50.入学
「ユーリア様。ここが貴女の部屋ですわ」
ルリーハ先生の案内で寮の個室に到着した。長の養女という身分からか、かなりいい部屋をあてがわれた気がする。奥方様のお部屋くらい広くて、並ぶ家具も持ち込んだものと劣らぬいい品質だ。すでに荷物の大半は片付けられており、ふわふわと運ばれてきた荷物も所定の位置へとそれぞれ片付いていく……栗鼠たちが拳を作り、腕をぶつけ合いながらお互いの健闘を讃えているのは、ひどく愛らしい。
「……こんなに綺麗な部屋、使ってもよろしいのでしょうか?」
わたしが首を傾げて、ルリーハ先生を見上げて、そう問うと、ルリーハ先生は目を丸くした後くすくすと笑って、わたしの手を握って言った。
「いいのですよ。ユーリア様。貴女は、長の養女という立ち場の上に、今回の新入生の最優秀をとっています。女生徒が最優秀を取るのは初めてのことで、同じ女性としてわたくしも大変嬉しく、誇りに思っておりますわ。ですから、この部屋はユーリア様がご自身の努力で獲得されたもの。誰にも文句などつけられないのです」
少し冷たいけど、優しいルリーハ先生の手と、その言葉にわたしは涙腺が決壊しそうになりながら、コクコクと頷いた。あらあらと笑って手を離してくれたルリーハ先生は手巾をとりだし、目を拭ってくれた。
「まだ幼いとはいえ、淑女が簡単に表情をあらわにするものではありませんわ」
そう言って、拭ってくれたルリーハ先生の手と手巾からはいい香りがして、これがいい女なんだとわたしは胸がドキドキとした。
荷物は片付き、この後寮内を案内すると言われ、慌てて仮面を付け替えた。そして、各部屋を案内される。わたしが講義を受けている間に家事をこなさなければならないばあやは、必死に場所をメモしている。
「週に三度、月の日と水の日、金の日に大食堂で全校生徒で食事を一緒にとります」
ルリーハ先生の言葉に、ばあやは目を剥いて固まってしまった。すぐに意識を取り戻したばあやは、食いつくようにルリーハ先生に問いかけていた。
「それは、お嬢様が男子学生と共に食事をとるということですか?」
「えぇ。そうですわ。忍びとして生きる以上、仮面やベールをつけたまま食事をする訓練は必要です。まだ、失敗しても許される学院生の頃から、慣れていかなければ、将来恥をかくのは彼女たちですもの」
そう優しく言ったルリーハ先生の言葉は、生徒への愛に溢れていて、ばあやもわたしも納得できるものだった。
「せっかくですから、大食堂にも案内いたしますわ!」
大食堂は別の建物にあるようで。男女寮それぞれから空に伸びる階段を渡るとたどり着くらしい。透明に見える床にばあやと二人、手を握り合っていると、そんな様子を微笑ましいと言わんばかりに見守っていたルリーハ先生が解説してくれた。
「透明な床ですが、下からは透明に見えるので、わたくしたちの下着が見えるようなことはありませんの。普通の床と同様……いえ、それ以上に頑丈ですし、心配はご無用ですわ」
にっこり笑うルリーハ先生の言葉を聞いて、納得したわたしと、納得しても恐怖は別だと震えながら歩いているばあや。わたしたちの歩調に合わせて、ゆっくりと食堂に向かった。
「ここからが女子寮ですわ。ですから、こちらに認識の魔術具がございますの」
ルリーハ先生の案内で、視線を空に向ける。一つ目の扉を開けた時、二つ目の扉との間の空間の天井に大きな魔術具が付いていた。この魔術具が各寮の入り口についていて、違う寮に入ると弾き返すらしい。最初は軽く飛ばされる程度だが、別の者を強引に押し込んだり、連れて行こうとしたり、画策して色々な方法で入ろうとするなど、前科があったりしつこかったりするとかなり酷い目に遭わされる可能性があるから注意するようにと警告を受けた。そのため、男子生徒が女子寮に迷い込むことやその逆は起こり得ないらしい。
しかし、わたしの視線は魔術具に釘付けだった。……そう案内された認識の魔術具には大蛇が巻きついている。シャーシャーと泣いているが誰も聞こえている様子はない。精霊の一種だろう。
実験として、実際に女子寮に入ろうとしてみせた男性の先生を尻尾で振り払っていた。関係者を安心させるためのデモンストレーションらしい。
……魔術具にも精霊たちが関係あるってことかな? 不思議に思ってライトとマーシーを見るが、二匹にもしくみがわからないらしく、首を傾げている。お兄様のくれた魔術具にはそんな気配がないんだけど……。そう思ってたしは首を傾げて自分のもらった魔術具をみてみたが、自分に理解できないことだと思ったので、今度お兄様に聞こうと思った。……その後の談義が始まるなら遠慮しておきたいけど。
「ちょうど今夜から、食事を全校生徒でとる日ですね」
男性の先生に説明されて、わたしはびっくりした。そして、ルリーハ先生の案内で、食事の際の席を教えてもらう。隣はメイで、反対隣はまだ知らない女生徒だ。そして、前の席はエイガと、見知った顔が固まっていて安心した。
「あの、おに……イカルガ様は遠いお席なんですか?」
わたしがルリーハ先生に聞くと、笑いながら少し離れた席を指さしてくれた。いたずらっ子のように笑みを浮かべて付け加える。
「女生徒に人気のイカルガくんが気になるなんて、もうファンクラブに入っていらっしゃるの?」
「い、いえ。その」
わたしが口籠もると、ばあやが後ろから口を挟んでくれた。
「従者の身で申し訳ございません。イカルガ様は、長の家で何度かお嬢様の面倒を見てくれたことがあるのです」
「彼も長の家にお世話になっていますものね」
納得した表情のようにも見えるが、なにか面白いものを見るようなルリーハ先生の顔が、強い妖に狙われた時のように怖くて、思わずばあやの袖を握った。
「ふふふ、では、お部屋に戻って休憩なさって。後ほど、鐘のなる前にこちらにいらしてくださいな」
そう言って、解散した。ルリーハ先生がわかりやすく説明してくれていたからか、部屋までは迷うことなく戻ることができ、わたしはばあやとお茶を飲み、ほっと息をついた。
「鐘がなる前に集合しなくてはなりませんね。お嬢様」
「でも、メイ様にも会いに行きたいわ」
わたしの言葉に思案したばあやが提案してくれる。
「では、メイ様とご一緒に大食堂に向かったらよろしいのでは? 少し早めにお迎えに上がりましょう。お部屋は聞いてますものね」
メイと友人だと言ったら、ルリーハ先生はついでだからとメイの部屋の場所も教えてくれた。誘ってみて無理なら、一人で行けばいいし、そうしようとお茶をまた口に含むのだった。
「メイ。一緒に大食堂にいくのはどうかしら?」
わたしがメイの部屋でそう誘うと、メイがすぐに了承し、少し準備をしてから出てきてくれた。
「お姉様。わたくし、友人のユーリア様と向かいますわ」
「あら、よかったわね? ……あら? 貴女以前、イカルガ様と一緒にわたくしたちを助けてくれた……?」
メイのお姉様に向かって首をブンブン振りながら、視線を向けると、納得したような表情をして、頷いてくれた。メイのお姉様ですら危険と思う、お兄様のファンクラブ。なにそれ怖い。
「ありがとう。メイをよろしくね」
そう言って手を振り、友人の元に向かったメイのお姉様と別れ、わたしたちは大食堂に向かった。
「あ! ユーリア!」
メイと隣に腰掛け、わたしが話をしているとそんな声が聞こえてきた。視線をあげると、エイガが立っていた。
「エイガ! 久しぶり。無事に入学できて、お互いよかったね」
「ユーリアが落ちることはありえないだろ」
そう言いながら、椅子を引き、エイガがわたしの前に座る。そして、何気なしの様子でわたしの横に視線を向けるとギョッとした表情をした。
「え? エイガどうした、」
わたしがそれに釣られて横を向くと、頬をぷくーっと膨らませたメイがいた。
「え、め、メイ様? どうなさいましたか?」
わたしが問うと、メイは器用にも、頬をぷくーと膨らませたまま、口を開いた。
「だって、ずるいんですもの! わたくしだって、わたくしだって、ユーリア、メイと呼び合って気軽におしゃべりする仲になりたいですわ!」
メイのそんな言葉に、エイガが吹き出す。
「だって。呼んでやれば?」
笑いすぎて出た涙を拭いながらそんなことを言うを軽く睨みながら、わたしはメイに問いかける。
「えーと、メイ?」
「ええ、ユーリア」
嬉しそうに笑うメイに、わたしは提案した。
「メイとエイガも友達になったらいいんじゃない?」
わたしの言葉に視線を合わせて固まった二人がわたしの方を見てそれぞれ言う。
「無理無理無理。女の子を呼び捨てなんてできないって」
「そうですわ! 殿方を呼び捨てなんて!」
わたしはなんだとエイガに怒りをぶつけながら、二人がお互いを呼ぶ練習をさせる。面白く思いながら、ふと視線を感じて見上げると、お兄様がこちらをみて優しげな表情を浮かべていた。その隣にいてお腹を抱えているのが、かの友人じゃないと言っていた友人だろうか? すぐに視線は逸らされ、わたしも二人に向き直る。すると突然、わたしの後ろで一人の女生徒が立ち止まった。
「あなたが、汚い手で長に取り入って養女になったっていう子でしょう? そんな汚い手で最優秀をとって恥ずかしくないの?」
ちらりと視線を上げると、二つに結んだ髪をぐるぐるに巻いて、腕を組んでこちらを見下ろそうとして必死になっている小さな女の子がいた。
「……でさ、エイガって、」
無視してわたしが話に戻ろうとすると、その子は吠えた。
「無視しないでよ! あなた、童女のファン!? その仮面をしているってことは結構なファンでしょう!? あなた如きが憧れていい存在じゃないのよ!」
後ろでキャンキャン吠える女生徒を無視して、わたしはメイに視線を向ける。両手を合わせ、小さく舌を出してウインクするメイがくれたのは童女のグッズか何かだったんだろう。確かに、わたしの仮面と雰囲気が似ていると思った。本人だが、と思いながら、わたしは無視を決め込む。視線の端で立ち上がりかけたお兄様の手を引き、静止する友人じゃない友人……面倒だから友人もどきと呼ぶことにしよう。お兄様の友人もどきが腹を抱えながらこちらを見てた。わたしのことを何か言って笑っている気がする。
仕方ないので、無視を決め込み、わたしはエイガとメイと講義について話をする。
「わ、わたくし、あなたが最優秀なんて、認めないんだから!」
そう言って去っていった彼女に、わたしが小声で反論した。
「……別にあなたに認めてもらわなくても、学院に認めてもらっているんだけど」
わたしのその言葉を受けて、エイガが吹き出して机に撃沈した。その様子を見たお兄様の友人もどきが話を聞きたそうに席を立とうとし、お兄様に呼び止められていた。
……ちなみに、学院の料理はびっくりするほど美味しくて、長の家に匹敵するほどだったわたしはとても満足したのだった。
翌日、入学式。
食堂として使っている大食堂は行動に早変わりした。本当に早変わりした。教師がトントンと床を叩いたら、一瞬で椅子と机が浮かび上がって並び直した。その動きには、小さなキラキラ光る大きい虫がブーンと飛んで、一匹で一脚ずつの椅子を移動させる早技だった。昨日と同じ椅子に腰掛ける。
全校生徒の前で、一人ずつ名前を呼ばれる。わたしは最優秀だから、最後らしい。ルリーハ先生が説明してくれた。
「エイガ・フジーリ」
「はい」
先に男子生徒が呼ばれた。そして、女子生徒が順に呼ばれる。わたしに突っかかってきたその女の子も震える声で返答した。
「メイ・フジュー」
「はい」
メイが返事をする。わたしの番が来る。
「ユーリア・フージ」
「はい」
静かに返答して立ち上がる。
「代表して、今年の新入生の最優秀、ユーリア・フージ。バッジの授与を行う」
「はい」
わたしが返事をして立ち上がると、上級生の席でも少しざわめきが立った。長の養女。それがどんな目で見られるのか、その立場を改めて認識した瞬間だった。お兄様が目だけで頷いてくれた。
わたしは前に進む。高鳴る胸と、暑くもないのに流れ出る汗。触れる汗が少し寒く、冷静に慣れた気がする。
学院長先生はかなりご高齢の殿方だった。学院長からバッジを受け取ったルリーハ先生が、わたしの胸につけてくれる。わたしが女生徒であるゆえの配慮だろう。学院生の証だ。少し触ると、冷たく輝くそのバッジは、わたしに自信を与えてくれた。ルリーハ先生と学院長先生と目を合わせて小さく頭を下げ、後ろに振り返る。そして、頭を下げたわたしは、今までの日々を思い返した。
虐げられた生家での生活。鍛錬の日々。武闘大会での敗北と勝利。長の家での努力。全てを思い返して、わたしは顔を上げ、笑顔を浮かべ、一歩踏み出した。そんなわたしの横には、いつも通り精霊たちが舞い、ライトもマーシーも嬉しそうに祝ってくれているようだった。
こちらで第一部完結となります。お読みいただき、ありがとうございます。
第二部については書きたいと言う気持ちはあるのですが、現在構想中です。準備が整い、納得のいくお話が書けそうになった段階で再開したいと考えております。
続きを読んでくださるという優しい読者の皆様、ブックマークを外さずにお待ちいただけると幸いです。




