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プロローグ:異世界転生装置

 20XX年、3月2日――

 目の前には、美しい大草原と、のどかな村が広がっている。

 それらとはまるで不釣り合いな――とっぷりと暮れた夜の闇に似た黒髪に、どこか遠くを見つめる、物憂げな深紅の瞳。

 目を疑いたくなる程にカッコイイその男は、牧歌的ながらもどこか品のある装飾が施されたファンタジーのローブを身にまとい、クワを背負って真面目な顔で夕暮れの丘に立っていた。


 俺は、強い。

 強すぎた。

 もう、現世に未練は無い。


 だから――


 この異世界で、今度こそ、普通の生活をしようと思う。


「なにカッコつけとるんじゃ、このゲーマーが!」


 口調からは想像できない程の、だがしかし妙に大人びたトーンの少年の声が背後から飛んでくる。

 かと思えば、ペちッ、という軽い音と共に、すかさず俺の脳天にバインダー・チョップがお見舞いされた。

 うっかり手を滑らせると、目の前にでかでかと”オプション”とのゴシック体が表示され、グラフィック、サウンド、セーブ&ロードetc……といった文字列がまたも瞬時に整列される。


 ……念の為、ゲームを触った事の無い(かなりレアな)画面の前のキミの為に補足しておこう。

 俺は現実世界の退屈さから逃れるために、剣と魔法の戦いから牧場運営なんでもござれのファンタジーなゲームを新しく始めようとしていたのだ。

 今見えているのはそのゲームのオプション画面。

 そして冒頭のイケメンくんは、言わずもがなこの俺があらゆる憧れを詰めてキャラメイクしたアバターなのである。どうだ驚いたか!


 そんな訳で俺の異世界スローライフは、始めて間もなくして中断された。

 折角役に入り込んでいた所だというのに!

 たまの休みくらい幻想を見たっていいじゃないか。


「痛ってぇな、何すんだよスケベジジイ……」

「スケベちゃうわ。ベスケじゃ! まったく、このくらい別に痛かないじゃろ」


 どことなく時代を感じるツッコミに、渋々と振り返ればおや美少年。

 サラサラの白いショートヘアに、睫毛たっぷりのぱっちりお目目。アンバー色の瞳が、溢れんばかりの探求心をセーブすることなく漲らせている。


 ……俺とは正反対である。


「うるせーな、痛くなくても痛いって言っちゃうのがゲーマーなの」


 そう言いながら俺が頭頂部の違和感を払拭すべく髪を撫でている間にも、サイズぴったり本白衣を着こなしたベスケ兵助(御年65歳)博士氏は、俺の目の前をうろうろと動き回りながら何から語るべきかとぶつぶつひとりごとを発していた。


 ……うん、65歳だ。嘘はついていない。

 このジジイに常識を求めるのはご法度だ。


 理由は、まあ、平たく言えば彼が、とんでもない発明家だからか。


 そもそも、なぜこんな場所に彼がいるのか。

 それもその筈、ここは彼のだだっ広い研究所。

 俺はその部屋の隅っこという、妙に落ち着く場所に設置された高性能パソコンを使い、肩身の狭い思いをしながら長時間のキャラメイクに勤しんでいたのだった。


「のう、スナオ。わしは遂に世紀の大発明をしたぞ。お前の為に開発に着手し早10年――いや13年じゃったか――まあいい、遂に完成したのじゃ!!」


 興奮冷めやらぬといった様子で、博士は大きく手を挙げる。

 その奥には赤く分厚いのカーテンがぴっちりと閉じられていた。


 ……あまり紹介したくはないが、スナオというのは俺の下の名前だ。

 名前負けしている自覚はある。 

 スナオなのに素直じゃないなんて何度言われたことか……本題に戻ろう。


 博士が発明品を俺に披露するときはいつもこんな感じである。

 彼にはこの家に住まわせてもらっている恩があるので、時々研究やら開発やらを手伝ってはいるのだが、じいさんの考えることはいつも突飛でスケールもでかい。

 よって俺は特に全貌を把握することなく、ただ指示通りに作業するだけで事なきを得ていた。

 そんな訳なので、俺はじいさんの発表会を見せられる度に、おいおい俺はそんな研究に加担していたのかよと唖然とするのがいつもの事なのだが……。

(例えば『コーナーで差をつける! 全自動カーブシューズ』の開発、『ゲーム内の満腹度と現実の満腹度を連動させるシステム』の開発etc…彼は基本子どもウケの良い発明の事しか頭にないため、俺が欲しがるような発明品は中々作ってくれない。チクショー)


 この日のじいさんの気合の入れようは何とも表現しがたい覇気があった。


「今度は何を作ったんですか」


 俺が尋ねると、彼は誇らしげな笑みを浮かべ、カーテンの脇の紐を握り込み、そして勢いよく引っ張った。


「これがわしの発明――『異世界転生装置』じゃ!!!!」


 カーテンが音を立てて左右に開かれ、ぱんぱかぱーん、という能天気な描き文字が今にも浮かび上がってきそうな勢いで姿を表したのは、武骨で巨大な漆黒の装置だ。

 人間一人が余裕で入れるであろうサイズのポッドを中心に、室内を覆い尽くさんばかりの……何に使うかよう分からんメーターやモニターが埋め込た壁が、まるでモノリスのような鈍い輝きを放っている。

 こいつ、俺が知らない間にこんなデカいメカ作ってやがったのか。

 確かに最近何かの重たいパーツの組み立て作業が多いと思っていたが……。


…………いや待てよ、ナニ装置だって?


「『異世界転生装置』じゃ!!!!」


 なんだそれ。


「このマシンに乗り込んでな? ちょちょいっと設定を弄ってポンとレバーを引くとだな……おやまぁ不思議、剣と魔法の世界にあっちゃっちゃ~!」


 ジジイ、いやベスケ博士はひょうきんに身振り手振りを添えて説明する。


 いやいやいや。

 いくらジジイが天才発明家だとしても、そんな何世紀先の未来のマシンみたいな代物、作れるわけが無い。


「作れてしまったのだから仕方がない。お主も見てきただろう? 非凡なる才能を持ってしまったわしの、華麗なる発明品たちを……」


 若返り装置とかな。

 絶対に世の中の役に立つ発明なのに、じいさんの奇天烈な倫理観を理由に学会を追放した世界を認めないとか言って、絶対にその存在を公表しようとしないアレ。

 まあ、ゾンビになれば死んでも研究出来て面白いなんて発想から人間をゾンビにする研究をし始めた老人を、追放処分だけで許した学会とやらも随分寛大だと思うが……。

 その研究過程で開発出来たのが、若返り装置だったという。

 目の前にいるこの博士こそ、その装置の被験者第1️号だった。


 ……まあ、じいさんの話はこのくらいにするとして。

 聞き捨てならないワードがあった。


「……これを、俺の為に作ったって?」


 黒い機体に触れると、無機質な冷たさと、モーターか何かの微細な振動が伝わる。


 一応言っておくが、俺は生まれてこの方異世界に転生したいなどと口にした事は無い。

 まあ、興味が無いわけでは無いが、じいさんに異世界転生させてくれと非現実的な願いをせがんだ事はただの一度も無い。……もしかしたらいや、1回くらいはあったかもしれないが。


 俺が神妙な顔で自分の過去に思いを巡らせていると、じいさんは相も変わらず自信満々な笑みで大きく頷き、俺の肩に手を置いた。


「中卒フリーター歴十数年、年齢=恋人ナシ……何故か友達もろくに居らず……頼れる身内は老い先短いわしのみ。お主の過去については、まあ詳しくは言及せんが、長きにわたりお主がこの世を生きづらいと思ってきたであろうその気持ち。分からんでもないことじゃ」


 やかましいわ。でも、あれ、なんでだろう、頬に水が伝っている気がするんだ……。


「ジジイ……博士……」

「だからこそ! お主にはそんな切ない心を持つこと無く! 向こうの世界で、新たな人生を歩んで欲しい!!」


 博士はひしと俺の肩を抱きしめる。

 いつの間にか彼は足台に乗り、身長差を縮めていたようだ。


「幼かったお主を我が家へ迎えたあの時から、お主はわしの可愛い息子じゃ。お主には、昔のように……心の底から笑って、毎日を過ごして欲しいんじゃ」


 博士……そんな事を思っていたなんて、初耳だぜ。

 彼の肩越しに見える壁にふと目が行った。

 養護施設から引き取られたばかりの頃の俺が、まだ大人の姿だった頃の博士に抱き上げられて笑っている写真が、熊の形を模した木製のパステルブルーの額に飾られている。


 ああ、こんな時代もあったな……と、俺は柄にもなくしみじみとした。


「……そんな事言って、本当は装置の人体実験したいだけなんじゃねえの」


 俺が水っぽくなった鼻をすすりながら強気に笑ってみせると、博士の肩がぴくりと震えた。


「………………いいや?」


 何だ今の間は?


「安心せい。異世界でも一人で生きていけるよう、万全の策を練って送り出してやる。後はお主が出発するだけじゃゾイ!」


 子どもの落書きのような笑みで博士は俺の肩をぽんと叩いて、足場から軽やかに飛び降りた。

 ……と言われても、俺はまだやり残したゲームとか、バイト先の店長に何て説明すればいいんだとか、どんな世界に飛ばされるのか等、聞きたいことは山程あるのだが。

 それに、いくら魅力的な提案とは言え、安全面に保証が無いと俺も流石に不安だ。


「でもさぁ博士……そりゃ、俺も気になるけどさぁ」

「いいから早く行けええいッ!!」


 少年(老人)の細足に力強く背中を蹴り飛ばされ、俺はポッドの中にきれいにシュートインした。


《転送シークエンス、開始ィ!!》


 自分で録音したのだろうか、博士の熱気の籠もった声が機械から響く。

 がこん、と機械が沈み込む感触と共に、ゆっくりと金属製の扉が迫り、状況を理解する前に視界が黒一色に塗り潰された。


 僅かな隙間も無い、漆黒の闇。


「おいジジイ、俺まだ行くって言ってねえんだけど!?」


 しかし虚しくも俺の叫びは、この棺桶の中に反響するばかりであった。



 ……本当に大丈夫なんだろうか? やべ、怖くなってきた……。


 ポッドの外から、くぐもった電子音と、金属が軋むようなガチャガチャという音。

 いつ暴走するか分からない、絶え間ない振動。

 ふしゅうぅ……と、不穏な蒸気の噴き出す気配が、閉ざされた空間にじわりと響く。

 博士が恐らくキーボードか何かを打鍵しながら興奮気味に喋っているようだが、くぐもっていてろくに聞き取れない。

 訳も分からないうちに、段々とポッドの中の空気が熱を帯び始める。


 ……熱い。サウナのようだ。

 このまま蒸し焼きになって死んだりしないだろうな。そんなの嫌だぞ、俺。

 こんな事なら入る前に何としてでも睡眠薬か何かを手に入れ、眠るように送られるべきだった……と後悔したのも束の間。


 なにかを吸い上げるような轟音とともに、装置全体が激しく揺れ始めた。


 ――ああ、生きた心地がしない。あまりにも。


 そういや魂だけ転送したら、この体はどうなるんだ。

 冷凍保存されるのか?

 考えるのも今更な事を考えながら、ぎゅっと目を瞑る。


 やがて、奇妙な浮遊感が訪れた。


 まるで自分の輪郭がほどけ、境界が曖昧になっていくような感覚。 

 溶けるように、霧のように拡散していく。

 ――だが、不思議と痛みはない。ただ、ひたすらに現実感が薄れていく。


 いつの間に、俺は光の中に浮かんでいたんだろう?


 その自覚が消えるよりも早く、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。


お読みいただきありがとうございます。

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6話くらいまでは時間差で投稿予定です。

↓の★★★★★評価も…なにとぞ…!

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