14 けんかはやめて
……と、その前にだ。
俺の本業は学業だからな、まずは授業を受けなければならない。
今回受けるのは――魔法剣技。
なんと、実技科目。
(体育とかスポーツ、苦手なんだよな。実は)
前世(?)では人並みか、それよりやや下の成績だったことを覚えている。
足が速くてモテるなんてことも無かった。
テニスはちょっと得意だったが、サッカーや野球はてんで駄目だったんだよな……。
剣技は……どうなんだ?
授業は飛行術の時と同じ、だだっ広いグラウンドで行われる。
クラス合同の授業なこともあり、違う色の制服を着た生徒たちが集まっていた。
まずは魔法で動く案山子を相手に、基礎的な技を打ち込んでいく。
ゆくゆくは剣に魔法を付与して戦うそうだが、素の状態で剣技を使えなければ意味がない、とのことだ。
つまり、今回は完全にフィジカル――物理だ。
「ぎゃーっ!」
聞き慣れた少年の声に振り向く。
ルームメイトの一人であるカイトが、案山子に反撃を受け尻餅をついていた。
その横で、カイトの親友・クライドが眼鏡を落としたのか、床の上で手を彷徨わせている。
もう一人のルームメイト――小さな王子様ことシエルはどうしているだろうかと思い、目を向ける。
……彼は相変わらず控えめな気配を纏っていたが、その剣技は確かなようだ。
貴族としての厳しい教育の賜物か、大人しい顔立ちとは裏腹に、彼はただひたすらに正確な技を黙々と打ち込み続けていた。
「スナオも見てないでやってみろよー、怖いぞこれ! 模擬刀だけど!」
「ああ……」
カイトに鼓舞され、見よう見まねで剣を振るう。
模擬刀とはいえ、子供用の玩具じゃない剣なんか初めて持ったが、なかなかの重量がある。
杖を振り回すのとは大違いだ。
だが――体は異様に軽く、コントロールが効く。
(やっぱり前の世界とは、感覚が大分違う)
コーネリアス先生の訓練で死ぬほど腕立てさせられた記憶が蘇る。
……元の世界の俺より格段に動きやすいのは確かだが、どこかぎこちない。
体は動いても、技術と経験が追いついていない。
案山子の技が肩に打ち込まれ、不意にうめき声が出てしまった。
(こりゃ、もっと練習が必要だな……)
基礎練習が終わり、次に始まったのは対人戦だ。
高みを目指してシエルを頼ろうかと、声を掛けようとしたのも束の間。
……嫌な声が飛んできた。
「おい、噂のわざなし。相手をしてやる。感謝しろ」
(マルクスか……)
出来れば関わりたくなかった男――セレンとつるんでいる貴族の一人。
黙っていれば可愛い事も無い顔を、意地悪く歪ませて向かってくる。
俺は無視してシエルの方へ一歩進んだ。
「はっ、逃げるのか? それともお前はその女のような男が好みなのかな」
あざ笑うかのような声。
シエルに聞こえたのか、シエルは動揺したかのように表情を強張らせた。
思いがけず怒りが込み上げる。
(挑発に乗るな。だが――言わせっぱなしは気分が悪い)
俺は歩みを止めて、振り返った。
「俺のことでとやかく言うのは構わないが、シエルに言うのは違うだろ。あと色んな人に謝ることになるぞ、その発言は」
「おお、図星か。怖い怖い」
「……なんで俺に絡む」
マルクスはほくそ笑んだ。
「あの決闘でどんな手品を使ったかは知らないが、お前はセレンに恥をかかせただろう。つまりお前は貴族を敵に回したんだ。愚か者め」
――やはり、セレンのことが絡んでいるか。
「俺は挑まれたから、正々堂々対応しただけだ。
セレンの評判が落ちたのは、負けたあいつ自身に原因がある。
それを俺に八つ当たりに来るあたり、貴族ってのは勝敗を受け入れられない子供の集まりみたいだな」
「なんだと?」
マルクスの顔から笑みが消えた。
彼は罵声を浴びせる代わりに、剣を振り上げる。
俺も反射的に剣を握ってしまった。……まだ授業中だってのに、喧嘩なんかしてどうすんだと思いながら。
激しい剣撃が飛んでくる。
貴族としての訓練は受けているのだろう、マルクスの攻撃は速く、重い。
体が軽いとはいえ、経験値の差は歴然だ。
俺は防戦一方で、必死に剣を受け流す。
(クソッ、防ぐのが精一杯か)
しかし、どうにか凌ぐことだけはできている。
マルクスは一気に決着をつけようと焦っているのか――その猛攻の中に、わずかな隙を見た。
俺は剣の角度をずらして力を逃がし、体重を乗せたカウンターの一撃をマルクスの腹に叩き込む。
「ぐっ……!」
マルクスは鳩尾を押さえて体勢を崩した。
その顔には、驚愕と、屈辱が入り混じっている。
自分より格下と見下していた相手に、一瞬とはいえ反撃されたことが許せなかったのだろうが――どうだ、見たか、ぐはははは。
俺が真顔を保ちながらもやや良い気になっていると、マルクスは素早く剣を振り上げた。
「調子に乗るな、わざなしが! お前に平和な未来なんて訪れない。お前は――」
だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「やめて」
抑揚のない、凛とした声が響くと共に、マルクスの脳天にどこからともなくチョップが打ち込まれる。
マルクスはそのまま地面に倒れこんだ。
声、とチョップの主は――少し離れたところで見ていた赤髪の少女だった。
マルクスは舌打ちして少女を睨んだ。
「ロア――僕を殴るなんていい度胸だな。僕の家はお前より偉いんだぞ」
ロアは起き上がった砂だらけのマルクスを一瞥すると、剣を構えた。
マルクスがたじろぐ。
「代わって。マルクス、あなたは下がってて」
ロアは無表情にマルクスを押しやり、静かに俺の前に立った。
「私と勝負して。基礎練習の相手は、私がやる」
――結果は、俺の圧倒的敗北だった。
何が起きたか分からないまま、俺はひっくり返ってダウンしていた。
ギャグか?
俺はその圧倒的な実力差に愕然としながら、剣を収めるロアの背中を見つめる。
彼女は無表情のまま、ふと遠くを見ていた。
その瞳には、どこか影が落ちているようにも見えた。
そして、ロアはまるで独り言のように、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「……勝敗なんて、どうでもいい」
――その一言が、どこか俺の胸に引っかかった。
「スナオーっ、大丈夫かー!? なんだその恰好!?」
「スナオさん、大丈夫ですか…!?」
「……ふっ」
ルームメイト3人が駆け寄ってくる。
一瞬それに気を取られた後、ふとロアがいた方を見上げると、彼女はすでに生徒たちに紛れて姿を消していた。
……なんで喧嘩を止めに来たんだ。




