13 動く石
そういえば、校長先生が話があるって言ってたな。
決闘やらのゴタゴタですっかり忘れていたが、呼び出しも無かったし、一体どうなったんだろうか。
そんな訳で校長室に訪れると、アーガンダル校長は快く出迎えてくれた。
驚いたことに、室内は以前来た時と全く別の内装になっていた。
魔法学校の校長室――というよりも、今はまるでSF映画の司令室だ。
壁と床の境目が曖昧な黒い空間に、青緑色の光源がふんわり広がり、古めかしいシルバーの椅子やテーブル、調度品が並んでいる。
校長は奥の直線的な玉座のような椅子に腰かけており、机の前ではコーネリアス先生が脚を組み、無言で紅茶を啜っていた。
そして――その向かいに、知らない女性。
まるで光を纏っているような美しい金髪に、正装なのか、ドレスと見まごうようなまばゆさでありながら上品な衣装。
ただものではないオーラを放っている……俺は一瞬で固まった。
「丁度良い時に来てくれたね、スナオくん。さあさ、そこに座って。お菓子もあるよ」
恐々と適当な椅子に腰かけると、テーブルの上にクッキーやらキャンディのようなスナックが、皿に詰められた状態で何処からともなくポンと現れる。
「来るのが遅れてすみませんでした」
「いや、構わないよ。君が来ないのは分かっていたからね。私には何でもお見通しなんだ」
俺が謝ると、アーガンダル校長は口ひげをつまみながら得意げに笑った。
「校長。そんな嘘をついて、彼が信じたらどうするんですか」
コーネリアス先生が口を開く。校長はしゅんと下を向いてしまった。
なんだ、千里眼とかそういう能力がある訳では無いんだな……。
そう思っていると、校長は「この前の話の続きをしよう」と顔を上げた。
「スナオくんについて分かったことがある。まず一つ、君とユキホくんが使った『識別の水晶』――あれは間違いなく本物だったよ。使用結果も君たちから聞いた話と違いはなかった。
私も知り得る限りの鑑定方法を試したが、君がわざなしである事は疑いようが無い事実だ。もうチンプンカンプンさ」
校長が肩をすくめる。
魔法学校の校長が言うなら、きっと間違いは無いだろう。
「俺はやっぱりわざなしなんですか。じゃあ何故魔法が使えるんでしょう?」
「そう、そこでだ。これはここにいる私達だけの秘密だぞ……」
校長は口元に人差し指を立てた後、金髪の女性を手で指し示した。
「この方は王国評議会直属の監察官だ。凄い立場の人だよ、秘密の事件とかそういうのの捜査に関わっているような人でね。普通に生活していたらなかなか関わる事は無いんだが……今回特別に相談に乗ってもらった!」
王国評議会の監察官……政府直属の調査員ってトコか? FBI的な?
あとでユキホに教えてもらおう――等と考えていると、示された女性は俺を見て軽く一礼した。
「初めまして。私の事はアリスと呼んでください。この度、要請を受けて貴方について調査を任されることになりました。組分け石の件についても、既に伺っていますよ。初めてのことで、怖かったでしょう」
アリスさんは、聖母のように優しい微笑みを浮かべ、胸に手を添える。
「ですが、私が来ました。もう怖がることはありません。私が貴方を保護します」
保護、だと? 何だか聞き捨てならない単語が出たな。
……俺、これから研究所送りとかじゃないよな?
白衣の人たちに「動くな」とか言われて注射打たれるやつじゃないよな!?
そんな不安を察したのか、アリスさんはにこりと笑った。
「保護といっても、貴方の身柄を拘束したりはしません。
あくまでスナオさんが、他の国民同様、平穏な暮らしを送れるようにサポートするのが私の仕事です」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
なんだ、意外と平和的じゃないか。
そして何より、ありがたい。
「一方で、貴方の特異体質について調査を進めるのも、私の仕事の一つです。
スナオさんにはそれなりに協力してもらう事になると思いますが……勿論、怖い事はしません。安心してくださいね」
アリスさんの笑顔は、全てを包み込んでくれそうな優しさを湛えている。
「校長先生も仰りましたが、スナオさんはわざなし――つまり、魔法使いとしての適性が無い人間です。
適性が無いというのはつまり、魔法を使えないという事ですね」
「……でも、現に俺は魔法を使えています」
そう言うと、アリスさんは少し得意げに微笑んだ。
「実は他に、分かったことがあります。……スナオさん、貴方はとてつもない魔力を、その体に秘めているみたいなんです。
それも並みの魔法使いの比ではない――その何倍、いや何十倍もあるかもしれません」
「つまり……魔力が有り余ってるせいで、魔法が使えてしまうってことですか?」
「いえ、それは違います。魔力をいくら秘めていても、出力できる構造が無ければ魔法を使うことは出来ません。
例えば、魔法石の多くは魔力の籠った石です。しかし石そのものが自ら魔法を操ることは無い。使い手がいて初めて、その石の魔力を解放できる。
それと同じように、貴方が魔力をどんなに秘めていても、魔法を自由に操れることにはならないのです」
「俺は魔法石と同じって事ですか」
「まあ、そうですね。でも違うのは……スナオさんには、魔法を操る構造がある。わざなし、と診断出来るにも関わらず」
黙って話を聞いていたコーネリアス先生が遂に口を開いた。
「……信じられん」
「私もだよ、先生。魔法石に手足が生えて、自立して動いて、魔法まで使うなんて、いったい誰が信じるかね。動かすだけなら可能だとしても、石自身に魔法を操らせるなんて聞いたことも無い」
アーガンダル校長に至っては、テスト勉強に疲れ果てた学生のように机に突っ伏してしまっている。
「無理もありませんね。私も驚いています。でも、もっとスナオくんについて解明出来たら、……すべての人間が魔法を使える世界が訪れるかもしれません。
――魔法使いの夜明けですよ!」
嬉しそうに手を重ねるアリスさんに対して、魔法使い先生二人はまだ思考が追い付いていないようだった。
二人とは出会って間もないが、恐らくこんな表情、なかなか見られるものじゃないな。
「アリスさんの言う通り、もしそんな世が訪れれば……校長としては実に喜ばしい事だよ。
貴族たちは騒ぐだろうが……今から学校側のマニュアルを整えておくべきかな、コーネリアス先生」
「……損はないでしょう」
コーネリアス先生は頭が痛そうにしていた。
アリスさん曰く、組み分け石の暴走のような現象は、一種のバグのようなものではないかという話だ。
やはり前例のない事ゆえに詳細は不明だが、組み分け石は自然に存在するモノではない。
簡単に言うと、魔法使いがプログラムし生み出したアイテムだ。
なので想定外の働きをさせられてバグった――というのがおおよその見解だ。
異世界でも元の世界でも、バグってのは妙に演出が怖いな。
当然ながらここで聞いた話は絶対に外部に漏らすな、死守しろ、可能なら封印しろとのことで、その場は解散となった。
出口へ歩きながら、俺より前を歩くアリスさんを見てふと思う。
……にしても、血液だけで魔力量まで把握できるものなのか。
「アリスさん。俺が膨大な魔力を持ってるって、どうやって調べたんですか?」
そう尋ねると、アリスさんは後ろ手に組んで首を可憐に傾げてみせた。
「……極秘事項です♡」
ミステリアスな振舞とは裏腹に、直後アリスさんは出口の僅かな段差に躓いて、盛大にひっくり返った。
危うくパンツが見えそうになっていて、俺は全力で視線を逸らした。
◇
「どこいってたの~? スナオく~ん」
嫌な気配に、思わず歩みが止まる。
ここの通路は人通りが少ないから、校長室からの帰り道に選んだというのに。
「……ミズカ」
「あれー? 校長先生とふたりっきりで密会? やだー、ナイショ話~?」
「あっち行け。お前に話す事なんか無いぞ、まだセレンとも会ってないからな」
「うっわ、露骨に嫌そう。わかりやすっ」
ニヤニヤしながらミズカは俺の首筋に手を伸ばす。
こいつ、何でいつもこんなに距離が近いんだ――。
「おい、何して――」
「ほら、ここ。なんかついてるよ?」
「何?」
「ほら、これ」
ミズカの差し出した指先には、一粒の小さなボタンのような何かが、ちょこんと乗っていた。
「なんだそれ」
「あれ、スナオ知らないの? これね、盗聴器」
「……は?」
凍り付く。
待て。
それは、まずいだろ。
「気づかなかったの? バカだねっ」
冷や汗が滲んできた。
あ……?
いやよく考えろ。先生には指摘されなかった。
ミズカが気づいて、あんな猛者達が盗聴器の存在に気づかないなんて事、あり得るか?
「……っぷ、あはははっ! スナオビビってる! ビビりスナオ、ただのボタンだよこれ。ついてたように見せただけー」
俺は、いつかコイツには痛い目を見せなければならないと思った。
「こーゆーしょうもない悪戯されたくなかったら、さっさとセレンの情報集めるなりして私に貢献してよねー。じゃーまーたねー」
そのついでに、くすぐり地獄に落とす魔法について調べておいてやる。
ミズカはスキップするように軽やかに立ち去って行った。
セレンか……決闘以来見かけないんだよな。
確かに様子が気にならないと言えば嘘になる。
別にミズカに言われたからじゃあないが……少しだけ、様子を見に行ってみるか。




