36.合格
「ユーリアです」
ばあやも連れてこいというご指令だったので、顔を布で隠したばあやと仮面を被ったわたしが奥方様の部屋に向かった。
「よく来たわね。今日は、先日もらった文について、聞きたいことがあって呼んだのよ」
案内されるがまま、席につき、ばあやは後ろに控える。入り口で侍女に糸は渡した。
「奥方様。ユーリア様からの手土産です」
「あら。ありがたくいただくわ」
そう笑って木箱を手に取ってくれた。手土産を持参したのは正解だったようで、小さく息をついた。
「まぁ!?」
糸を見た奥方様が声を上げた。その様子に、失敗だったかとばあやと顔を見合わせる。次の瞬間、奥方様は破顔して言った。
「これ、あのアラクニの糸じゃないの!? 学院を卒業してから、なかなか手に入らなくてね。ありがたく頂戴するわ」
きらきらと輝く糸を手に取り、うっとりと見つめながら奥方様がいたずらっこのような表情をこちらに向けた。
「イカルガと一緒に取りにいったのでしょう?」
「はい」
「あの子が他人に興味を持つなんて……といっても、わたくしは関わりはなくて夫から話を聞く程度なのですけどね」
そう笑って、糸を仕舞った奥方様は、わたしの方を見て笑った。ばあやに地下水路にいったことがバレないかドキドキしていたら、奥方様は笑みを深めた後、話を変えた。
「ユーリア。今までの文と今回の文、毛色が全く違ったわね。意図はなにかしら」
「は、はい!」
わたしの後ろでばあやが息を呑んだ。緊張がこちらにも伝わってくるし、わたしの緊張が部屋全体に広がっているような気までする。
「今までは長の養女として奥方様に贈るのに相応しいものを選んでいました。今回は、奥方様の好みとわたしらしらを意識してみました」
「あなたらしさ、ね……。香のセンスもイカルガに学んだのかしら? イカルガとあなたの好みは似ているわね」
「お兄様が……?」
お兄様と一緒に香を選んだことはあるが、今回のわたしの香のセンスは前世のものだ。なぜお兄様も同じものを好んでいたのかわからないまま、わたしは首を傾げる。その様子を見た奥方様は笑って言った。
「あら。特に習ったわけじゃないのね。じゃあ、やっぱり師弟は似るのかしら?」
くすくすと笑う奥方様の様子を伺う。合格ぽい雰囲気だが、ここから不合格も考えられる。
「……合格よ。ユーリア。あなたは贈り物で一番大切なことを理解できたと思うわ。実際に贈ってみて、贈り物ひとつとっても大変だと学んだでしょう?」
首を傾げる奥方様の仕草は優美で、見入りながら頷く。そして、奥方様がわたしの顔をじっとみた。なぜだろうと思っていると、真剣な表情をして、わたしに問うた。
「……ユーリア、あなた。顔を判らなくしているの? 仮面だけじゃないわ。……違和感を感じる。あなた、姿を変えているのかしら?」
真剣に、でも無邪気な気配を残しながら、奥方様はそう尋ねる。
しかし、わたしにとっては聞かれたくない話題だ。胸が苦しくなり、呼吸が早くなる。いや、息ができていないのか。自分のことだが、わからない。バレた。手から力が抜け、痺れたように手が痛い。ばあやも心配そうにわたしをみている。痘痕はもう消した。今わたしの残っているのは、容姿と、この気味の悪い白髪だ。容姿も誤魔化しているが、わたしにとって探られたくないのは、なによりもこの髪だ。また、捨てられるかもしれない、色なしと嫌われるかもしれない。やっと居場所を掴んだのに。目からこぼれそうになる涙を必死に奥に押し込んで、わたしは顔を上げた。
「はい。奥方様。女人が素顔を晒すのは良くないと聞いて、念のために認識を阻害する魔術をかけております。……長にもバレなかったと思いますが、奥方様にはバレてしまいましたね」
へらっと笑って見せた。ばあやも心配そうにわたしたちの動向を見守っている。素顔は見せたくない。そんなわたしの気持ちを踏み躙るように、笑顔で奥方様が言った。
「……素顔を見せてちょうだい。同性の、養母として、あなたの素顔を知っておく必要があるの。ユーリア」




