43.改善
「でも、普段からわたくし、とか、ですわ、とか……使ってられないんだよね」
わたしがばあやにそういうと、ばあやはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、わたしの耳元で囁いた。
「お嬢様。婆の前では自由に話して、必要な場所で必要な言葉遣いをすればいいのですよ」
にこりと笑ったばあやに励まされ、わたしはこれから言葉遣いに気をつけていこうと決意した。
「ユーリア。行くぞ。用意はできているか?」
「はぁい! お兄様、今行きます!」
ばあやとそんな話をした後、わたしはお兄様の声に返答した。部屋の外まで聞こえるように張り上げた声に、ばあやが早速頭を抱えた。手荷物をさささっとまとめて取り、ばあやに行ってきますの挨拶をする。
「じゃあばあや。行ってくるね」
「えぇ。お嬢様。お気をつけて……。少しは淑女らしさに気をつけるのですよ?」
「はぁい!」
荷物を持って駆け出したわたしの姿を見て、部屋の外で待っていたお兄様も小さくため息を落とし、呆れたような表情を浮かべた。
「ユーリア……。淑女らしさを取りに戻りなさい」
お兄様に叱られて、部屋から出るところをやり直しさせられたのだった。
「……でも、必要なものって全て揃っていますよね?」
お兄様に連れられ、わたしは街に繰り出した。まだ、学院入学に向けて足りないものがあるらしい。教科書に、学用品に、魔術具、制服。必要なものは揃っている気がしたわたしが首を傾げると、お兄様が怖い顔をした。
「一日中制服でいるつもりか? 寝具に寝巻き、普段着る服。布製品が圧倒的に足りていない」
「え? そんなにいるんですか?」
今世はボロ着しか与えられなかったし、前世も基本仕事に忙殺されていて夜会用の服と執務中の服で暮らしていたわたしにとって、布製品がそんなに必要な淑女らしい暮らしは想像できないものだった。……ぞういえば、前世でもわたしの身の回りを面倒見てくれていた部下がいた。目の前でわたしが殺されて迷惑をかけちゃったけど、あの後、国は大丈夫だったのだろうか。
女王としての思考に浸っていると、いつの間にか前を歩いていたお兄様が振り返ってわたしに言った。
「ユーリア。考え事は済んだか? ほら、店に着いたぞ」
案内された店は、貴人向けでもなく、どちらかというと裕福な平民向けのような店だった。不思議に思って首を傾げると、お兄様が教えてくれた。
「基本的に、貴人の女性は家から出ない。忍務があるものを除いて。使用人などの平民の女性が買い物に行くことがあるため、平民向けの店しかないのだ」
ばあやは使用人だけど、貴人らしさがあるよなと思って首を傾げていると、ため息をついたお兄様に説明された。
「君の乳母は、君の家の血族であろう? 低位になればなるほど、血族が使用人の真似事をする。低位の忍びの家では、その血族が買い物に行ったりすることもあるが、君の家は中位の忍びの家だっただろう? だから、血族として乳母や使用人の仕事を家庭内ではするものの、家の外には出ない。そんな存在なのだ」
お兄様の説明に納得したと同時に、今まで血縁など意識していなかったわたしは、ばあやと血縁関係にある聞いて、今までの人生において一番あの家に生まれてよかったと思った。
「だからこそ、直属の娘である君があのような真似をしていたのが、本当に異質なのだ。むしろ、ありえない」
そう言われて、店の扉を開けられた。案内されて、さまざまな服を試着する。他にももう一組客がいるようで、そちらはイライラしたような声が時々飛んでくる。関わり合いにならないようにしようと、わたしは即座に服を数着と、寝具、その他にも必要なものを選び切った。
「お兄様をお呼びしてください。もう必要なものは選びました」
あまりの大声に不安を覚えたわたしが、そう言った。店員が了承して服の間から出ていった。ふう、とため息を落とし、仮面を見つめた。試着の際に邪魔だったから今は外してある。お兄様が戻ってきたらつけないと思って、見ていると、突然大きな声がした。
「お客様! そちらは!」
「もっといい服を隠しているんでしょう!? 少し余裕がなくなったからって、よくもわたくしを軽く扱えるわね!?」
そんな声が聞こえ、わたしが“お母様に似た声だな”と思っている間に、仕切りとしてかけられていた布が開けられた。シャッと音を立てて開かれた瞬間、入ってきた女性と目が合った。
「あ……」
わたしがそう口を開くよりも早く、その女性は声を上げた。
「ユーリア!? あなた、ユーリアでしょう!?」
わたしの方にズカズカと進むのを、店員が必死に止めるが、血走ったように目を爛々とさせたその女性は止まらない。以前はあんなに高価な服で着飾っていたのに、今やもう平民向けの服を強引に豪華に見せている、そんな服を着ていた。
「……お母様?」
わたしは小さな声でそう答えると、お母様は目を見開いて、声を上げた。
「あなた! あなた、早くこっちにきて! あのユーリアが! ユーリアがここにいるわよ!?」
本来女性向けの服飾の店では、試着するスペースに男性がいるなんてありえない。しかし、特別にお母様の近くで待っていたのだろう。なに!? という声と同時に、ズカズカと歩いてくる音が聞こえ、カーテンが開けられた。
「ユーリアか!」
弟と連れて入ってきたお父様は、以前と比べてくたびれた服を着ていて、髪も少し艶がなくなった気がする。お母様も同様だが、全体的に落ちぶれた印象がある。そう思っていると、お父様はわたしの襟を掴んで声を荒げた。
「おい! 恩知らずのユーリアめ! せっかく長の女になったのに、なぜ家に恩返しをしようとしない!? お前が言えば、長も我が家に援助してくれるだろうに!」
そう言ったお父様の腕を掴んで、解放してもらおうともがく。
「く、くるし、」
「はよう両親に恩を返さないか? ここまでお前が大きくなったのは、誰のおかげだと思っている!?」
そんなお父様を死んだ魚のような目でみている弟には生気がなく、将来が心配になる程だった。




