49.出立
「お嬢様! 荷物は全部揃ってますね!?」
「大丈夫!」
この日は淑女らしさをかなぐり捨て、ばあやと必死に荷物を確認した。先に送られたものはもう寮の一室に届いているようだが、今日持参する分は馬車の後ろにつなげていく。奥方様に“もう一、二台、馬車を用意しなくて大丈夫かしら?”と聞かれたが、わたしもばあやも荷物が少ないから、自分たちの乗る馬車に一緒に乗せればいけるだろうと判断した。……楽観的だったかな?
バタバタと荷物を運び、途中からは丁稚が運んでくれたり、わたしたちの目が届かないあたりからは下男が乗せてくれたりしたらしい。
ガランとした部屋を見て、胸に何か込み上げてきた。寂しいような、これからの生活の期待のような……。学院生に憧れて、鍛錬して、武闘大会に出て、実家を出て……ついにここまできたんだ。ばあやの手を握り、二人で部屋に頭を下げて馬車へと向かった。
馬車の中は思ったよりも狭く、家を出た時よりもかなり増えた荷物に、二人で笑ってしまった。
学院に着いてから、この寮の荷物をばあやと二人で運ぶのかと気後れしていたら、そんなわたしたちの空気を読んだ御者が、独り言のように教えてくれた。
「学院についたら、荷物は魔術で運んでもらえるから楽なんですよね。あれ、学院外でも使えたらいいといつも思ってるんです」
その言葉に安心する。馬車の窓から外を見た。外からは全く見えないが、中からは見える。不思議な作りだ。長や男性使用人たちが見送ってくれている。奥方様や女性使用人は事前に挨拶をした。生家を出たときよりもはるかに多い見送りに、胸が熱くなる。ふと屋敷の方に目を向けると、奥方様の部屋のあたりから、なにか光が空に向かって放たれている。
「まぁ! 見送りの光! かなり高度な魔術なので、初めて見ましたよ。奥方様はやはり本当に優秀なのですね」
ばあやが感動したように声をあげた。嬉しくて、お礼を返したい。そんな気持ちをマーシーとライトが拾ったのか、隙間から外に飛んでいき、馬車の上で何か魔術を使った気配を感じた。驚いたような馬の嗎に、御者の慌てた声が聞こえ、すぐに落ち着いた。目を丸くして腰を抜かしたように転がっている男性使用人たちと、がははと爆笑している長。見送りの光は一旦止まり、また盛大に上がり始めた。
それを受けたかのように、マーシーとライトが馬車の後ろで色とりどりの魔術を放つ。その美しい光景に、ばあやが感嘆のため息を落とした。
「なんて美しいのでしょう。お嬢様は本当にすごいです」
ばあやの言葉を受けて、わたしは小さく首を振った。
「ううん。わたしがこんなことをできるようになったのは、そんなわたしに家を出てついてきてくれると決意してくれて、いつも支えてくれるばあや。応援してくれるいろんな人たち。みんなのおかげだよ」
馬車の後ろを光らせながら、屋敷が見えなくなるまで見送りの光は続いた。
馬車が学院に着いた女生徒は寮に横付けできるらしく、寮の真横まで馬車を付けられた。寮監は女性の先生らしく、すらっとした美しい女性だった。顔を隠していて目元しか出ていなくとも、はっきりとそうわかるほど美しい。所作も一つ一つ丁寧で余韻がある。
「ようこそ。いらっしゃい。ユーリア・フージ様ですね?」
口から出る声は鈴を転がすような美しい声だ。うっとりと聞き惚れてしまいそうな。でも、色気も孕んだそんな声に、わたしはほうっと息を吐いてしまう。
「……あ、ゆ、わたくし、ユーリア・フージと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそよろしくお願い致しますわ。わたくし、実技をメインに受け持っておりますルリーハと申しますわ。ルリ先生、もしくはルリーハ先生とお呼びくださいませ」
笑顔で礼をする。そんなわたしに挨拶を返し、ルリーハ先生は笑みを浮かべて荷物を見せるようにいう。
「こちらでございます」
「では、浮遊の魔術を」
そうルリーハ先生が言うと、荷物がぷかぷかと浮かんだ……。わたしの目には、小さな恰幅のいい栗鼠の精霊たちがヨイショヨイショと荷物を運んでいるのが見える。嬉しそうなその様子と、精霊たちのかわいらしさにわたしが思わず笑うと、ルリーハ先生がにこりと笑ってわたしに言った。
「本当にユーリア様には特別なお力があるのですね。あなたの養父の長や養母もわたくしの元教え子ですわ」
そう笑うルリーハ先生の言葉に目を剥いた。どこからどう見ても十代から二十代に見えるルリーハ先生。一体おいくつなのだと考えていると、くすくす笑ったルリーハ先生に、部屋に案内すると声をかけられた。寮の入り口の扉を開けると、二つ目の扉が現れた。冷気対策かなと首を傾げると、ルリーハ先生が説明してくれる。
「女性の使う寮ですから、各扉は二重になっていますの。講義に使う講義棟では、扉はすべて一重ですわ」
そう案内されて、ロビーのようなところを見渡す。数人の女生徒がこちらをみている。おそらく上級生たちだろう。その中で一人、小柄な女児の姿が見えて目に向けると、向こうも嬉しそうに立ち上がり、わたしのところまで駆けてきた。
「お久しぶりですわ! ユーリア様!」
「メイ様!」
見覚えのある姿にわたしも笑う。そして、メイが焦ったようにわたしの手を引き、耳元でささやいた。
「ユーリア様。その仮面、童女のファンにはバレてしまいますわ。こちらをお送りするので、おつけください。友情の印ですわ」
メイの言葉に、仮面でバレる可能性など考えていなかったわたしは、慌てて仮面を付け替えようとすると、メイに手を抑えられ、小声で付け加えられた。
「そのように慌てて変えたらバレてしまいますから、お部屋で変えて何事もなかったように戻っていらしてください。似た仮面を選んであるので、バレないと思いますわ」
そう言われてお礼を言い、後で再会する約束をして手を振って別れた。わたしたちの様子を見ていたルリーハ先生に笑いかけられた。
「ユーリア様にはもうご友人がいらっしゃるのですね。いいことですわ」
どこで出会ったのかお見通しと言わぬばかりの笑みに、わたしも笑顔を浮かべて頷いてみせた。……この先生、なんでも知ってそうな感じが少し怖い。




