46.離別
「ばあや。お兄様への文、問題ないか見ておいてもらえる?」
「はいはい。わかりましたよ、お嬢様」
お兄様との文事件については、ばあやにも奥方様にも爆笑された。そして、相手がお兄様でよかったと真剣な顔で言われた。かなりの問題発言が混じっていたらしい。まだ幼いからと二人からは濁されてしまったが、直接的な誘い文句も入っていたようだ。二度と使うなと釘を刺された。
「はい。この文なら問題ないでしょう。そういえば、お嬢様。もうすぐ六歳になられますね」
しみじみとした様子でわたしの成長を喜んでくれている。目を細めてくしゃくしゃにして笑うばあやの顔がわたしは好きだ。……ばあやばあやと呼んでいるが、この世界の平均寿命が短いからばあやと呼んでいるだけで、前世の世界では成人女性とカウントされる年齢だろう。そんなところに、わたしは前世とのギャップを感じる。
ばあやと文を完成させてお茶を飲んでいると、お兄様が部屋に訪ねてきたと報告を受けた。約束もないのに、と思いながら部屋から顔を出し、お兄様に声をかけた。
「お兄様。約束がないのに、珍しいですね。あ、お茶はいかがですか? 今、」
「いや。手短に話す。結構だ」
いつもよりも少し緊張したような、怖い顔をしたお兄様は、学院から屋敷に帰ってきたタイミングなのか、制服姿だ。わたしも、もうすぐあの制服を着れるんだ。そう思いながら、部屋を出て、お兄様の前に立つ。お兄様を見上げ、微笑むと、お兄様は一瞬口をつぐんだ後、言いにくそうに口を開いた。
「ユーリア。……私は君とは学院内では、必要最低限しか関わるつもりはない。君も私と知り合いだと悟られないようにしなさい」
お兄様の言葉を受けて、わたしは納得した。きっと先日のわたしの文の誤爆事件で揶揄われたのが、後を引いているのだろう。そこについてはもう問題ないと答えて、学院でも師弟関係として関わっても周囲に誤解を与えないと伝えなければ。
「お兄様。ばあやにも奥方様にも、文の件は話しました。わたしが文化に疎いことをご存知のお兄様だったからよかったものの、かなり問題があったと自覚をしています。以後、このようなことがないように、奥方様もばあやも協力してくれるそうです。だから、問題はないですよ?」
わたしがそう言ったものの、怖い表情をしたまま、お兄様は首を振り、こう言った。
「いや。それは関係ない。学院内では文も極力出さないでくれ。……言いたいことは、これだけだ。私は言ったからな?」
そう言って、お兄様はこちらを振り返ることもなく去っていった。お兄様が去って、衝撃で動けないわたしに、ばあやが部屋の中からぎりぎり顔が見えないラインまで顔を出して、わたしに声をかけてくれた。
「……お嬢様? 大丈夫ですか?」
「……うん」
わたしの声は、なぜか掠れて声にならず、その返事を受けて、ばあやが一度部屋に引っ込んで何かをガサガサと取り出してきた。
「お嬢様。泣かなくても大丈夫です。婆がここにいますよ。……だから、お部屋に入りましょうね」
布をかぶって顔を隠したばあやがわたしの側まで来て、わたしを抱きしめてくれた。
ばあやに先導されるまま、部屋に入った。ばあやに目元を拭われて、自分が泣いていることにやっと気がついた。
「……きっと、イカルガ様にも、なにか事情がおありだったのでしょう。大丈夫です。イカルガ様がお嬢様を大切に思っているのは、この屋敷にいる全員が知っていますよ」
優しく頭を撫でられ、わたしはばあやに抱きしめられながらしゃくりあげた。その後ずっと慰めてもらい、泣き疲れたわたしはそのまま眠りについた。
それから、お兄様がわたしの元に訪れることは一度もなく、学院入学前だから大丈夫ですよとばあやに背中を押され、書き上げた文を送ったものの、返事はなかった。




