47.支度
一度、お兄様宛に文を送ったのに返事もなく、最初は悲しんでいたわたしも徐々に怒りを感じ始めた。
「……何の説明もなく、あんな一方的に絶縁を宣言してくるなんて、お兄様には乙女心がわからないんだから!」
ぷんぷんしながら、わたしが学院の準備をする。学院のために買ったものは全てお兄様と一緒に買いに出かけたものばかりで、胸がギュッと萎んでしまいそうなのを首を振って気持ちを切り替え、一つずつ箱に詰める。
この世界では、新年を迎えると同時にみんな一つ歳をとる。奥方様に神様の話を聞いたが、興味がなさすぎて頭に入っていない。わたしが信仰を覚えているのは、前世の世界の創造の女神ディアニンヌ様だけだからだ。
「あらあら。お嬢様はまだご機嫌が斜めですね」
ばあや自身の準備もある中、わたしの学院入学の準備も手伝ってくれる。学院では基本的に寮生活をするらしい。家庭の都合で帰宅するのは自由だが、次に帰宅するのは新年の挨拶のための年末から新年までだ。そして、新年を超えてすぐ新年度に変わる。つまり、新年である一月に入学式があるのだ。そう思うと、わたしが地下水路に気軽に誘いまくってたのもあるが、お兄様はかなり高頻度に帰宅していたと言えるだろう……。今は、お兄様のことなんて考えないけど。
お兄様への怒りに任せて刺繍をしたせいか、刺繍の腕前はかなり上達した。ディアニンヌ様の紋章である水と鳥と葉っぱの意匠。ばあやには“意味はよくわからないけれど、美しいですね”と褒められたその意匠も手巾やベッドカバー、クッションなどあちこちに縫い付けてある。余っていたキラキラした糸————アラクニの糸————で縫いまくった。レースをつけたらとばあやに勧められたが、それはキラキラしすぎてしまうため、これで十分だ。……これでも装飾過多な気がするけど。今は、ディアニンヌ様の紋章をいつでも持ち歩けるように、何か装飾品にできないか悩み中だ。
「ばあや。持ち物は大体箱に詰め終わったし、この荷物は長に頼めば、学院の寮まで運んでもらえるのでしょう?」
「そうですね」
ばあやの分の服も箱に詰め終わった。元々荷物が少なかったこともあり、この部屋はかなり殺風景だ。あとは、今着ている服や日常で使うから取ってあるものと一緒に学院に向かえば、無事に過ごせそうだ。奥方様には、“ここもユーリアの部屋なのだから、荷物は置いていっていいのよ”と言われてるけど、元々の荷物が少なかったせいか、置いていくものはほとんどない。
新年に向けて、もうそろそろお兄様が屋敷に年越しのために戻ってくるそうだが、わたしとしてはお兄様に会いたくなくて、不満な気持ちだ。
「ユーリア。いるか?」
ドアの前でそんな声がして、わたしは飛び上がった。ライトとマーシーもわたしの気持ちを読み取って、シャーシャーと唸っている。
にこりと笑ったばあやに優しく肩を叩かれ、抱きしめながら囁かれた。
「お嬢様。イカルガ様はお嬢様にとって、大切なお方でしょう? いつまでも喧嘩していてはいけませんよ。ほら、仲直りのチャンスですよ」
ばあやにそう言われて口を開こうとしたら、先にお兄様から言葉が飛んだ。
「……今夜、少し話がしたい」
お兄様にそう言われて、わたしは返事ができなかった。しばらく待った後、声をかけられた。
「……また、迎えに来る」
そう言って布擦れの音が聞こえて、お兄様が去っていった。普段はこんな音なんて立てないのに、自分がいなくなったことをわたしに気づかせて、安心できるようにしてくれたのだろう。ほう、と息を吐く。お兄様の気遣いを感じて、嬉しいような悔しいような、怒れるような、複雑すぎる心境に疲れたわたしは長椅子に腰掛けた。
「お嬢様。老婆心ながらアドバイスすると、大切な人と大切と伝えられずにいると、突然の別れがあった時に後悔しますよ……。この忍びの世界は、命と隣り合わせですから。特に、相手から歩み寄ってくれたのに、何も伝えられない場合、本当に心の底から後悔します」
そう言ったばあやの表情は違う方向を向いていて、あまりよく見えなかった。でも、声色は震えていたし、きっと何かを思い出して悲しんでいる。そんな気がした。




