38.努力
毎日毎日奥方様に文を出し、奥方様もそれに対して全て丁寧に朱を入れて返してくれる。こんなにも丁寧に指導してもらっているのに、投げ出すことなんてわたしにはできない。それに、せっかく養女にしてもらったんだから、期待には応えたい。そう思ったわたしは、睡眠時間を削って奥方様の課題を早急にこなした。
「お嬢様、無理をしすぎです。奥方様もそのペースで文を送られたら困ってしまいますよ」
「ばあや。でも、わたしにはまだ足りないことが多くあるの。早く養女として相応しい知識、教養を手に入れないと」
わたしがばあやに微笑んで机に目を戻す。ため息を落としたばあやがお茶を入れてくれるのを受け取り、蝋燭の火がじりじりと燃える中、わたしは文に向き直った。前回までの指摘された点は全てまとめてある。頭にも入っている。きっと次は合格できる。
「ユーリア。街に行くぞ」
「え、お兄様?」
翌朝。突然迎えにきたお兄様に、わたしは首を傾げる。しばらく地下水路に潜る予定は断ってあるし、わたしに用事はないだろう。
「……君は私が街歩きするのに付き合うつもりはないのか? 私はあれほど君に付き合ったのに?」
「……うっ、で、でも、お兄様。わたし、奥方様の課題をこなさないと」
「こなしすぎだ。あれは入学までに時間をかけてこなせばいいものだ。むしろ、卒業まででもいいくらいだ」
軽く手刀を入れられ、わたしはお兄様に連れ去られた。いつの間にかばあやが準備していた外歩き用の服に着替えさせられ、部屋の外にぽいと放り出されたのだ。
「……ほら、串焼きだ。ユーリア。君は根詰めすぎだ。身体を壊すぞ」
串焼きを差し出され、思わずわたしはかぶりつく。たまらない。相変わらず美味しい味だ。以前は食べきれなかったが、今は物足りなく感じる。
「え、でも、わたし、せっかく養女にしてもらったんですから、少しでも早く役に立った方がよくないですか?」
手紙の代筆とか、書類仕事のお手伝いとか、と、いろいろと指を一つずつ立てて考えると、立てた指をお兄様によって全て折られた。
「何するんですか!?」
「何を考えているのか、それは君だろう? 君はまだたった五歳だろう?」
「次の新年で六歳になります! それに、お兄様だって子供じゃないですか。まだ学院生ってことは、多く見積もっても十一歳? でも、十歳くらいですよね?」
「……私は君とは立場が違うんだ。君はあくまで才能を買われた養女だ。家のために役に立つことは大切だが、健やかに育つ義務がある!」
胸を張ったお兄様を訝しげに見ていると、困ったように頭を掻いて口を開いた。
「……それに、君を心配したあらゆる場所からなぜか私に苦情が来ている。もっと力を抜かせろ、と」
お兄様が差し出す果実に飴を絡めた棒を受け取る。食料を与えること=力を抜かせることと思っているのか、次々と食べ物を渡してくるお兄様に困惑しながら、わたしは飴を口に運んだ。ぱりぱりとした食感に、たまらない甘さが口に広がる。
「……、うんま! なにこれ!」
「……君は全く。養女として学ぶなら、そのような所作についても考えなさい。高位の家の者として相応しくない」
お兄様がそう言って、手巾を胸元から取り出し、わたしの口を拭う。口の周りが汚れていたらしい。
「例えば、どのようにですか? ……其方、妾の役に立ったぞ。褒美をとらせよう、とか?」
わたしが胸元から扇子を取り出してそう言うと、ひどく傷ついたような表情を浮かべ、目を丸くしたまま固まったお兄様が、一度遠くを見てから咳払いをしてこちらを向いた。
「……なぜ上からなのだ。君は長の養女ではあるが、立場としては不安定だ。同地位の相手に言うような言葉・態度にしなさい」
「妾と共に食事をするか?」
「……君には。言い方を間違えたようだ。奥方様を参考にしなさい」
「わたくし、皆様のお役に立ちたいのですわ」
「……君の中で奥方様のイメージについて疑問はあるが、言葉使いとしては正しい」
ため息を吐いたお兄様が、軽く頭を振って訂正した。
「……ただし、今はまだいい。学院での所作の話だ。今は君が努力しすぎている点について、問題だということを理解してもらいたい」
その後、養女が過労で倒れた場合、長の家が周囲からどのような目で見られるか、奥方様やばあやがどれほど心配しているか以下くどくどとかなり語られた。今世で放置されていたわたし的にはセーフのラインは、意外とこの世界でアウトなラインだったらしい。もしかして、生家を訴えたら罰せられる? と思うと、普通の子女はそんなことを思わないし、はしたないと注意された。女性が家の所有物という考えは、この世界で一般のもので間違っていないらしい。
合間に差し出される食べ物が美味しくて、わたしはそれに夢中になりながら話を聞いた。反省。少し頑張りすぎて心配かけたみたい。女王の頃の業務量よりも軽いから平気だと持っていたけど、身体は幼女だ。客観的に見ていると周囲が心配になることも理解できた。さすがお兄様。




