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15 マギアに願いを

 魔法剣技の授業後。

 俺はセレンの様子を見に行くため、人気のない廊下を通り抜けようとしていた。


(剣技の授業には居なかったな……ということは別の授業に参加してたのか?

 ……それとも、寮に引きこもってるとか……まさかな)


 小洒落た窓ガラスから差し込む外の光を浴びながら、涼しい空気の中歩く。

 光が建物に遮られ、影が差す。

 その時ふと、使われていない埃っぽい部屋の中で、一人たそがれている赤髪の少女の姿を見つけた。

 ゆるくふわふわと跳ねたショートヘア。スポーティというよりはやや文学少女のような、落ち着いた雰囲気。

 ジト目、というよりは、どこか無気力そうな目線。

 ロアだ。


(何でこんなところに……まあいい、素通り素通り)


 剣技の授業の彼女の強さは尋常じゃなかった。ロアはセレンの親友の一人だし、逆恨みでもされてボコボコにされたらたまったものではない。

 ……とはいえ、ただの取り巻きって感じでもないんだよな。

 そんなことを考えながら、コソコソと通り過ぎようとしたその瞬間――


「待って」


 小さな声だが、妙に拒めない響きがあった。

 思わず足を止め、恐る恐る振り向く。

 相変わらずロアは無表情だった。淡い色の瞳に射抜かれるような感覚。


「セレンの状態。もう知ってるか、教えて」


……どいつもこいつもセレンを気にしすぎじゃないか?


「知らないな。ま、だからこそ今から見舞いに行くところだけどな……泣きっ面を拝みに」

 冗談めかしてそう言った瞬間、ロアは跳ね起きるように飛び掛かり――俺の胸倉を強く掴んでいた。


「なっ……!? なんだよ急に!?」


 ロアの表情は、先程までの無表情とは明確に違った。

 眉間に寄った皴。わずかな震え。不機嫌と不安が入り混じった、必死の表情。


「……心配してるのか。悪かった。別に、馬鹿にしに来たわけじゃない」


「セレンは落ちぶれてなんかない」


 噛みつくような強い声。

 掴む手に力がこもり、体が前に引き寄せられる。

 だが敵意の気配はない。ただ一つ、切実な思いだけが伝わってくるようだ。


「まあそれは、概ね同意だな。俺も変な噂を立てられてる身だ、他人の言う事なんかいちいち真にうけちゃいねーよ。

 ただ、杖を取り返しにも来ないし、……ちょっと気になっただけだ」


 ふっと力が緩み、ロアは手を離した。

 そして俺をまっすぐ見上げてくる。

 ……こうして見ると、俺よりも背が低い。正直可愛い。


「私は、あなたがセレンを誤解していると思っている」

「誤解?」

「セレンは悪人じゃない。あの人は、血筋や階級を本当は気にしていない」


 信じるにはいささか信ぴょう性に欠けるが、ユキホの事を思い出して思い留まる。

 確かにセレンがマルクスと同じような人間であれば、ユキホに好かれるような振る舞いを果たしてするだろうか。


「……よくそんなこと言えるな。貴族的にはアウトだろ」

「良い。私は純血じゃない。ただの幼馴染」

「マジかよ」


 俺はてっきりロアも由緒正しい貴族だと思っていたが、まさかの事実。


「昔、私はいじめられていた。私が魔法使い(マギア)とわざなしの間に生まれたから。

 だけど、セレンは私の味方になってくれた」


 なんだって。


「セレンは貴族に囲まれていると、どんどんおかしくなる。貴族として振舞おうとするほど、セレンは苦しむ。恨まれる。危険な目に遭う」

「……それは確かにそうかもしれないが」

「率直に言う。セレンを助けて」


(……助けて?)


 脳裏に、ミズカの言葉が蘇る。


『セレンをボロボロにしてほしいの……やってくれる?』


正反対の願いだ。


「頼む相手を間違えてないか? 俺はセレンの評判を落とした張本人だぞ」

「落としたのはあなたじゃない。周り。

 あなたは、セレンを傷つけずに勝った。私は魔法が得意じゃない。その力を見込んであなたに頼んでる」


 一度言葉を切り、ロアは静かに続ける。


「正直に言う。私は、あなたが何者かには興味がない。

 わざなしでも、貴族でも、マギアでも。

 嘘をついているのか、本当のことを言っているのかも、どうでもいい」


 声色は相変わらず淡々としているのに、やけに核心めいた響きがあった。


「何者かわからないなら、それでいい。

 ……だからこそ、セレンを助けてほしい。

 そして、いざという時は――セレンの味方でいてほしい」


 ……俺は素直に頷けなかった。

 何故こんなにも嬉しくない三角関係に組み込まれそうになっているんだ。

 それを抜きにしても、仮に俺が了承したとしてだ。

 セレンがそれを喜ぶとは、まだ思えない。


「悪いが、俺はセレンに恩があるわけでもない。お前の事もよく知らない。

 だからここで無責任に、はいよろこんでと言うことはできない」


 ロアは残念なのか、少ししゅんとしているように肩を落としている。

 そんな顔するなって。


「とにかく直接セレンに会って、あいつがそれを望んでるかどうか確認しよう。

 あいつの態度次第では考えてみてもいい。それでいいだろ」


 歩き出そうとすると、ロアがすっと前に出て、行く手を塞いだ。


「私もついて行く」

「いや……来なくてもいいぞ」


 女同士の間に割って入るようで、ちょっと気まずいし。


「セレンは多分、女子寮にいる。あなたじゃ入れない。それに、私はセレンを守らないといけない」

「俺の事信用してるのか信用してないのか、どっちなんだ」


 ロアは無言で俺に背を向けて、窓の外を眺めるように突っ立っていた。


「ってか、お前が血統とか気にしてないのはいいけど、セレンが気にしてないって事をバラすのは良かったのかよ」

「……」

「俺が言いふらしたりする可能性は考えなかったのか」

「その時は私があなたを懲らしめる。顔を、ボコボコに……だからそんな事は考えないほうが身のため」

「ああ……そうかい」


 ……わざわざ顔を狙う理由は、いつか聞いてやる。



 寮のすぐ近く個室の談話室的な場所で、俺は待機することになった。

 広間でも良かったが、人通りの多い場所にはお互いあまり居たくないだろうとの事での配慮だ。


 さあ、果たしてセレンは……現れるのだろうか?

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