35.試練
奥方様から無事に不合格をもらったわたしは、奥方様が納得するような文を完成させることを課題とされた。
ばあやが借りてきた各国の文学を見て学んだり、香を考え直したりしながら日々を過ごす。手紙なのになぜ雪山の描写を入れるのか理解できなくて、ばあやに問うと、ばあやも困った子を見る顔をしていた。壊滅的に何かが足りないらしい。
お兄様はこのくらい余裕なのだろうと思うと、少し自信を無くしそうだが、合格を得ないことには学院に行かせないと叱られたからには、頑張るしかない。
「ばあや。この香を合わせるならこちらの方がいいと思うの」
「しかしお嬢様……斬新過ぎるのでは?」
「奥方様にも感謝を伝える。わたしらしさを残してもいいんじゃないか、って」
女王時代に嗅いだことのある香りを嗅いで、わたしはどうしてもその香を組み合わせたくなった。女王時代のわたしがいつも愛用していた香りだ。向こうでは香水だったが、こちらでは香だ。それでも変わらず凛としていていい香りだ。
「ユーリア。学院に持っていく荷物の手続きだが……」
部屋の外から声を張り上げるお兄様に気がつき、わたしは仮面を被って慌てて部屋の外に出る。
「……この香り」
目を見開くお兄様の様子に、さすがにまずかったかと思って説明した。どこか悲しそうでお兄様が遠くに行ってしまう気がして、必死に言葉を連ねる。
「お兄様。奥方様に送る手紙につける香を考えていて……その、前世の女王時代に嗅いだことのある香りなんですけど、流石にまずいですかね? ばあやにも斬新すぎるって言われていて……」
「いや、いいと思う。私は。君は……いや、なんでもない。君らしさを出すのもいい方法だ」
焦ったように言葉を連ねるお兄様の挙動に疑問を抱きながら、わたしはお兄様の了承を得たことにほっとする。
「どうしても文が完結になりすぎるんですよね。今世で文なんて、お兄様に渡したレポートくらいだし、そもそも前世でも簡易にまとめることを優先していたから、優美な御跡とか難しくって」
お兄様を笑わせようと少しふざけてみたが、乾いた笑いしかしてもらえなかったのでわたしは話を戻した。
「お兄様。御用はなんでしたか? 学院に持っていく荷物でしたっけ? ここにある家具は長の物ばかりだから、長に相談しないと……」
「そ、そうだな。先に長に相談してくる」
そう言って戻っていくお兄様の後ろ姿を見て、わたしは首を傾げた。
「変なお兄様」
ばあやの元に戻って文をしたためる。今までは高位の家にどうしたらふさわしいかばかり考えていた気がする。奥方様の服装を思い出して、奥方様の趣味に合ったものを。わたしらしさを込めて、女王時代に見たものを、そんな気持ちを込めて絵柄を選んだ。……斬新過ぎないかと心配していたばあやを言いくるめ、わたしは筆を取る。雪山を書く意味はわからないが、ニュアンスを読み取って書いてみる……。
「できた」
香の香りをを文に写す。木箱の中にしばらく置いた文を、この家の侍女に渡して届けてもらった。
「奥方様がユーリア様にお会いしたいと仰せです。明後日のご昼食のご都合はいかがでしょうか?」
「は、はい! 大丈夫です!」
文の採点が始まって初めてのお呼び出しだ。よっぽど壊滅的だったのか。そんな不安な思いを抱きながら、明後日に備えた。実家は長の家ほど大きくなかったが、大きな家では同じ屋敷の他の女性のところに訪問するイベントもあるようだ。手土産のようなものを一応持参しようと、考えた。何がいいか……。前世も脳筋系女王だったせいでろくな案が思い浮かばない。……隣国の姫君との友好を深めようと、一度アクセサリーを贈ったけど、気に入ってもらえなかった。となると、この糸はどうだろう。そう思ってお兄様がくれた袋を漁る。虫型の妖を倒した時になぜか入手したものだが、キラキラと輝いて綺麗だったから取ってあったのだ。それを取り出してみていると、同様に手土産を悩んでいたばあやが目を輝かせて近づいてきた。
「お嬢様! 何と美しい糸をお持ちなのですか! それを使って何か縫い上げたら、奥方様もきっと喜びますわ!」
わたしに縫い物のような複雑な動作ができると思うか? 先日お兄様に上げた匂い袋も壊滅的だっただろう。そんな気持ちを込めてばあやを見返すと、ばあやもわたしの作品を思い出したようで困った表情になった。
「刺繍や裁縫は貴族子女のスキルとして必要ですが……時間がありませんから、その糸にしましょうか。でもお嬢様。そんな素敵な糸をどちらで? 高かったでしょうに」
「……お兄様と一緒に妖を倒したら出てきたの」
「ひぃ! 妖!?」
地下水路を潜りまくっているってばあやに言わなくてよかった。ここまで嫌悪されるなら、黙っているが吉だ。……奥方様は学院の知識もあるだろうし、問題ないよね?




