33.精霊
「ばあや、これ……。いつもありがとう。お兄様に言われて……女性が家から出るのは、かなり難しいって。それでも、わたしと一緒に長の家にきてくれて、ばあやがいなかったら、わたし……今、生きていられなかったから。ありがとう」
ばあやに買った羽織と匂い袋を差し出すと、ばあやは目を大きく見開いた後、わたしごと贈り物を抱きしめてくれた。
「婆にとって、お嬢様はかけがえのない存在で、大切な宝物なんですよ」
そう言ったばあやの目から一粒涙がこぼれ落ちた。わたしがそれを袖で拭くと、ばあやが笑ってくれた。
「お嬢様の近くはなぜか暖かいから、こんな高価な羽織なんて婆にはもったいないですよ」
胸を張ったようにくるりと回ったマーシーと目が合った。ばあやにも暖かさを感じるようにしてくれていたらしい。
「お兄様に聞いたら、ばあやの服装も長の養女となったわたしの評価に関わるらしいの。だから、わたしのためだと思って受け取って?」
羽織をぎゅっと抱きしめてばかりのばあやにそう言って、羽織らせてあげた。嬉しそうに笑ったばあやは、若々しく、綺麗だった。
「あら。匂い袋じゃありませんか……」
ばあやが匂い袋を見つけて、手に取って嗅いでくれた。うっとりとした笑みを浮かべたことから、調香は問題なかったらしい。そして、ばあやが満面の笑みでわたしに言った。
「長の養女となられたのですから、お嬢様にも教養やマナーが必要ですね。力不足ながら婆が一緒にお手伝いしますよ」
いつの間にか、わたしの教育が始まることが決定した。楽しく修行したり、地下水路に潜ったりしていたが、忍びらしい修行以外にも、高位の者の所作が必要らしい。それは、忍びとしても必要な能力だとわかったため、わたしはおとなしく頷いた。
高位の忍びの家の子女には、忍びとしての知識だけでなく、地上世界の貴族子女としての教養・マナーが求められるらしい。教養の中には刺繍や裁縫のようなものから、調香メイクといった美や流行に関するもの、他国の書物も含めた知識、そしてどのような場所にでも潜り込めるマナー。……一応前世女王だから食事マナー・外交あたりなら問題ないと思いたいけど、お兄様の所作を思い出して自信をなくす。もしかして、あのレベルが求められる? かなり努力してやっと届くかどうかだよ……。ここ数年孤児のような動きや食事をしていたため、この世界での食事マナーについては自信を持てない。しかも、地上世界についてはばあやも詳しくないらしいが、他国レベルの文化の違いがあり、そちらのマナーも必要となるとかなり難しいらしい。やってみるしかない。そう思って、次回お兄様に会った時にどこで習えるか聞いてみることにした。ばあやも学びたいと言っているから、わたしはしっかり覚えて帰ってばあやに教えてあげないといけない。……高位の家の娘はこんな気軽に歩き回らないらしいから、その認識から直していかないと。わたしに直せるかな?
「では、お嬢様。ちょうどお食事時ですから、食事のマナーの復習をいたしましょうね?」
「はいぃぃ!」
基本的にはできている。ただ、空腹時になると途端に壊滅的になる。これは今世のせいだろう……。多分。決して女王時代に執務と昼食の時間を天秤にかけて、早食いしていたからではない。
基本的にはフォークとナイフ、スプーンを使って食べるが、地上世界では、木の棒を二本使う可能性があるらしい。一度渡されて挑戦したけど、あれで食べようと思った人間はどれほど器用だったのだろうか。うまく持てなくて突き刺したら、ばあやに怒られた。フォークのように刺して使った方が絶対にいいのに……。




