9 身を守る術
「スナオくんッ!!!」
休み時間に外を出歩いていると、ユキホが慌てふためきながら俺のところへやってきた。
どうやらセレンが俺に決闘を申し込んだ話を耳にし、急いで確認しにきたらしい。
真実を告げると、彼女は肩をがっくりと落とした。
「セレンさんがスナオくんに決闘を申し込んだ噂、本当だったんだ……」
「こうなった以上、決闘に応じるしかない。今日の放課後、行ってくる」
「そんな、無茶だよぉ……秀才のセレンさんに対して、スナオくんはまだ魔法歴1ヶ月……! それにセレンさんもセレンさんで無茶する事があるから、ふたりとも無事で済むかどうか……ああっ、心配だよ~!」
ユキホがムンクの叫びさながら頬に手を当て、絶望的な表情を浮かべる。
不謹慎だが、思わず笑いそうになってしまった。
「ありがとな。けど心配しなくていい。俺が傷つくことも、アイツが傷つけることもないようにするから」
俺はドヤ顔を披露する。
ユキホは少し安心したように見えるが、やっぱり不安な気持ちが顔に出ていた。
……クソッ、そんなにも俺は頼りないのだろうか!?
「あ、そうだ。もしセレンさんに勝ったら、スナオくんは何を命令するの?」
言われてはっとする。
決闘に勝てば、相手に何でも命令できるという決まりがあるものの、……好き好んで他人に命令したいと思わないし、悩むところだ。
「命令か。考えてなかったな……まあ、俺に変に絡んでくるのはやめろ、とかにしておくか」
「そうだね、それが一番平和かも」
ユキホは困ったように笑った。
彼女にとってはどっちも友達だもんな。
しかもユキホは友達思いな性格。そりゃ心配にもなる。
「お願いだから、無理はしないでね……」
「無理はしない。ユキホをこれ以上心配させたくないしな」
ユキホは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を見せる。
「……ありがとう、スナオくん。本当に、無事でいてね」
◇
さて、イケメンムーヴをかましたところで――次の授業へ出席だ。
次の科目は『防衛術』。
危険な魔法から身を守るための方法や、魔法を学ぶ。
……決闘の丁度いい対策になりそうだな。
「なあスナオ、もし授業中にテロリストが襲ってきても、俺達なら返り討ちに出来るよな」
暇そうにフラグじみたセリフを呟くカイトを半ばスルーしつつ、俺は教科書に目を通す。
俺が隙間時間に魔術本を読み漁った結果導いた結論としては、防衛に最も役に立つのは呪文の知識だ。
魔法を使いこなす力も必要だが、使う以前に、呪文の知識が無ければ話にならない。
特に戦闘においては――相手の呪文を打ち消す反対呪文をどれだけ知っているかが重要だ。
防御魔法――幅広い攻撃魔法を防ぐバリアを生成するような魔法もあるが、全ての魔法に効果があるわけではない。
防げるとは言え、相手の攻撃を打ち消すものではない。強い力をそのまま受け止めることになる。盾の耐久が減っていくように、受ければ削られる。
俺はセレンが使ってきそうな魔法を徹底的に調べた。
とにかく時間が無い。暗記するしか無い。
基礎魔法の応用で使えそうな魔法は片っ端から頭に詰め込んでいく。
少しでも手数を増やさなければ……!
「……まあ、防衛術っちゅうのはな、基本“守る”いうより、“時間稼ぐ”ための技術やねん」
訛りのある話し方はきっと――防衛術担当のユーゴ先生だ。
四角い眼鏡に、くすんだグレーの整った髪。どこか神経質そうな琥珀色の瞳。着こなしたベスト。
そんな先生の言葉を、俺は教科書のページと睨み合いながら流し聞いていた。
「…………はぁ。あーあ」
誰かの溜息が聞こえた気がする。なんだ、やる気のない奴もいるもんだ。
その時ふと、教科書に影が落ちる。
「……ふぅん。で、それ、咄嗟の状況で撃てる思てるん? 初見の呪文の、反対を」
とん、と机を指で叩かれた。
そっと顔を上げると……目が笑っていない笑顔を浮かべたユーゴ先生が、俺を見つめている。
と同時に、俺は先ほどの溜息の主を察した。
「考え方としては悪うない。むしろ、それができるんやったら、“俺なんか”よりよっぽど勝率上がるわ。
……ただし、間に合えば、の話やけどな」
「……はい」
「反対呪文は確かに理想形や。お互い何を撃つか決まってるなら、あれほど確実な“防御”はない。
せやけど――現実はそんな都合よう、相手の呪文がきれいに読めると思うか?」
俺は緊張したまま首を横に振る。
ユーゴ先生は鼻で笑うが、やはり目は笑っていない。
「防衛術っちゅうのは、“想定外”に耐えるためにあるんや。
“想定通り”しか考えてへん奴が、本気で魔法を消せるかどうか――俺は見てみたなるけどな」
先生が目を細める。俺は冷や汗を滲ませてその様子を見つめるしかない。
だが、学生時代に居眠りしていた時を思い出して、どこか懐かしい気もした。
「何をそんなに詰め込んどるんや? 俺の授業受けんでも防御は完璧っちゅうんか? さすが、守りにかけては天下一やと自負しとる赤寮の生徒やな。
せやけどな、そないな慢心が、青寮との戦いで足引っ張ることになるんやで」
「……すんません」
「そないビビらんでもええやん、俺が悪者みたいやんけ」
そう笑うと、先生は教壇へ戻っていく。
口をつぐむ者、にやにや笑みを浮かべる者、面倒そうにする者、生徒たちの反応は様々だ。
「なめた口きいたら、絶対怒るくせにな」
隣の席で僅かに涎の痕を残しているガイアがひそひそと俺に話しかけた――が、すぐさまチョークが飛んできて、カイトの額にクリーンヒットした。
「俺の授業、ちゃんと聞いとったら、学校に“てろりすと”が襲ってきても助かるんや。ほんまに実現させたいんなら、しっかり聞いときや」
カイトからの返事はない。ちらりと顔を覗き込んでみると、白目を剥いていた。
「先生、カイトが気絶してます」
「なんやて? ……ちっ! またやらかしてもーた」
ユーゴ先生はそう言うと、先ほど戻っていった道をまた通って俺たちの席に近寄る。
妙に鬼気迫る表情でカイトの顔に手を翳すと、カイトははっと目を覚ました。
……もしかしたら先生は、防衛術以外の魔法は苦手なのだろうか。
◇
防衛術の授業はなかなか為になった。
実戦で上手く使えるか分からないが、簡単なバリアを張る呪文も覚えることが出来た。
「ユーゴ先生の野郎、赤寮の奴が気にくわないんだろうな! 意地悪だぜ」
「いや、焦って授業を疎かにした俺が悪いさ。実際、俺は皆よりも呪文の知識があるわけでもないし……無理しようとしてたかもしれない」
「そ、それもそうか」
拗ねたように膨らんでいたカイトの頬が一瞬で萎むのを見て、俺は少し吹き出しそうになった。
横で、クライドが眼鏡をくいっと引き上げる。
「……先生は生徒が慢心で怪我をすることを憂いているんだと思う」
「慢心? 勇敢の間違いじゃねーの!」
快活に笑うガイアに、そういうところだぞ、とクライドの口元が言いたげに見えるのはさて置き。
俺は少し気になることがあった。
「赤寮が防衛術に長けてる、ってのは本当か?」
クライドが頷く。
同時に、ガイアは得意げに口を開いた。
「うん。組分けはランダムって訳じゃない。基本は生徒の得意分野によって決まるんだよ」
ガイアが言うには――赤寮は防衛に強く、青寮は攻撃に強い、という風に、生徒の特性によって選ばれる寮が異なるという。
赤寮・青寮はその特徴から、ライバル寮として意識されがちだ。そして互いに自分たちの強みを自負しているが故、勝敗を分ける要因は油断ただ一つとも言われている。
「だから俺たちは防衛術には適性が高いはずだぜ。けど、セレン嬢も赤寮で、しかも優等生だろ。だとしたら、より強い攻撃が出来る方が勝つんじゃねえかなあ」
攻撃か……。
俺の出力なら、正直決して勝てない事は無い気もする。
だが、現状まだコントロールに自信があるとは言い難い。下手して取り返しのつかない事になる可能性もある。
とはいえ、セレンは優等生。遠慮せずに戦っても……。
そう思ったところで、ユキホの不安そうな顔を思い出す。
……どうにかして、被害を最小限に抑えなければ。
だけど、何か引っかかるんだよなぁ……。
「スナオ、時間だぜ。俺達はお前を応援してるからよ」
ガイアが今生の別れとでも思っているのか、べそべそしながら俺の背中を押す。
クライドも、いつ用意したのだろう、俺の似顔絵らしきものの描かれた小さな旗を振っていた。
想定外に耐えられるか――ユーゴ先生の言葉を思い出す。
そうだ。考えてばかりいても仕方がない。
行こう。一瞬で、……安全にケリをつけてやる!




