16 そこで何してる
談話室でロアを待っていると、静かな足音が近づいてきた。
(……来たか)
扉が開く。
おもむろに顔を上げると、ロア1人だった。
セレンの姿は無い。
「どうだった? セレンは?」
尋ねると、ロアはかすかに首を横に振った。
「……いない。部屋は空っぽ」
「は?」
予想外の答えに、俺は思わず立ち上がる。
「最後に見た時の様子は? ここ数日、あいつどうしてたんだ」
「ずっと寮に引きこもっていた。授業も、水晶で遠隔受講。実技は見学。食事も食堂ではなく部屋で。
……人前に出るのを嫌がっていた」
ロアは僅かに青褪めている。
「急にいなくなるなんて……ありえない」
「落ち着けって。回復して元気になったのかもしれないし」
ロアは否定も肯定もせず、ただ短く言った。
「探しに行く。あなたも、もし見つけたら連絡して。……お願い」
そう言い残して、ロアはローブを翻し、颯爽と去っていった。
無駄にサマになっている。
「お、おい……女子トイレとか風呂場とか、ちゃんと探したか?」
もういない。
返事すら聞かずにいなくなるなよ。
有無を言わせろ、有無を!
……だが、ここまで来て“いませんでした”で帰れるか。
仕方なく俺も、人の少ない場所を探して歩き出す。
奇しくも最近は人目を忍んで活動していたからな……。
周りの目を気にする奴がどういったルートを利用するかは、おおよそ見当がつく。
(ロアが心配しすぎなのか、俺が楽観的すぎるのか)
ロアの不安げな表情を思い出して、ふと不穏なワードを連想した。
(魔法使い失踪事件……)
まさかな。
ここは学校だし、先生達もいる。
急に寮からいなくなったとて、少し外出してると考えるのが自然だ。
この学校はかなり広大だから、当てがなければ探すのも一苦労だろうが……
きっと見つかるだろう。
◇
校舎裏の回廊を抜けると、広い公園のような中庭に出る。
その奥、建物の影で死角になったあたりに、二つの影が見えた。
(あれは……ユキホ? と、……セレン!?)
心配とは裏腹に、あっけなく見つけてしまった。
やっぱりセレンだ。あの髪、あの着こなし、他にいるわけが無い。
にしても、ユキホと何をしているんだろう?
こっそり近づいてみる。
状況を理解するのに、そう時間は掛からなかった。
(誰だあいつら……?)
セレンはユキホを庇うように、彼女を背にして立っていた。
向かい合っているのは、三人の……恐らく上級生。
肌を刺すような緊張感が張りつめている。
「混血風情が学校にいるなんて恥知らずにも程があるわよ」
「関わってるだけで同類だと思われるわ。セレンさん、貴族としての自覚は?」
吐き捨てるような言葉。
ユキホは怯えた様子を見せながら、杖を握りしめている。
セレンはきっぱり言い返した。
「あなた達、こんな事をしていたらバチが当たりますわ。
混血でも、れっきとした魔法使いでしょう。
ア……アスタルディアの仲間同士で争うなんて、恥ずかしくないのかしら?」
「へぇ……混血を庇うのね? 貴族なのに」
「私は貴族として、弱い者いじめを見過ごせないだけですわ」
セレンは毅然としている。
だが、上級生たちの視線が変わる。嘲りの色。
「貴族のくせに混血庇うなんて異常よ」
「決闘で混血に負けたあんたが言っても説得力ゼロだけどね」
「落ちぶれたって噂、ほんとだったんだ?」
セレンの手が震える。けれど――ユキホのためか、歯を食いしばって耐えているようだ。
(……胸糞悪い。やっちまえセレン、あんな奴らぶっ飛ばしちまえ)
と思ったが、よく考えたら杖は俺が持っているんだった。
(じゃああいつ、丸腰であの場に……)
そして、最悪の言葉が飛ぶ。
「混血なんて、人間扱いされてるだけありがたいと思うべきなのよ。
セレンさんだって、とっくにわかっているのでしょう?
だって、貴族だもの」
「私達が目を覚まさせてあげる」
上級生の一人がユキホの腕を掴んだ。
その瞬間――
「触らないで」
セレンの表情が変わった。
異様な気配がする──何だ?
魔法を繰り出す時の感覚に似ている。
……まさかあいつ、杖無しで魔法を使おうとしてるんじゃないか?
いや、そんなこと出来るわけ無い。
そう、たしか授業でも危険だと──って、そんなこと悠長に考えてる場合じゃない!
俺は、迷わなかった。
(仕方ねぇ……!)
セレンに向けて、魔力増幅と補助の魔法を放つ。
やり方は聞き齧ったレベル。正直ほぼカンだった。
それでも下手に大怪我するよりはいいだろ!
「……え?」
セレンの短い驚きが聞こえた直後――
轟音とともに、衝撃波が走る。
「ぎゃっ――!?」
「くっ、なにこれ!?」
「ありえない……!」
その強さに耐えきれず、上級生たちが次々と吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ……動かなくなる。
(やべ、デジャヴ)
そして訪れる静寂。
「スナオくん!!」
気づかれた。
ユキホが泣きそうな声で俺の名を呼ぶ。
セレンは呆然と立ち尽くしていた。
俺を見つけたその目は、驚きと戸惑いと――少しの安堵が混じっていた。
「……久しぶりだな、セレン」
中庭に、再び緊張した空気が張り詰めた。




