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10 決闘の結末

 ――何だ、この人だかりは。


「きたぞ、例のアイツだ!」


 群衆の目線が一度に俺に降り注ぐ。


「おい1年、首席と決闘だって?」

「可哀想になーッ、勝てない戦いなんか引受けちまってよーッ!!」

「セレンさん、がんばってー!!♡」


 やかましい。


「あら、時間通りですわね。てっきりお逃げになるかと思いましたわ。意外と勇気があるのね」

「おい、何だよこの人だかりは……」

「私のファンクラブの皆様が、私の活躍を応援すべく人を集めてくださったみたいなの~。すっごく勇気が出てしまいますわ、オホホホホッ!」

「あのなぁ……俺はあんまり目立ちたくないってのに……」

「そうでしょうね? 敗北する姿を学校中に晒すなんて、反吐が出るくらい嫌ですものねぇぇッ?」


 溜息。


「……さっさと終わらせようぜ」

「ええもちろん。すぐに負かせて差し上げますことよ?」


 セレンは文字の書かれた羊皮紙を見せつけてくる。

 決闘に関する誓約書みたいなものだ。


「さて――私が勝ったら貴方には退学していただきます」

「退学?」

「ええ。私と会った時、貴方が魔法を使えなかった事は忘れたわけじゃないでしょう?」

「あれは……」

「言い訳は結構。嘘を重ねるなんて惨めですわよ」


 聞く気が無いだけだろう。

 くそ、貴族だからって驕りやがって。


「”一応”聞いておいてあげますわ――もし貴方が勝ったら、貴方は何を望みますの?」

「俺が勝ったら……」


 今の所、願いは……とりあえず一つだ。

 噂の火元を断つ。


「……俺の事を混血だと認めろ。それだけでいい」


 セレンはぽかんとしてから、嘲るように笑い出した。


「ふふっ、そんなことでいいの? 私になんのデメリットも無いですわぁ~。随分と欲が薄いんですのね?」


 クソッ、ムカつく煽り顔だな。


「本来の決闘では、勝利条件に相手を殺すことも含まれますけれど――今回、そんな野蛮なことは致しません。

 相手の杖を奪うか、戦闘不能になるか、どちらかが降参するか……それがルールです。お分かりになったかしら?」

「ああ」

「審判はさっき捕まえた彼女にお願いしますわ。安心してくださいまし、不正は決闘の魔法で不可能ですから、彼女はあくまで中立ですことよ」


 突如謎の争いに巻き込まれたのであろう、三つ編みに丸眼鏡の大人しそうな少女は震えていた。

 不憫だ……。


「で、では私ッ、マリアン・テレジア・ローズが審判を務めさせていただきますっ! 私が勝者の名前を呼ぶまで、決闘は継続されるとみなされます!」


 少女は眼鏡のツルを指で摘みながら、一生懸命に声を上げた。


「両者、構え!」


 俺とセレンが杖を構える。


「か――開始!」


 マリアンが杖で開始の合図を出した直後――セレンの声が空を裂く。

 見えない力に突き飛ばされるように体が吹っ飛び、塀に背中を打ち付けられた。

 ゲホッと咳が出る。だが、杖は強く握り続けた。


 これは――あの時受けた魔法と同じだ。


「これを貴方に撃つのは2度目ですわね。まだ打ち消せるようになってないの? 学習しないのね、オーッホホ!」


 まるで硝煙を吹き飛ばすかのように、セレンは杖先にふっと息を吹きかけた。


「さあ、どんな魔法でも使ってみなさい? すべて掻き消してあげる!」


 決闘に於いて――武器を奪う呪文が、最も穏便に済ませられる手段だ。

 彼女を傷つけず、戦闘不能にする。

 杖を奪う呪文はいくつかあるが――最も強制力を持たせやすい呪文を使う。

 だが、俺の詠唱に被せるようにセレンが発した呪文により、魔法は相殺された。

 火花が散るような音を立てて空が歪む。

 ……対策されている。それも当然か。

「あら、結構な威力ですこと。けど、私の杖は幼少期から一緒で”絆”がありますの。あなたのようなわざなし上がりが、私から杖を奪えると思わないでくださいまし?」


 セレンが愛おしげに杖を撫でる。

 ……言葉とは裏腹に、動揺しているようにも見えたが――いや、気のせいか?

 しかし、失敗したなら仕方ない。

 すぐさま次の呪文を詠唱する。

 覚えたての呪文だったが、唱えた途端に焚火の傍にいるときのような熱を感じ――まるでアニメのような炎の旋風が沸き起こり、セレンを囲う。

 直接当てたりなどはしない――所詮こけおどしだ。


「あ、あら、派手だけどそれだけですわね? 乙女の髪を燃やそうなんて、本当、野蛮人!」


 構わず、より強い呪文を唱えようとして――躊躇った。

 その呪文は、セレンが反対呪文を知らなければ彼女が深手を負う可能性がある。

 セレンを傷つける可能性があるなら、使うわけにはいかない。

 命の恩人である彼女の親友、ユキホとの約束を破るほど、俺は落ちぶれちゃいない。


「じゃあそろそろ決着をつけますわよ。貴方にこの魔法が耐えられるかしら?」


 セレンの口から、やや長めの詠唱が紡がれる。

 必死に頭の中の引き出しを漁る。

 間違いなく、聞き覚えがある。

 ……ってこれ、ちょうど俺が使おうとした呪文――を、余裕で上回る威力を持つヤツじゃねーか!


「おい、よせ、殺す気か!?」


 セレンは集中しているのか、一向に構えを変える気配はない。

 風がざわめくように巻き起こり、観客席から歓声が上がる。 

 ここまで大きな魔法を使うとは考えていなかった。所詮学生のお遊び決闘かと――。

 ……この隙に杖を奪ってみるか?

 そう思って何度か呪文を唱えてみる。だが――弾き返されてしまった。

 無詠唱で? 結構な大技を繰り出そうとしてるのに、そんな事が出来るのか?

 なんだか違和感を感じたが、今はそれどころではない。

 どうする!?


 ふと、ユーゴ先生に教わった防御呪文を思い出す。

 果たしてそんな基礎魔法で、優等生貴族の渾身の一撃を躱せるかどうか。

 だが、何もしないなら間違いなく……軽傷では済まされない。


 やるしかない。

 セレンが詠唱を終え、杖を振りかざすと同時にバリアを展開する。

 薄い膜のような頼りない防護壁が、瞬時に視界を覆いつくす。

 反対呪文が唱えられないと見るや否や、セレンは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、杖を真っすぐに振り下ろした。


 すさまじい閃光が飛び出し、一直線に俺に向かってくる。

 こんな膜、容易に引き裂かれてもおかしくない。そうなったら……恨むぜ先生。


「な――何で」


 何ですって、とでも言おうとしたのだろうか。

 セレンの驚愕した声がぷつりと途切れた。


 ドゴォッ!!!!!


 地面が割れるような音と共に、凄まじい風が吹き荒れた。

 思わず目を瞑り、そして開く。

 辺りは静まり返っている。

 砂埃が晴れた先に見えたのは――仰向けに倒れたセレンの姿。


 生徒たちが次第にざわめき出す。

 俺はセレンに駆け寄って、様子を確かめた。


 気絶している。

 ……が、それだけだ。砂で大分薄汚れてこそいるものの、無傷。


「……杖は貰うぞ、セレン」


 返してほしくば取りに来い、と雑な書き置きをセレンのポケットに突っ込み、立ち上がる。


「しょ、勝者は……スナオ・マヤ!」


 マリアンさんの戸惑いの色を含んだ声が響く。

 観客席では俺に賭けていた生徒たちと思しき人々が喜びの声を上げているのが見えた。

 だが、貴族側の生徒だろうか……浮かない顔をしている生徒たちも少々。


「セレンさん!!」


 きゅう、とぐるぐる目で倒れているセレンに、観客席から飛び出してきたユキホが駆け寄る。


「よかった、息してる…怪我もない…スナオくん、ありがとう…!」

「何が起きたんだ、いったい」

「多分、スナオくんの張った防御魔法が、セレンさんの攻撃を跳ね返したんだね、鏡みたいに。……地面に向かって。セレンさんや客席に向かって反射しなくてよかった、本当に……」


 ユキホ曰く、仮にそうなっていたとしても先生たちが防いでくれたから大事にはならなかったと思うけどね、とのことだが、それを踏まえてもぞっとした。

 ふと客席の方を見ると、奥の方でユーゴ先生が険しい顔で腕を組み、こちらをじっと見ていた。


「ユキホ、ここにいると目立つから一旦下がろう。なんだか視線が痛い」


 そのまま俺とユキホさんは、セレンの容態を気にする生徒たちの雑踏に紛れ、寮の方へと身を隠すことにした。



「あれってただのバリアでしょ? 反射する効果なんてあったっけ?」


 決闘の舞台を見下ろせる廊下の暗がりで、少女が退屈そうに頬杖をついている。


「分からない。……まだ習ってない」

「ああ。呪文学、得意じゃないもんね、ロアは」


 ロアと呼ばれた赤髪の少女は黙ったままだ。

 頬杖の少女は笑みを浮かべると、可憐な仕草で体勢を整えた。


「セレンが負けるなんて思ってなかったな。……あいつ、話してみる価値はあるかもね」


 視線の先には、ユキホの手を引くスナオの姿があった。


明日から更新頻度が2日に1回くらいになる予定です…!

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