41.茶会
「お嬢様。奥方様からお茶会のご案内が来ております。お嬢様のお作法を整えるために、お勉強がてらお茶会をしましょうとのことです」
「え、大丈夫かな? わたし、お兄様にもおかしいって言われたんだよね」
わたしの動揺に、ばあやが笑って頭を撫でてくれた。
「大丈夫です。きっと奥方様がお嬢様の所作を直してくださいますから!」
ばあやの奥方様への信頼は山々よりも高い。課題をこなすにつれて、わたしの文選びのセンスや御跡と呼ばれる筆跡が美しくなっているのが嬉しいらしい。奥方様がわたしの体調を気にして、お兄様を送ってくれたこともばあやは嬉しかったらしい。お嬢様を心配する人が増えていく。それが嬉しい、と。
「じゃあ、手土産を選んで、当日のお召し物も相談しましょうね」
ばあやにそう言われて、わたしは着せ替え人形となった。最初の服でいいと思ったけど、お茶会の趣向に合わせた方がいいのではと言う話になり、ずっと服を着替えた。疲れた。
「お嬢様。奥方様によろしくお伝えください」
数日後。そう言われて、わたしは部屋を送り出された。奥方様に聞いた、屋敷の中で女性が通る道というのを通る。安全だから、一人でいいとばあやを押し留めて奥方様の部屋に向かった。
「ユーリア。乳母は?」
挨拶を交わして、お茶会をすると思ったらすぐにそう聞かれた。首を傾げながら、わたしは答える。
「屋敷内ですので、安全だから置いてきました」
わたしのそんな言葉に、大きくため息を落とした奥方様が姿勢を正してわたしを扇で指した。
「あなたの生家では問題なかったかもしれないけれど、ここはこの街で一番大きな屋敷。長の家よ? 高貴な令嬢が一人で歩いていいとお思いかしら?」
そう言った後、奥方様は仕方なさそうに扇を開いて口元にやった。
「マナーはどれほど大丈夫か確認しようと思っていたけれど……。今日はちょうどよかったわ。……では、お茶会をする庭に行きましょう。貸し切ってあるから安心して」
奥方様の言葉に首を傾げながら、ベールをつけた奥方様の後を着いて歩く。ちょうどいい? 不合格を突きつけられたのに、ちょうどいいとは? そう思いながら、庭に着いて得心した。
「待たせたわね。イカルガ」
お兄様が立っているのは、庭の真ん中だ。庭は屋敷の裏手にあって、誰も通りかからない。そもそも高い壁に阻まれたこの屋敷の壁を登るものはいないだろう。ガゼボのようになっている場所にテーブルや椅子が準備されており、白を基調にしたその空間には、白い花がたくさん飾られている。同時に、皆が白い服で着ているため、とても異界感が強い光景になっている。非常に整った顔立ちのお兄様。美しい奥方様。ここは神々の世界に迷い込んでしまったのだろうかと、不安になる程美しい世界だ。
「いえ。奥方様。私も今着いたところです」
そう言って、奥方様のために椅子を引いたお兄様は、とてもスマートで洗練された動きをしていた。……もしかしなくても、わたしの目標ラインってここ? 無理では? そう考えていると、お兄様がわたしの分の椅子も引いてくれて、椅子に登るための足置き台も準備してくれる。
「……お兄様がお茶会にいらっしゃるなんて、驚きです」
お兄様も男性だから、女性の奥方様と同席はアウトでは? と思い、そう問いかけると、奥方様の方から返答が来た。
「殿方といってもイカルガはまだ十歳。保護者代わりのわたくしとのお茶会の同席はギリギリ許される年齢よ。同時に、ユーリア。あなたの保護者のようなことをしているから、イカルガとあなたの同席もギリギリ許されるのよ」
学院を卒業したら、もう許されないわ。そう言って、奥方様とお揃いのベールをつけた侍女にお茶を淹れさせる。お茶会の開始だ。
自力で持ち歩いていた手土産は、部屋に着いた時に侍女に渡してある。美味しそうなお菓子も目の前に並べられ、わたしはごくりと涎を飲んだ。
「……ユーリア」
奥方様から叱責が飛んだ。じっくりとお菓子を見つめるのに夢中になりすぎて、話を全く聞いていなかった。
「奥方様。ユーリアは食に飢えているのです」
お兄様がそうフォローしてくれたけど、奥方様は小さく首を振って言った。
「えぇ。ユーリアの生い立ちは多少旦那様から聞いているわ。でも、許していてはダメよ。学院に入学したら、ユーリアは同級生、もしかしたら上の学年の学院生たちとも共に食事をとることになるわ。もちろん、長の女として。そんなとき、ユーリアが食事に釘付けになっていたら? 長の家の不名誉にも繋がるし、ユーリア自身の瑕疵になりかねないわ。だからこそ、今のうちから注意して変えさせないと」
奥方様の言葉を受けて、わたしも視線をあげた。
「お兄様。ありがとうございます。奥方様。お目汚し、申し訳ございません。注意いたします」
わたしの顔を見て、表情を緩めたような空気を漂わせた奥方様が、お茶を口に含んだ。ベールがあっても表情を読ませる。いったいどうやってそんな行動をしているのか。そのことに気がつけただけでも、このお茶会の意義を感じることができた。




