前がどうにかしてやれよ。第一発見者なんだし」
「お待ちなさい」
足を止める。
「さっき、貴方、魔法を使いませんでしたこと? 私に向かって」
「なんだ、気づいてたのか」
「ありがとう」
思わず二度見する。
セレンは横目で相変わらず俺を睨みつけていた。ユキホは彼女に抱かれながら、ぽかんとした顔をしている。
「……スナオくん! セレンさんね、スナオくんのことちゃんと認めてくれたんだよ。決闘に勝ったから、スナオくんは混血で、本当に魔法を使えるのかもって――」
「ユキホ!!」
ユキホがびくりと肩を震わせる。
「いいですこと? 私が認めたのはあくまで貴方が混血であることだけですわ。ルールは絶対ですもの。貴方が魔法を使えるかどうかまでは、まだ……!」
「そうか。それだけ聞ければ十分だ。ありがとな、セレン。ちゃんと覚えててくれたんだな」
「あ、ありがとうと言われる筋合いは無いですわ~~!!」
セレンは顔を真っ赤にしてムキになっている。
……照れてるのか怒っているのかよく分からん。
「今までの事は水に流そう。俺は貴族とか血がどうとか、魔法が使える使えないとか興味無い。頼むから放っておいてくれ」
俺がカッコよく立ち去ろうとすると、魔法だろうか、突如襟首を掴まれ引き寄せられる。
「ぐぁっ!?」
「まだお行きなさいとは言ってませんことよ! ちょっと確認させなさい!」
「んだよ、だったら普通に呼び止めればいいだろ!」
「あ、流石私の杖ちゃん。安定出力ですわね。最高に馴染みますわ~!!」
「聞けよ」
セレンは高笑いしながら杖を振り、動きに合わせて俺も空を振り回される。
酔いそう。
「セレンさん、やめてあげて……確認したい事って何なの?」
ユキホがセレンの袖を引くと、襟首を掴まれる感覚が瞬時に消え、俺は地面にべちゃりと這いつくばった。
「さっき貴方がかけた魔法……ちょっと気になることがあるんですの」
セレンが俺に杖を向ける。
「何だよ、変な事はしてねぇぞ……呪文だって教科書に載ってるやつだったし」
まあ、使うのは初めてだったし、発音も曖昧だったが。
セレンが怪訝な顔で何か呪文を呟くと、杖先が青白く光った。
まるで俺の体をスキャンするかのように、光で体をぐるっとなぞられる。
「ユキホ……セレンが何してるか教えてくれ」
「これは……魔力の型を調べてるって言えば良いのかな。誰にでも分かるように例えるなら――血液型を調べるのと同じだよ。安心してね」
「一年生がそんな呪文使えるのか?」
「人に寄るけど、初心者だとしても相性のいい型だけなら分かる場合が多いよ。分からない時、つまり相性がいい訳じゃない型だと、さっぱりだったりもするけど……セレンさん、何かわかるかな」
「二人とも、静かにしてくださる!? 集中が削がれますわ!」
俺とユキホはセレンの顔を見上げる。
「……そう。そうですわね。思った通り、非常に気に入らない結果ですわ」
セレンは眉を寄せて息を吐いた。
「けど、この結果を貴方達に教える義務は無いですわ。せいぜい気にしているといいですわ、おーっほっほっほっほ!!」
「相性でも良かったか?」
セレンが固まった。
まさか……図星なのか?
「貴方と私の相性が良い!? 失礼すぎますわ! 撤回しなさい!!」
「お前が気に入らない結果といったら、それしかないだろ」
「本当!? あ、だからさっき、杖が無いのにあんなに綺麗に魔法が出たんだね。すごいよ、二人とも!」
「ああーっ!!」
セレンが今にも発狂せんばかりに頭に手を添える。
ぐしゃぐしゃに乱したりしない辺り、貴族としての理性が伺える。
「変だと思ったんですのよ……杖ナシで魔法が出るなんて。てっきり貴方が全部やったのかと思ったんですけれど、それもありえない話ですし……」
「俺はサポートしただけだぜ」
俺だけの手柄だったらここぞとばかりに恩を売ったって構わないんだがな。
「未だに信じられませんわ……!」
どこから取り出したのか、セレンはハンカチを噛んでいる。
「調べ終わったならもういいだろ。セレン、お前本当は優しいんだから、血がどうとか言ってないで皆と仲良くすれば良い。でも、もう俺には構うなよ」
埃を払って立ち上がる。
セレンは不思議と複雑そうな表情で黙っていた。
「ロアから何か聞きましたの? 貴方に心を開くとは思いませんでしたけど……」
「そういえば忘れてた。ロアがお前の味方になってやれって言うもんだから、それで良いかどうか確認しに来たんだった」
「何ですって!?」
「お前が貴族に拘り過ぎておかしくなってるって言ってたぞ。本当は気にしない奴なのにって」
ユキホが驚いた顔をする。
「そ、そうなの?」
「……あの子がそう思っているだけですわ。昔少し手助けしてあげたのを、そうやって解釈しているだけで――」
言い淀むセレンを見て、思わず口を挟みたくなってしまった。
「別にお節介するつもりじゃないけどさ……俺は俺に良くしてくれる人たちの気持ちを、そうやって歪ませるのは好きじゃない。お前はそれで良いんだろうけどな」
セレンが苦し気に睨む。
「私が貴族でさえなければ、私だって……!」
「……ずっと味方でいられるかは分かんねえけど、俺は身分とか血統とか気にしない。お前もその気があるなら、ロアの言う通り、協力してもいいと思ってるよ」
セレンの指が、ほんの一瞬だけ震えた。
胸の奥で何かがほどける感覚――それを自覚した瞬間、彼女は慌てて表情を作り直す
「な、何を……っ! 負けた私にそんなことを言うなんて、無礼にも程がありますわ!!」
声は怒っているはずなのに、どこか上ずっている。
「事実を言っただけだろ」
「だ、だからそれが悔しいんですのよ!! 貴方なんかに……っ」
「セレンさん」
ユキホが口を開いた。
「私……混血だけど、セレンさんが良ければ……もっと仲良くなりたい。スナオくんは私とも 友達なの。だから、皆で仲良く出来たら、その……嬉しいな……」
ユキホの小さな声が、中庭の静けさに落ちた。
セレンは一瞬だけまばたきを忘れたように固まった。
混血という言葉に否定も嫌悪も示さず、ただ、戸惑ったようにユキホを見つめる。
「……簡単に言いますわね、貴方。
私が、立場など気にせず誰とでも仲良くできると……本気で、そう思っていて?」
それは拒絶ではなく、自嘲に近い。
ユキホは不安げに指をからめながら続ける。
「うん……セレンさん、本当は優しい人だから……。
混血とか、貴族とか、そういうのが全部なくなったら……もっと仲良くできるんじゃないかなって。そうだったらいいなって……」
何かを言おうとしているのか、セレンの唇が震える。
「ほら、お前、さっきも混血だろうが関係なく庇ってただろ。
あれが本音なんじゃないのか」
セレンの視線が刺さる。
怒っているように見えるが、恐らくそうではない事は薄々分かる。
「わ、私は……っ。
私はただ、貴族として、魔法使いとして恥ずべき振る舞いを見過ごせなかっただけですわ!
決して、私情などでは――」
「だったら何で庇ったんだよ。
身分を気にしてる奴が、わざわざ自分を危険にさらすかね」
セレンは、否定しようと口を開きかけたが――何も出てこなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがてセレンは、ほんの少しだけ視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……もし、その……立場の異なる者同士、仲良くするというのなら……」
声がやけに弱い。
いつもの強気さが薄れている。
「わ、私が……努力してみる価値は、あるかもしれませんわね……」
ユキホの顔がぱぁっと明るくなった。
「決まりだな。じゃあ――」
「お待ちなさい! 誤解しないでくださいまし!
努力といっても、貴方達と四六時中つるむなど絶対にお断りですわ!
それに私は事実として、貴族ですのよ!? 歩み寄るのは……その……必要最低限だけですわ!」
真っ赤な顔で早口になるセレン。
だがその表情には、さっきまでの拒絶の固さはもう無い。
「はいはい、必要最低限な……」
「……ッ!!」
しまった、顔に信じて無さが出てしまったか。
セレンは手をプルプルさせていた。
ユキホが嬉しそうに笑う。
「えへへ……セレンさん、やっぱり優しいね」
セレンは額に指先を当てながら、震える声でつぶやいた。
「……ほんとうに……面倒な人達ですわね……ッ!」
本当に、素直じゃない奴である。
◇
「くそっ……セレン……愚かだ……!」
マルクスの視線の先には、スナオ、セレン、ユキホの3人がいる。
元から調子に乗りやすい女だとは思っていた。
だが、まさか混血――それもわざなし疑惑の掛かっている男に絆されるなんて。
そして、こうしてコソコソと彼らの動向を追っている自分も許せなかった。
セレンの隣にいるべきは自分であり、その逆もまた然りなのだ。
にも拘らず――!
「ねえマルクス」
マルクスはぎくりとした。振り返ると、にやにやとした笑みを浮かべたミズカがいる。
「なんだ、ミズカ。いつからそこにいた」
「こっちの台詞だよー。気づいたらマルクス、ここにいたんだもん」
マルクスは眉をひそめた。この女の言うことはいつも胡散臭い。
ただセレンの親友だというからこうして話につき合うこともあるが――どうもこの笑い方は、いつまでたっても好きにはなれそうになかった。
「ふん、たまたま通りがかっただけだ。もう行く」
立ち去ろうとしたマルクスを、後ろからミズカが両手で抱き寄せた。
耳元に息が吹きかかる。
「待ってってば。……面白い話があるの」




